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ブサナビ語

 私の息子は変わっている。いや、実際4歳児なんてそんなものなのかもしれない。私だって初めて親になったのだ。統計的に4歳児がどうあるかなんてわからない。ただ、私は折にふれそう思った。そして、あれが起こった。

 それは雨降りの土曜日だった。妻は用事で出かけ、私と息子は二人で留守番をしていた。前日息子と一緒に8時半には眠ったはずで、睡眠は十分足りているはずなのに、その日は眠くてしょうがなかった。

 私は息子とのお絵かきをいったん中止して、コーヒーを入れることにした。

 専用のポットでお湯を沸かしている間、ミルで豆を挽き、フィルターを折り、サーバの上に置いたドリッパーにセットする。そして、そこに挽いた豆を入れた。

 私がその作業は淡々とこなしている間、息子のソレが始まった。
息子はずっと、ぴょんぴょんと跳ねながら、ムニャムニャとおかしな言葉を発していた。

 ぱるてぃった すくーの ぱろぱちゃ ずこー なんでやねん。

 後半の部分はズッコケった上でつっこんでいる。それは分かる。ただ、前半の部分。息子の言い方や発声の問題なのか、私にはそれが明らかに何かの言語のように聞こえるのだ。 

 たたたたーる べりげ るくあーと ばずか ずこー なんでやねん。

 私がその息子のおかしな言葉を聞くのは初めてではなかった。それまでにも何度か、私は息子のソレを目撃している。
 私が久しぶりに幼稚園に迎えに行った日の帰り道。二人で公園でサッカーをしていた時。考えてみたら、必ず私と二人きりの時である。もしかしたら、妻もそんな場面に出くわしているかもしれない。ただ、そのことを妻に確認したことはなかった。

 ぱぱららい ぽると にゃーま ばら ずこー なんでやねん。

 お湯が沸き、火を止め、しばらく冷まそうとしていた時である。私はふと、小学校の同級生だった臼井のことを思い出した。

 臼井は変わったやつだった。いや、時々の奇行を除けば、普段はごくごく普通の人間だったと思う。ただ、臼井には伝説に残る奇行がいくつかあった。

 例えばあれだ、小5の時、算数の授業中にいきなりうなり出し、しばらく、頭をかきむしった後、机に突っ伏して、両手で耳をふさいだまま、15分間『たくあん』と叫び続けた。あの時、誰かなんと言っても、臼井は止まらなかった。
 修学旅行の時である。宿泊先のホテルから夜、臼井はこつぜんと姿を消した。一時大騒ぎになったが、結局翌日の朝方、臼井はとなり街で発見された。なぜホテルを抜け出したのか? 誰が訪ねても臼井は一切答えなかった。
 個人的には最も思い出深いのは、遊ぶ約束もしてないのに、放課後 急遽、臼井がみかんを持って私の家に訪ねてきたことだ。臼井はみかんを私に渡すと、何も言わずに帰って行った。

 そして、臼井には、もう一つ変なところがあった。

 「ああ、そうだよね。俺もそうだよ。ぱらちゃるん ぴーご」

 こんな具合に、会話の最中、意味不明な言葉を挟むのだ。

 『ぱらちゃるん ぴーご』 そう 『ぱらちゃるん ぴーご』だ。
 一気に当時の記憶が蘇る。臼井の変な言葉の中でも 『ぱらちゃるん ぴーご』の登場回数はやたら多かった。「今日、ぱらちゃるん ぴーご 一緒に帰ろうぜ!」

 ともーにゃる ふぃーぐ あらけ ずこー なんでやねん

 ほんの出来心だった。私は息子を呼びかけた。

「ぱらちゃるん ぴーご」

 息子の表情が一気に変わった。険しい表情をしてじっと私の目を覗き込む。

「まるぐてーと のみっせん」

 息子はそう答えた。

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