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私を睨んでいるのは
目の前で私を睨んでいる男は、明らかに私だ!
どういうことだ?
私はひどく困惑している。私は今、どうやらリングの上にいるようで、頭にはヘッドギア、手にはグローブをはめている。そして目の前の男、すなわち私も私と同様ヘッドギアをつけ、グローブをはめている。
ウォーーーーーーーーー!!!!
うなるような歓声。周りを見回してはっと息を呑んだ。
リングを囲んで声援をおくる。私、私、私。リングの周りには大勢の私がひしめいている。下は幼児から上はおじいちゃんまで。様々な年代の私が歓声をあげている。
今の私より若い私。彼らが着ている服にはどれも見覚えがある。みんな私が過去に着ていた服だ。最近私が買った服ている私と同じ歳くらい私もいる。そして、将来私が買うのかもしれない服を着た私より年上の私。
頭が痛んだ。事態が全く飲み込めない。ただ、明らかに事態は待った無しだった。
カン!
あっさりとゴングが響く。
「バカ!」
そう叫んで、目の前の私は、私に殴りかかってくる。
私は後ろに後退する。
けれど目の前の私は完全に戦闘モード。前に踏み出し、私にパンチを連打する。
たまらず私は腕でそれをガードする。
肘に鋭い痛みが走った。冗談ではない、私は本気で私を殴ってきているのだ。
私は休むことなく、私にパンチを放ってくる。容赦ない猛攻。痛みはどんどん蓄積されていく。
「おい! なんだよ!」
私は叫んだ。なぜ、こんなことをするのだ。
何より攻撃して来ているのは私ではないか。
私は私の味方ではないのか?
「やめろ!」 私はジャブをうって私との間合いを取ろうとする。
それでも、怯むことななく私は私に向かってくる。
相手は本気で私を痛めつけようとしている。そして何よりも酷いのは、その罵声だ。
「凡人」、「能力なし」、「ブサイク」、「性格悪いぞ」「みんなに嫌われてれるぞ」「みんなお前をどう思ってる思う」、「みんな怒ってるぞ」「勝てないよ」「できないよ」「やれないよ」「無理だよ」「無駄だよ」「もっと努力しろ」「何かしろ」「寝てる場合じゃないぞ」
自分の声で浴びさられる、罵詈雑言の破壊力は測り知れない。
私のメンタルは徐々に破壊されていく。
私は防戦一方だった。私はまだ迷っている。私が私を攻撃する理由が全くわからない。反撃しようにも、私は私を殴る決心がつかない。
私のパンチが私に当たる度、激しいブーイングが起こっている。一体どういうことなのだ。観客の大勢の私は、私の味方なのか? 私の混乱はより深まっていく。
突如、私は私に蹴りを放った。私は全くそれを想定していなかったので、それは見事に私の脇腹にヒットして、私はあまりの痛さに倒れこんだ。
私は私に馬乗りになって殴ってくる。
汚いぞ! ボックシングじゃないのか!
私は誰かに訴えたかった。しかし、考えてみたらリングにはもともとレフリーなんかいなかった。
私のパンチが私の腹に入る。痛みで意識が遠くなる中、さらに容赦無く次のパンチが腹に入る。
やめろ! 汚いぞ!
観客席の大勢の私が馬乗りの私にブーイングをおくっている。ただ、声はどんどん遠ざかっていく。痛みが全身に広がり、私の意識は徐々に薄れていく。
*
急に意識が戻った。 観客の歓声、 いや罵声が聞こえる。
やめろ! 汚いぞ! 降りろ!
全くだ。私は頷いている。なぜ私は私を殴るのだ。
しかし、次の瞬間、私は異変に気がついた。
体から痛みが消えている。そして風景がさっきまでとは全然違う。私はさっきまで天井を仰ぎ見ていたはずだ。けれど今は、リングのロープとその先の大勢の私が見える。
私はいつの間にか私の上に馬乗りになっていた。私の下にいる私は意識を失い気絶している。拳がしびれている。これは…………私は……私を殴っていたのか???
しばらくあって私は理解した。
入れ替わっている……さっきまで私を殴っていた私に、今、私は変わっているのだ……一体、どういうことなのだ??
頭に声が響く
「お前はいつだって。私を殴っている。そんなの間違っているだろ? おかしなことだろう? 狂ってる。だからもうやめてくれ」
気がつくとリングには私ひとりが立っていた。大勢の観客の私も、もうどこにもいなかった。ただ、私には体の痛みと胸の痛みが残っていた。
すまない
私は私に呟いた。
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