鼻毛の王様(2) (2/2)
気がつくと私は自室にいた。鼻に違和感を感じ、そこでハタと思い出す。そうだ、鼻毛が5mになったのだ。相変わらず鼻毛は私の鼻から垂れ下がっていた。つまり、これは先ほどの夢の続きなのだろうか。
ドン、ドン
不意にノック音が聞こえてドキリとする。ガチャリとドアが開き、息子が入ってくる。白衣を来た息子はおもちゃの聴診器を首から下げて非常に不機嫌な顔をしている。
「15番目だから、結構かかるよ」
それだけ言い残すと息子はさっさと部屋を出て行った。
15番目? どうゆうことなのか。私は5mの鼻毛を長い髪の毛を扱うように肩の後ろにかけ、息子の後を追った。
リビングにやって来た私は息を飲んだ。息子が色々頑張ったのだろう。カゴやら、ダンボールやら、椅子やら配置して、リビングはすっかり診療所のようになっていた。そして、今や待合所のようになったソファーには、「はりねずみ」が12匹と「赤キツネ」が1匹、それから「ねずみ」が1匹待機していた。どれも息子の自慢のぬいぐるみ達であるのだが、驚いたことにそれぞれ咳をしたり、本を読んだりと彼らは当たり前のように動いている。私があっけに取られていると、私に気がついた息子が私のところにすっ飛んでくる。
「あっダメダメ今来ちゃ。順番になったらちゃんと呼びに行くから、それまで部屋でじっとしてて。うつっちゃったら大変だから」
そう言うと息子はグイグイと私を押し、リビングから追い出そうとする。その力が物凄い。太ももの横あたりを強く押されて、私は思わず倒れそうになる。
「ちょっと待って! 危ないよ。うつるってなんのこと?」私は息子を制する
「その鼻毛、病気だよそれ」
「えっ⁉︎」 息子の意外な一言に私はギョッとする。
「隔離が必要なんです」
息子は急に敬語を使った。もちろんそんなことは初めてだった。この子はいつの間に敬語なんて覚えてたんだ? 困惑する私を息子はさらに強く押す。結局私はあれよあれよと言う間にリビングから追い出されてしまった。
私は自室で退屈しのぎに鼻毛を切っては、復活するそれを楽しんでいた。鼻毛の回復力は凄まじく、切れば切るほどその復活スピードは増して行くようであった。
再び息子が私の部屋をやって来たのは自室にこもってから1時間半後のことである。今度は唐突にドアが開き、ツカツカ息子が入って来た。
「いいよ」
そう言って、息子は先に部屋を出ていく。私は鼻毛を短く切ってから、息子の後を追う。
待合所にはもう「はりねずみ」も「赤キツネ」も「ねずみ」もいなかった。息子は全員の診療を終えたのだろうか。
診察室に通され、私は上着をまくり上げるように言われた。息子はおもちゃの聴診器を私の胸に当てる。しばらく胸の音を聞いた後、今度は口を開けるように言われた。私の口をひとしきり診察した息子は「じゃあ鼻」と言って私に上を向かせ、鼻を穴を診察し始めた。
その体勢のまま3分が過ぎ、いよいよ限界というところで、
「ああ、やっぱり鼻毛の王様ですね」
「えっ?」 私は顔を正面に戻して聞き返した。
「病名だよ。鼻毛の王様って言うんだ」
さらりと息子は言った。
「そうなんだ」私は少し笑いそうになっていた。『鼻毛の王様』なかなか面白い病名ではないか。
「怖い病気だよ、合計13回、鼻毛が生え替わると、もう一生抜けなくなるんだ」
息子は真顔だった。……私は一体何回鼻毛を切ったっけ? 一度目の夢では確か5回、そして先ほど自室で1..2..3..4..5..6....7、7回だ!! つまり私はすでに12回鼻毛を切ったり、抜いたりしてしまっているのだ。
「……治療法とかあるのかな?」
「えーと。オレンジジュースでうがいをして、それからできるだけ大声で『ぱらちゃるん ぴーご』と100回叫んで下さい」
私は冷蔵庫まで走った。私の家にはオレンジジュースが常備されている。私はコップにオレンジジュースを入れて、台所で素早くうがいをした。
「ぱらちゃるん ぴーご! ぱらちゃるん ぴーご! ぱらちゃるん ぴーご!」
私は必死に叫んだ。何故か、それを叫ぶたびにグゥーと体力が奪われていく。そんな感覚があった。それでも私はやめるわけにはいかない。
「頑張れ! 頑張れ! 王様に勝つんだ」
いつの間にか、息子が必死に私を応援している。もはや息子はいっぱしの医者に見えた。
「……ねぇ……ねぇ、父さん!」
息子に揺すられて、私は目を覚ました。
「大丈夫? うなされて『ブサナビ語』を叫んでたけど」
「……ああ。大丈夫だと思う」
ブサナビ語? 私には息子が何を言っているのかわからなかった。
「あ、母さんの髪の毛かな? 長い毛がソファーに落ちてたよ」
そう言って、息子は少しちぢれた長い毛を私の前に差し出す。
「そ、それは……」
(『鼻毛の王様』おわり)
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