3時43分(3) (3/6)
あらすじ
「そういえば今日、会社が死ぬのを見たんです」
酔っ払った水野さんのその発言により、鏑木(かぶらぎ)の酔いは一気に覚めていった。だって、自分も午後に、同じようなことを感じたのだ。
連載リンク
3時43分(1) へ 3時43分(2) へ 3時43分(4) へ 3時43分(5) へ
3時43分(6) へ
水野さんがやめて半年。僕は毎週水曜日の昼に、屋上へ行くことが習慣になっていた。あいかわらずそこで何かを発見することはなかったけれど、屋上で風に吹かれていると、最近頻繁に起こる偏頭痛が少し楽になるように感じた。
あの日を境に確かに会社は変わっていった。新しい部署がいくつか新設され、一方でいくつかの部署は廃止、統合された。中途社員が活発に採用される反面、毎月退職者も多く発生した。 勤怠や残業、経費精算などに関する細かなルールが大幅に変更された。
僕の周りでも少なからず変化が起こった。僕こそ部署やグループの移動はなかったけれど、所属グループのリーダーは交代し、グループには新しく数名が異動してきた。彼らは正に新しい風だった。今までうちのグループにはいないタイプの人間で、彼らの加入によってグループの雰囲気はガラッと変わった。それは、『自分は今までとは全く別の会社で働いているんじゃないか? 』そんな錯覚を覚えるほどだった。
会議や飲み会では会社や組織変更に対しての愚痴を聞くことが増えた。みんなが変化に対して恐怖を覚えているように感じた。
『生産性を上げ、より成長』、そんなキャッチフレーズが掲げられるようになったのも最近のことだった。会社はまさにもう一まわり大きな組織へと成長しようとしているようだった。
変化する会社の中で、僕は戸惑っていた。今の仕事は結局自分がやりたかったことなのか? ここが自分の場所なのか? そんなとりとめのないことが頭に浮かんで、どうしても離れなかった。
「お疲れ様です」
その日、新田さんが屋上で僕を待っていた。
「水曜日に屋上に向かう姿を何度かお見かけして。今日も来るんじゃないかって」
「見られていたんですね」
僕は苦笑いした。
「はい。『家政婦のニッタ』です。鏑木さんはここが相当気に入ったんですね」
「ええ。最近はここに来るのが癒しになってます」
「そう言った場所があるのはよいですね。あれから何か見つかりましたか?」
「いえ。何も」
「そうですか。実は今日、鏑木さんに大切な話があります」
「何ですか? あらたまって」
「事後報告になって申し訳ないのですが、私も今月で会社を退職することになりました」
「えっ……また急ですね」
水野さんの時ほどではないが、やはり僕は少なからずショックを受けた。
「すみません。言うタイミングを逃してました」
「やはり会社が変わったことが原因ですか?」
「いえ、全く関係ありません」
「じゃあ?」
「新しい仕事を始めることになりました」
オーバーレシーブで苦しむ人々にその遮断方法を教える。随分前から同じ能力を持つ知人から誘いを受けていたという。遮断方法は、新田さんや水野さんのように自力で身につけられる人ばかりではなく、その方法を必要としている人が少なからず存在するという。
「もし、鏑木さんがオーバーレシーブに苦しむようになったら、連絡ください。力になれると思います」
「いや、僕にはお二人みたいな力はないですよ」
「そうでしょうか。鏑木さん、最近頭痛を感じませんか?」
「……」
「能力発現からおよそ十年を過ぎた頃、能力が飛躍的に発達する時期があります。他にも、高レベルの能力者との接触によって能力が一気に発達するという話も聞いたことがある。鏑木さんは二つともあてはまっている。とかく、そういった時期は頭痛がひどくなるんです」
「なるほど……今のところ頭痛は特にないですね」
「そうですか……では鏑木さん、私が新しく始める仕事を手伝う気はありませんか?」
「えっ、そのオーバーレシーブの制御方法を教える仕事ですか?」
「はい。『同じ力を持った人』は多い方がいいんです。もちろん、この能力を活かして他のこともやって行きます。今ここでお話しすることはできませんが、私が一緒にやろうとしている主催の「望月」には色々プランがあります。勿論ちゃんとした法人としてやって行きますので、給料も今以上に出せると思います」
「……突然すぎて、すぐにはなんとも……」
「はい、もちろん。ただ、三人で初めて飲んだ時からずっと感じていましたが、鏑木さんには迷いの色が見えます。水野さんや私が退職すると宣言した時、それは顕著に現れてました。鏑木さん自身、転職したものの結局今の仕事に迷いがある状態ではないのでしょうか?」
図星だった。確かに僕は二人に先をこされてしまった。そんな気分だった。
「……怖いですね。能力者は」
「ええ。家政婦ニッタは鋭い洞察力を持っています」
「かなわないな」
「いつでも構いません。少しでもその気になったら、連絡下さい」
そう言って新田さんは新しい会社の名刺をくれた。名刺の表側には太いブロック体の文字で『Now』と書かれていた。
「あ、そうだ」
屋上を去ろうとする新田さんが思い出したように言った。
「水野さん、退職する前に鏑木さんに屋上で何かを見つけたなんて話はしてませんでしたか?」
「特には……どういうことですか?」
「三人で初めて屋上へ行ったあの日、実は水野さんはここで何かを発見していたんじゃないか。最近そんな気がしてならないんです」
「それは落下物の痕跡のことですか?」
「ええ」
「でも、水野さんはそんなことを言ってなかったし、少なくとも僕や新田さんは何も感じませんでしたよね」
「ええ。しかし例えばそれは、水野さんにだけ見えていたのかもしれません」
「どうしてそう思うんでしょうか?」
「うーん、勘ですね。それ以上でもそれ以下でもありません」
新田さんが去った後、僕はしばらくそれについて考えていた。水野さんが何かを発見していたのなら、わざわざそれを隠すことに何の意味があるのだろうか? 僕にはそれが分からなかった。
けれど実際、新田さんの予想は正しかった。そして、僕がそれを知ったのは、それからかなり時が経った後だった。
(『3時43分』(4) に続く)
いつも読んで下さってありがとうございます。 小説を書き続ける励みになります。 サポートし応援していただけたら嬉しいです。