3時43分(4) (4/6)
あらすじ
「そういえば今日、会社が死ぬのを見たんです」
酔っ払った水野さんのその発言により、鏑木(かぶらぎ)の酔いは一気に覚めていった。だって、自分も午後に、同じようなことを感じたのだ。
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今日の風はより一層気持ち良かった 。
新田さんが会社を去ってそろそろ三ヶ月、あれからさらに会社は変わった。名古屋と京都に新しいオフィスができ、友人の何人かは本社の東京からそちらに転勤になった。本社のオフィスの改装が実施され、会議室が増え、休息スペースが減った。新たなルールが沢山でき、人の出入りは一層激しくなった。
僕の所属部署には顔と名前が一致しない社員が日に日に増えていった。それでも未だに僕は、それが良い変化なのか悪い変化なのか分からなかった。ただ、全てが単純ではいられず、複雑にならざるおえない。そんなように思った。
「ここがお好きですか?」
声をかけてきたその人には見覚えがあった。屋上で何度か見かけたことがある。初めて見かけたのは、そう三人で初めて屋上にやって来たあの時だ。ただ、この人を見かけるたび感じていたが、屋上で見かけるより以前に、自分はこの人と、どこかで会ったことがある。おそらくそれは会社関連の何かであろうが、それをうまく思い出せない。
「はい。風がとっても気持ちよくて」
「まったく。ここの風はいつも楽しそうです」
「……すみません。以前、何かでご一緒させていただきましたよね?」
僕は思い切ってたずねた。
「ええ、鏑木さんに初めてお会いしたのはちょうど二年前です」
驚くことにその人は僕の名前を知っていた。二年前。二年前といえば、ちょうど僕がこの会社に入社した時期に当たる。一体何で一緒だったか? 必死に考えたがやはり、いくら考えても全く思い出せなかった。
「すみません。全く思い出せません」
「無理もないと思います。二年前、本当に少しの時間でしたから。私は月城と申します。お会いしたのは、中途採用の面接の時です」
そこで記憶が一気に蘇った。この人は中途の最終面接の面接官の一人だった人だ。
「失礼しました。その節はお世話になりました」
「いえ。私はほとんど会社にいませんからね。非常勤でしてね」
「なるほど」
「ところで、屋上での探しものは見つかりましたかな?」
当たり前のように月城はさん言った。
僕はまじまじと月城さんを見つめていた。静かな優しい目。ただ、全てを知るような深い目だった。
「……いえ」
「残骸は実は一つだけあったんです。とても小さな種です。でも今はない。風で飛ばされたか。誰かが持っていったか。アレはなかなか貴重な種だったんですよ」
種? 月城さんが何を言っているのか分からなかった。ただ、少なくとも月城さんは僕たちと同じくあの日の変化を感じとった一人であり、ここに存在していたものについても知っている。僕はそう確信した。
「……月城さんはあの日の三時四十三分、会社に何が起きたのかご存知なんですね」
「そうですね……多少は知っていると思います。ただ、分からないことの方が多いかもしれません」
「……よろしければ教えていただけませんか」
「そろそろお昼休みも終わりの時間ですね」
腕時計を見ると時刻は十二時五十七分、確かに時間切れのようだった。
「鏑木さん。よかったら、業務終わりに少しお話ししましょうか。会社裏手の路地に『アンデルセン』という喫茶店があります。そこに七時でどうでしょうか?」
「わかりました」
(『3時43分』(5) に続く)
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