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そういう男

 本当にダサい男だった。会社で初めて会った時、すぐにそう思った。髪はボサボサでズボンはシワシワ。どこで買ったの?っていうダサいシャツはヨレヨレで清潔感の微塵も感じられなかった。できれば関わりたくない、そう思った。

 しかし運悪く、男とプロジェクトが同じになって、正直イヤだなぁと思ったけど、まあ、別に男と付き合うわけじゃないんだから、そう思っていた。

 ところがある時、どうしたことか、その男の中にあった何か得体のしれないものが、スーっと私の中に入ってきた。ソレはしばらくするとあいつそっくりに姿を変えて、私の中の私の家にあがり込んだ。そして、勝手にリビングのこたつに入って、なんとその上にあったみかんを食べ始めた。

当然そんなことは初めてだったから、私はそれにどう対処したらいいかわからず、黙ってそれを傍観していた。

 あいつはみかんを食べ終えると、次に机の上にあった漫画を読み始めた。1巻目を読み終え、かんぱつ入れずに2巻目に手を出し、少し休んでから3巻を読み始めた。漫画は全3巻。それを読み終えたら、流石に出て行くだろうと思っていたけれど、あいつは3巻目を読み終えると、今度はサッと横になって、そのままグウグウとイビキを立てて眠り始めた。

 もうめんどくさいから、ずっと見て見ぬふりをしていたのだけれど、数ヶ月も放っておいたら、いよいよ取り返しのつかないことになっていた。あいつはすっかり私の家に住み着いて、靴下は脱ぎ捨てるは、大声で笑うは、酒を飲んで酔っ払うは、とにかくやりたい放題だった。


 なんでそんなことになってしまったのか分からない。いや、実際は分かっている。ただ、それを明言するとそれが真実になってしまう。だから私はそれについて深く考えないようにした。それでも、私の脳裏にはいつも男の笑顔があった。

 男はよく笑った。キュンとする笑顔では決して無い。ただ、その笑顔には全くと言っていいほど歪んだものがなかった。誤魔化して笑うのでもなく、緊張して笑うのでもない。もちろん仮面としての笑顔でも無い。男はどこまでも自然なのだ。着飾ったり、髪を整えたり、そういったことを一切していなから、男のそう言った部分が余計際立っていた。

 私は聡明に見える、スタイル抜群の美しい女だった。これはうぬぼれでもなんでもない、事実だ。年齢を重ねるつれて、誰が教えてくれなくても勝手にそれを理解した。周りの反応が、鏡が、それを教えてくれたからだ。大体の男は、私と話すときに緊張しているのが分かったし、女からは常に嫉妬や羨望の感情が伝わってきた。



「自分のこと、可愛いと思ってるでしょう?」



 これほどヤボな質問はない。顔やスタイルなんて、誰でも分かる見える化された才能だ。才能の中で一番わかりやすい才能、私はそう思っている。それを本人が気づかないことがあるだろうか。

 私はため息をついた。私はあの男が好きだ。流石にもうそれを認めないわけにはいかない。でも、だからってどうしたらいい? 男が私に興味がないことは話ていればわかった。私と話す大抵の男が醸し出す、緊張や何かの期待を男からは一切感じなかった。それに、なんと男には恋人がいるらしい。

 私は一度、飲み会の席で男の恋人の写真を見せてもらったことがある。

「よかった。あんまり可愛くないね」

 一緒に写真見ていた別の男が無邪気にそう言った。
 確かに男の恋人はお世辞にも可愛いとは言えなかった。でも、女は男の恋人であって、私はその女に激しく嫉妬した。この女はこの男のどこが好きなのだろうか?

 プロジェクトが終わって、男と話す機会が減った。それは当然のことなのに、私は寂しくて仕方なかった。

 それからしばらく、男が結婚すると、風の噂で聞いた。私の恋は、始まる前に終わったのだ。
 
                 *

「最近、元気ないですよね?」
 空気が読めないことで有名な大森君が私に声をかける。
「そう?」
 私はめんどくさそうに答えた。
「もしかして、失恋ですか? 失恋には爆笑ですよ]
 そういって大森君は、私にお笑いのDVDを差し出した。
 私はあまりにもびっくりして、断るタイミングを逃し、結局それを借りることになった。

 DVDはどこまでも下らなかった。下品で清潔感のかけらもない。でも、私は大爆笑した。

                 *

 最近、私は大森君を目で追っていた。もちろん彼を好きになったわけではない。
ただ、私は今、大森君を「空気が読めない男」ではなく「空気を読んだ上で、道化に徹している男」だと思っている。

不思議なものだ。私はあの男を好きになって以来、気になる男が増えた。
なんだかんだ容姿に一番こだわっていたのは、私だったのかもしれない。


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