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マイナス成長

 マイナス成長

 吉田誠もその言葉にシンパシーを感じたひとりであった。

 そんな便利な言葉があったのか。

 吉田は心底そう思った。おそらくその時、吉田は生まれて初めて新聞に感謝した。実際吉田は鬱々とした気分で新聞をみて、偶然その言葉を目にしたにすぎないのだが。

 けれど、すぐに不安がよぎる。……果たしてそんなにうまくいくだろうか? しかしもう他に道はないように思える。だったら一か八か、それにかけるまでだった。

 二人暮らしの家に戻ったのは8時。彼女はソファーに座り、テレビを見ていた。部屋には日に日にダンボールが増えていた。そして今日仕事が休みだった彼女の健闘により、ますますその数は増えたようだった。

「一緒に住むのやめよ」

 彼女からそう提案され、一週間。正式に同意はしてないものの、すっかりそういう方向で事態は進行していた。

「夕飯食べた」 

 誠は何気なく聞いた。それは話かけるきっかけでしなかった。ただ

「ダイエットしてるから食べない」

 彼女の言葉は明らかに当てつけだった。

 誠は確かに太った。彼女にはずっとそれを言われてきた。誠自身少なからず努力もした。ただ、それでも思うように痩せることはできなかった。

 けれど、今日ばかりは、それはチャンスだと思った。

「確かに俺は太った」

 誠は言った。さっきまで誠に視線を合わせなかった彼女は、スーと誠の方を向き直った。誠自身、今まで太ったことを素直に認めたことはなかった。誠の今までとは違った反応に、彼女は興味とは言わないまでも、少し注意を向けたようだった。

「そう、俺は太った。太って見てくれは悪くなった。つまり言うなればこれはマイナス成長だ。髪も、白髪が増え、量も減った。悲しいかな、マイナス成長だ。残業が禁止され、年収も減った。つまり、マイナス成長だ。どれもこれも成長はしているが、マイナスなんだ。だけどお前に対する思いだけは、ずっとプラス成長なんだ。だから、俺と結婚してくれないか?」

 感動して、涙を流す。誠の想像の中の彼女はそうだった。けれど現実、彼女の表情は明らかに曇っていく。しばらく沈黙した後、彼女が答えた。

「実際、GDPはいくつからいくつになったの?」

GDP? 彼女がいきなり放ったアルファベット略語。誠にはその意味がわからなかった。





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