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鼻毛の王様(1) (1/2)


 日曜日の昼下がりのことである。私は鼻に違和感を感じ、スっと鼻に手を伸ばした。指に当たる鼻から伸びる一本の長い毛。そこで私は私の鼻毛の内の一本が、異様な長さになっていることに気が付いた。たぐり寄せてもたぐり寄せても続くそれの長さはおよそ5m。概算ではあるが、部屋の長さから考えても、明らかにそれは5m〜6mはあるのだ。

 人間の鼻毛はそんなに伸びない。それは多分遺伝子レベルで決まっている。ではなぜ? 当然、考えてもそんなことはわからない。
 私は深く考えるのをやめ、ハサミをもってきてそれを切ることにする。5mの鼻毛など誰も喜ばない。あわよくば、私はそれで世界的に有名になれるかもしれない。しかし5mの鼻毛をきっかけに有名になる人生は、いささかつらいものがある。鼻毛を切ることにためらいはなかった。
 
 チョキン
 
 鼻毛はあっさりと切れる。切った鼻毛はその先の部分まで黒々と太くしっかりしていた。

 さて、切った鼻毛をどうするか、私は少し迷う。それをしばらくとっておくか、すぐに捨てるかである。当然、妻は怒るだろう。「汚い!」、「いや、シャンプーで洗ったから」なんて言い訳はおそらく聞き入れられないだろう。でも、4歳の息子ならそれをおもしろがるかもしれない。私にも少なくとも誰か一人とはこのことを分かち合いたい、そんな気持ちがあったのだ。
 しかし、私は結局それを捨てた。妻に見つからないように5mの鼻毛を隠しておくことが、何ともこっけいに思えたのだ。

 ところが、鼻毛を切ってしばらく、鼻に激しいムズムズを感じた。再び鼻に手をやると、何と、あろうことか鼻毛が再びスルスルと伸びている。どんどん伸びる鼻毛。最終的に鼻毛は、先ほどと同じ5mの長さに戻ってしまった。

 以後、鼻毛を何度切っても5mの長さまで復活するのであった。根元から抜かねばダメなのか? 「えいや」私は鼻毛を毛根から抜き取ってみる。激しい痛みとともに鼻毛は毛根から見事に抜けた、が、結局それでもダメだった。あざ笑うかのごとく鼻毛は復活した。

 私はだんだんと怖くなってきた。目の前には絡まった糸のような鼻毛の塊があった。これはもう、日常生活に支障をきたすレベルではないのか。病院へ行くか。でも何と言う? 

 「鼻毛が一瞬で伸びてしまうんです。 しかも5mまで」

 バカらしい。バカらしいのに恐ろしい。何と言う状況なのか。

 そこで私は目を覚ます。びっしょりと汗をかいて。胸のあたりにギューと締め付けられるような痛みがあった。気配を感じてふっと見ると4歳の息子が私を見下ろしていた。

 私はいつの間にかソファーで眠ってしまっていたようだった。

「なんか、すごいうなされてたけど」 息子は言った。

「ああ、ごめん。病気になる夢を見たんだ」

「どんな病気」

「えっ う〜ん 鼻毛が伸びてしまう病気だね」

「えっ何メートル?」

「……ご、5メートル」

「鼻毛そんな伸びるかーい。ずこー なんでやねん」

???これは誘導尋問ではないのか。「何メートル?」確かに息子は私にそう質問したのだ。しかし、なぜ息子は「何メートル」と聞いたのか、もともと長さを知っていたのか、何とも不気味だった。

「まあ、夢だからね」

「大丈夫なの?」

 息子は神妙な顔で聞き返す。やたら大人びた顔。笑ってる場合じゃないぞ父さん。息子の顔はそう言いたげだった。

「多分。大丈夫だと思うよ」

「安静にしていた方がいいよ」

 そういって息子は私に布団をかけてくれた。優しい息子の行動。それが無性に嬉しくて、私はふりでもしばらく安静にすることにする。しかし、目を閉じてじっていると、再び眠りに落ちてしまった。

((2)につづく)

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