「土の匂い」を大切にジャム作り。プチ起業した広島市の女性(37)が地産地消と無添加に込めた思い
広島県産の果物や野菜を使った無添加ジャム専門店「糸 おやつのおみせ」を経営する広島市中区の中村真三子さん(37)。会社を立ち上げて1年足らずですが、イベントへの出店依頼が引きも切りません。フレッシュな味とオシャレさが評判の手作りジャムを生み出すマイルールを聞きました。(聞き手・栾暁雨、写真・大川万優)
春はイチゴや甘夏、夏はトマト、ナス、秋はピオーネ、カボチャ、冬はレモン、ニンジン…。広島の「旬」の味にかなりこだわっています。なんでだろうと考えてみると、私が三次の生まれで、「土の匂い」を近くに感じて育ってきたことがあるのかなって。
運動会の時季にはピオーネと梨があるのが当たり前。家の周りは畑で、野菜は買うよりも、近所の農家さんから頂く方が多かったんです。古里を離れた今、思えばぜいたくな環境でした。ジャム作りのスタートも、土の匂いが引き寄せてくれたのかもしれません。
昨年の夏、空鞘稲生神社(広島市中区)の青空野菜市に行ったんです。多くの生産者さんが出品していると聞いて、土の匂いがするものに触れたくなったんでしょうね。そこで出会った男性との雑談の中で「ジャム作れる?」と聞かれたのが始まりです。
30代半ばになり、今後の人生を考えることが増えました。もともと食べることと接客が好きで、カフェをしたいという夢があったんです。青空市には食に関わる人たちもいたので、もしかしたら人脈ができるかもと思って。たまたまお話しした相手が広島市安佐南区などで人気の食パン専門店「始まりの食パン」の経営者でした。自分の店のパンに合うジャムを探していたそうなんです。
私ジャム作りの経験なんて皆無なのに、勢いで「やってみます!」と答えちゃって。ジャムならカフェで出すスコーンやクッキーにも合いそうだし、これはチャンスかもしれない、という直感でした。
お互いの信頼関係をどう紡いでいくかですよね。実は私の祖父は、鹿児島の指宿で農業をしていて、サツマイモやオクラ、トマトを作っているんです。幼い頃から遊びに行くと、畑に入って収穫を手伝い、朝採れ野菜を食べていました。
祖父はもの静かで多くを語らない。一見ぶっきらぼうに見えるかもしれません。でも、言葉よりも育てた野菜から気持ちが伝わるというか。生産者さんって、多かれ少なかれ、祖父みたいな感じがあります。何度もお会いするうちに、少しずつ打ち解けて。
農家の皆さんと話すうちに、フードロスへの悩みを知ったことも大きい。味はいいのに規格外で売ることができなかったり、廃棄されたり。ジャムならフードロス対策にもなるし、農業への恩返しもできる。やりがいを感じています。今は広島県内の8農家と契約し、ジャムも13種類に増えました。
仕事としてジャムを作った経験がなく、ゼロから始めたのが逆によかったんでしょうか。たった1人でやっている「プチ起業」なので、何でも自分で決められます。「こんなのもらったらうれしいな」という私自身の感覚に素直に、ものづくりが進められます。
まずは、安心安全なジャムにしたかったんです。食材は、化学肥料や農薬をあまり使っていない広島県産のものを選んでいます。味付けは未精製の砂糖とレモンでシンプルに。ジャムって保存食なんですが、あえて無添加で保存料も入れないことにしました。日持ちはしませんが、旬を楽しんでもらえたらいいと考えました。
一見ジャムとは分からないような見た目にしたくて、素材のイメージに合う図柄を自分でデザインしました。ジャムって商品としてはありふれているから、いかにもなデザインだと印象に残らない。小ぶりのサイズで化粧品や香水のようにも見えるけど、実はジャムという意外性が欲しかったんです。
ネットやSNSでも注文を受けるので、差別化を図るためにもデザインは大切。試行錯誤の末にたどり着いた自己流ですが、幸い、多くのお客さまが「かわいい」「どんな味?」と手に取ってくれます。その後にリピーターになってもらうには、やっぱり味ですね。
とりあえず、料理本やネット動画を見て研究し、試作しまくりました。材料に選んだのは古里・三次の「辰巳ぶどう園」のピオーネ。果物は水分が多くてジャムらしいとろみを出すのが大変で、切り方や配分を変えるなど、10回以上は作り直しましたね。いろんな方に味見もしてもらい、口に入れた時のごろっと感を出すために軽いピューレ状に仕上げました。甘さの中に酸味と少しの渋みも感じるフレッシュさを残しています。
商品化にこぎ着けると「なすをジャムにできる?」「甘夏は?」と他の生産者さんからも少しずつ声がかかるようになって。どれも作ったことはなかったけど、とりあえずチャレンジしてみようと引き受けました。
「NO」と言いたくないのは、負けず嫌いな性格もあります。2人の姉と一緒に小さい頃からバレーボールをしていたんですが一番最後まで続けたのが私。こつこつ練習するのが好きな「スポ根」タイプだから、頑張ればできるはずと、思ったんでしょうね。
生産者さんからは一度に10キロ以上届くので丁寧に皮をむいて種を取って…と、仕込みだけで1日がかり。そこから大きな銅鍋でぐつぐつ煮ます。大量なのでかき混ぜるだけで腕が筋肉痛になって。しかも高温。やけどを防ぐフェースシールドと2枚重ねの手袋が必須です。
すごく地味な作業なんですよ。全身汗だくで化粧もあっという間に落ちちゃう。狭い作業場で一人、瓶詰めして、ラッピングして…。そんな時の心の潤いがアイドルグループ「Snow Man」です。音楽やラジオを流しながら作業すると不思議なことにすごくはかどるんですよ。
「推し」は目黒蓮さん。昨年たまたま見たドラマでドはまりし、目がハートマークに。7歳と5歳の子どもたちもファンになって、一緒に応援しています。疲れている時も、彼らの姿を見るだけで元気がもらえる。私のジャム作りには欠かせない存在です。
そんなふうに手作りするので、月に作れるのは400個ほど。ほそぼそとしたビジネスですが、百貨店の福屋さんにイベントに呼んでもらい、人気の食パン店で扱ってもらえているのはありがたいことです。
あと、ちょっとしたこだわりとして、イベントでは必ず白い服を着ます。年中シャツワンピとパンツの組み合わせ。ここは全然、季節感ないですね。寒くてもこのスタイルを貫くのは、主役のジャムを目立たせたいから。野菜や果物の鮮やかな色を引き立てたいんですよ。
子育て中は諦めることも多いけど、「プチ起業」なら家事や育児と両立できるかも、と思いました。長く続けられるよう、家庭を第一に考えています。常設の店舗を持たず、イベントへの出展やネット販売がメイン。店頭だと「始まりの食パン」や広島市西区のアルパークにある無印良品などで買うことができます。
ちなみに「糸」という屋号は中島みゆきさんの名曲から。メロディーと歌詞が染みて一番好きな曲です。実際、起業してから、すてきなご縁をたくさん頂いて、人と人って糸のようにつながっているんだとしみじみ感じます。挑戦は始まったばかりですが、私のジャムが生産者さんとお客さんを結ぶ長くて太い糸になれたらうれしいです。