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短編小説集 『新しい風景』

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ショート・ショートを作品を収録しています。
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#ショートショート

邪口

以前からずっと、写真から着想をえて、小説を書くことをやってみようと思っていたのですが、以下の企画を見つけ、書いてみました。 今回は以下の記事の写真から着想しました。 (※記事に完全な写真(切れていない)が載っているので、そちらをみていただけると物語とうまくリンクします) 「邪口(じゃぐち)」 「中級クラスの案件だけど。森田君、本当に一人で大丈夫?」 「ええ、問題ありません」  できるだけ堂々と、しっかりとした口調で答えたが、果たしてそれが彼女に伝わっているのか? 僕

地球の回答

 一緒にジムで筋トレをした後、頑張ったからと飲みに行き、タバコをプカプカ、酒をガブガブ「やっぱ『青汁』って相当体に良いらしいぜ」なんて話していた安藤が突然、「やっぱエコだよな、おれたちは地球を守らなきゃいけない」と言い出したのは7月の初めだったか。  例のごとく何かに影響を受けたか、まあもって1ヶ月、8月には落ち着くだろうと思っていたのだが、めずらしいことに9月になってもそれは終わらなかった。  コンビニで酒とつまみを買って、安藤の部屋をたずねると 「あっ、レジ袋買って

鼻毛の王様(2) (2/2)

 気がつくと私は自室にいた。鼻に違和感を感じ、そこでハタと思い出す。そうだ、鼻毛が5mになったのだ。相変わらず鼻毛は私の鼻から垂れ下がっていた。つまり、これは先ほどの夢の続きなのだろうか。  ドン、ドン  不意にノック音が聞こえてドキリとする。ガチャリとドアが開き、息子が入ってくる。白衣を来た息子はおもちゃの聴診器を首から下げて非常に不機嫌な顔をしている。 「15番目だから、結構かかるよ」 それだけ言い残すと息子はさっさと部屋を出て行った。 15番目? どうゆうことな

鼻毛の王様(1) (1/2)

 日曜日の昼下がりのことである。私は鼻に違和感を感じ、スっと鼻に手を伸ばした。指に当たる鼻から伸びる一本の長い毛。そこで私は私の鼻毛の内の一本が、異様な長さになっていることに気が付いた。たぐり寄せてもたぐり寄せても続くそれの長さはおよそ5m。概算ではあるが、部屋の長さから考えても、明らかにそれは5m〜6mはあるのだ。  人間の鼻毛はそんなに伸びない。それは多分遺伝子レベルで決まっている。ではなぜ? 当然、考えてもそんなことはわからない。  私は深く考えるのをやめ、ハサミをも

いぬ

 11月6日、夕方から急に雨が降ったその日、街にはおりたたみ傘のケース13個と、スマホが37台落とされた。スマホのうち20台は警察に届けられたが、おりたたみ傘のケースは一つも届けられなかった。  私はその日、照明が少し暗めのバーのカウンターに座り、一人飲んでいた。暗い店内では、誰もがしっとり静かに酒を飲む。人は無意識に空間に同調するものなのだ。  私はそこで「トルストイ」とか「ドストエフスキー」とかの、長いロシアの小説を読むのが好きだった。私にとって何処でどの小説を読むか

今日を金曜日とさせて下さい

 それはどう考えても金曜日にしか思えない木曜日だった。時々、こういう感覚になることはあるものだけれど、今日の金曜日感は尋常ではなかった。  朝出勤してすぐそう思ったが、時間とともにその感覚はどんどん強くなっていった。11時になって、私は部署の仲間内専用のグループチャットにメッセージを送った。  どうしたことか、おれには今日が金曜日に思えてならないんだ。朝から金曜日のような開放感がおれを包んでいる。逆に、明日も会社があるなんて、にわかに信じがたいんだ。  私のポエムへの反応

新しいマラソン

 これよりみなさんには、新しいマラソンにチャレンジしていただきます。 普通のマラソンとはルールがだいぶ異なりますので、しっかりとお聞き下さい。  まず、このマラソンは他の人より先にゴールしても意味がありません。ですから走ってもいいし、歩いてもいい。もしくは動かないというのも一つの選択かもしれません。  また、ゴールに関する情報は一切与えられません。道すがら、ゴールについて教えてくれる人には沢山出会うかもしれません。しかし、他の人のゴールはあなたのゴールではないかもしれません

そういう男

 本当にダサい男だった。会社で初めて会った時、すぐにそう思った。髪はボサボサでズボンはシワシワ。どこで買ったの?っていうダサいシャツはヨレヨレで清潔感の微塵も感じられなかった。できれば関わりたくない、そう思った。  しかし運悪く、男とプロジェクトが同じになって、正直イヤだなぁと思ったけど、まあ、別に男と付き合うわけじゃないんだから、そう思っていた。  ところがある時、どうしたことか、その男の中にあった何か得体のしれないものが、スーっと私の中に入ってきた。ソレはしばらくする

新機種

「長い間座っています」 「長い間水を飲んでいません」 「長い間トイレに行っていません」 「長い間喋っていません」 「長い間笑っていません」 「長い間爪を切っていません」 「長い間髪を切っていません」 「今、あなたは愛想笑いをしました」 「今、あなたは後ろ向きの発言をしました」 「今のあなたのギャグは100点満点中 5点です」 「話の根拠が曖昧です」 「話が論理的ではありません」 「話が綺麗事です」 「話がループしています」 「言葉の使い方が間違っています」 「生返事です」

パンダ人形をつくる人たち

 ある種の人々はずっとパンダをつくっていた。より可愛いパンダをつくりたい。彼らの目的はそれだけだった。  しかし、『パンダがいるところに人が集まる』。その現象に注目した人々がいた。そして、それは彼らにとってとても重要なことだったので、次第にパンダづくりを手段とする人々が増えていった。つまり、人を集めるためにパンダをつくり始めたのだ。  いつしか街には、パンダづくりを教えるスクールができた。 スクールには、そもそもパンダづくりにまったく興味がなかった人間までもが大量に押し寄

ブサナビ語

 私の息子は変わっている。いや、実際4歳児なんてそんなものなのかもしれない。私だって初めて親になったのだ。統計的に4歳児がどうあるかなんてわからない。ただ、私は折にふれそう思った。そして、あれが起こった。  それは雨降りの土曜日だった。妻は用事で出かけ、私と息子は二人で留守番をしていた。前日息子と一緒に8時半には眠ったはずで、睡眠は十分足りているはずなのに、その日は眠くてしょうがなかった。  私は息子とのお絵かきをいったん中止して、コーヒーを入れることにした。  専用の

マイナス成長

 マイナス成長  吉田誠もその言葉にシンパシーを感じたひとりであった。  そんな便利な言葉があったのか。  吉田は心底そう思った。おそらくその時、吉田は生まれて初めて新聞に感謝した。実際吉田は鬱々とした気分で新聞をみて、偶然その言葉を目にしたにすぎないのだが。  けれど、すぐに不安がよぎる。……果たしてそんなにうまくいくだろうか? しかしもう他に道はないように思える。だったら一か八か、それにかけるまでだった。  二人暮らしの家に戻ったのは8時。彼女はソファーに座り、

飲み会解散

 店にはおよそ87人ほどの客がいて、素晴らしいことに9割の人間は酔っ払っていた。そしてみんなその口を実に巧みに使っているのである。つまるところ、口を使って酒を飲み、つまみも食って、さらに、なんとその口を使って喋っていた。  みんな、だいたい2〜10人くらいで飲みに来ているようで、仲間と大声で談笑していた。けれど実際のところ、グループの中では愉快になる人間がいる一方、不快になる人間もいるようだった。  8時だったか、9時だったか、突然、その男は現れた。つかつかと店に入って来

私を睨んでいるのは

 目の前で私を睨んでいる男は、明らかに私だ!  どういうことだ?   私はひどく困惑している。私は今、どうやらリングの上にいるようで、頭にはヘッドギア、手にはグローブをはめている。そして目の前の男、すなわち私も私と同様ヘッドギアをつけ、グローブをはめている。  ウォーーーーーーーーー!!!!  うなるような歓声。周りを見回してはっと息を呑んだ。  リングを囲んで声援をおくる。私、私、私。リングの周りには大勢の私がひしめいている。下は幼児から上はおじいちゃんまで。様々