見出し画像

「斧よりも優しくてセメントよりも柔らかいセツルメントのお話」

皆さん、こんばんは。モモです^^

 毎週日曜日の夜にソーシャルワークに恋をしてともに旅する世界ー序章ー

 ふと、いつまで序章なんだろうと思い始めましたが、あまり気にせず進めていきたいと思います笑

 初めての方はようこそ!
 たまにのぞいてくださる方、ありがとうございます^^
 リピータの方、心からありがとうございます!

 今夜ものんびりと旅をしていきます。
 理想は「アナザースカイ」のような感じ。始める前に旅のアテンション♪
_______________________________
・一応連載ですが、初めてでも大丈夫です。
・眠いから途中で寝ますも大丈夫です。私の文章センスの問題ですから。
・そんなときは、「おやすみなさい^^」
_______________________________

ざっくりあらすじ

 さて、19世紀後半産業革命の時代のイギリスで、ソーシャルワークの源流地をたどる旅をしているところです。そして、ソーシャルワークの源流といわれる、「慈善組織協会(COS)」のお話に続いてセメントではなくセツルメントという取組のお話をしていたところでした。前回、前々回と批判的なお話をしていたので、今回は、明るい方向で行きたいと思います笑

前回の旅のおみやげ_________________________
 産業革命時代のイギリス、セツルメント活動が始まるきっかけとなった、事前組織協会(COS)のもうひとつのウィークポイント、それは、
 貧困を個人の自己責任とみなしていたこと。
以上!
__________________________________

COSという団体の貧困救済活動のウィークポイント2つ、
①救済の定義があいまいだった、
②貧困を個人の自己責任とみなしていた、
ということを確認できてところ。

ということで、今回は、前回の続き。(毎回続きと言っていますが笑)

COS(慈善組織協会)の後に登場したセツルメントのついてお話ししたいと思います。今日は、前置きは少なく!本題に入っていきたいと思います。

デニソン・エドワードという人

 マルサス以来の久しぶりの「人」登場です。そういえば、慈善組織協会(COS)の中には、人はいなかったのかという疑問がふと湧きましたが、あまりいなかったということで・・・といってもですね、なんとこの人、

 1840年にイギリスで生まれて、学校教育や政治家として活躍していく中で、1869年に慈善救済事業組織協会の委員に就任しているんですね。

 組織で救済活動をしていく中で、感じた組織のウィークポイントその課題を打破すべく、彼が思いついたのが、そう、セメントではなくセツルメントという活動なんです。

 まぁ彼は、お金持ちであり、資産家、なので、実際に彼自身が行動に移したというよりは、考え方、枠組みを机上で思いついた人なんですけどね。っそれでも、理論化したんですからすごい方なのかなと。

 もし、社会福祉を学んでいる学生さんがいらっしゃったら、ここ、間違えないようにしれくださいね笑 実践に移した最初の人は、来週以降紹介していきます。「最初の○○」にこだわる各種試験では引っかからないように!

で、彼の考えたセツルメントって?

ひとことでいうと、

資産家の自己満足のための慈善事業じゃなくて、もっとちゃんとやろうよ。

といったとことでしょうか。イメージわきますか?このひとことをもう少し詳細に真面目にお話しするとこうなります。

 慈善組織協会の活動における貧困家庭への訪問者(友愛訪問員)は、主に、お金持ちの資産家による慈善活動でした、なので、本当に社会の中から根本的に貧困をなくしていこうよ!そんなマインド、情熱があったかは残念ながら定かではありません。

 資産家、いわゆるイギリスにおける有閑階級であり、紳士である人々は、金持ちをアピールするのではなく、寄付をするなど、紳士であるための活動をすることで、イギリス紳士であろうとしました。まぁ、結果的にそれで貧困家庭の人々にお金が行き渡り豊かになればいいですが、それは、根本的な解決ではないですよね。

settleは、「移り住む」という意味!

 セツルメントは、英語でsettlementと書きます。現代では、決済、解決といった金融や法律で使われる用語になっていますが、動詞のsettleが語源で、「解決する」「決定する」「落ち着く」といった意味がありますが、他にも、「定住する」「移り住む」といった意味があります。

 急に、英語の講義のようになってしまいすみません。ただですね、これが重要で、COSは、コストコの略ではないといったふざけた話を依然しましたが、今回のセツルメントは、settleが語源、つまりそのままですが、救済者が貧困家庭に実際に、長期間「移り住む」、一緒に生活を共にすることで、貧困解決を試みようとした、そんな取組だったんです!

 事前組織協会の友愛訪問は、1つの家庭にせいぜい30分から数時間滞在して、簡単に話を聞いて、必要だったらお金をあげたり・・・そんな感じでした。しかし、デニスンの考えたセツルメント活動は、実際に、貧困問題をどうにかしたいという志を持った宗教家や学生たちが実際に、スラム街に移り住んで、まず、その実態をもっとしっかり把握しよう!そんな思いと行動によってできているものでした。

 すごいですよね。現代みたいに大規模な統計調査をするとかではなく、そ(そこまでの予算も制度もお金もなかったというのが正確な理由かもしれませんが、、、)一緒に住んでしまえば、その実態がより正確に、具体的に分かりますよね。

 正確な実態把握から始めたんですね。私は、初めて知った時にデニスン氏に心の中で全力で拍手☆彡、そんな気持ちになりました笑

そろそろです。いつもの文字数の件について

 さて、もう少し、セツルメント活動についてお話ししたいところですが、字数が3000字を越えてしまったということで、今夜は、このあたりで、終わりにしようと思います。行き当たりばったり、〆切のないバックパッカーのような放浪の旅、ペースは、事前に計画はせずその都度その時々で。といったところです^^

本日のまとめ

今回の旅のおみやげ_________________________
 セツルメント活動は、デニスン・エドワードという人物が考案した活動!
貧困を根本解決するための第一歩!数時間で分からないなら、長期間一緒に住んめばいい!そうすれば、貧困の実態がより正確に具体的に分かる!
  __________________________________

次回の旅のアナウンス

 次回は、今回の続き!ですね。ちょっとキリが悪くなってしまいました。セツルメント活動についてもう少しお話しさせてください。デニスン氏がセツルメントの考案者なのですが、実際に行動に起こしたソーシャルワーク界では有名な夫妻がいるんですね、その方に会いに行きたいともいます^^

 ということで、今夜も、読みにくい文章にも関わらず、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございます。つっこみどころ満載のゆるいペースでの旅になっていて恐縮なのですが、引き続き、次の旅でお会いできるのを楽しみにしています!次の週末まで皆さん、フリースタイルで、各自いろいろ進めていきましょう。

 それではみなさんおやすみなさい☆彡
 また、この旅って何一体?と思った方は、先週お届けした記事をお読みいただけれるととっても嬉しいです。

前回の記事はこちらです^^

この物語全体のお話はこちらです^^

ソーシャルワークに興味を持っていただいた方、アナザーストーリーはこちらです^^※リンクになっています。

連載開始 のお知らせ? (1)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?