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【雑感】日本国憲法について 考えるための小さなヒント 改

まえおき

 以前から少しずつ書いてきた「日本国憲法について考えるための小さなヒント」なのだが、私は憲法はまったく新しく作るべきだと思っている。(法律素人なのにいきなり大上段に構えてみる)。キッシー岸田首相は改正したいのだろうけど、自民党改正案はダメだ
 憲法がどういうものなのか、は国による。たとえば、イギリスには成文憲法はない大日本帝国憲法は日本の国柄くにがらをよく表している。よく練られたよい憲法だった。日本国憲法にも取り入れられ、革命思想の流れを汲む自然権。どれだけ血生臭い決意の上に成り立っているかは、フランス国歌を見れば、わかる。これって日本の国柄にふさわしいのかな?

 ちまたではパンデミック条約がらみで、地方自治法改正はすでになされてしまい、「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」も主に反対意見であろうパブコメは19万件も集まったが、政府は予定通り閣議決定をするのだろう。つまり、WHO発のパンデミック条約が破棄されようとも、どうやら日本政府は、日本を世界一治験のしやすい国にして、つまり日本人をモルモットとして製薬会社に差し出しいざとなれば強権を発動する気まんまんなのである(ワクチンパスポート移動の制限言論統制など)。
 その時頼りになるのは現行憲法なので、今、パンデミック条約に反対している人たちは一斉に護憲の動きをとっている(ように私には、見える)。

 いやいや。一時的には護憲でもよいが、今の日本国憲法は欺瞞の上に成り立っている気がしてならない。だから、どこが欺瞞なのかを今一度はっきりさせておく必要がある。つまり今後の行き先を、少しでも明確にしておくためのヒントにしたいというわけだ。

 相変わらず法律素人なので前文しか扱わないが、今のところはそれで十分な気がしている。

 今回は『【雑感】日本国憲法について 考えるための小さなヒント 改』だ。その1の改訂版の圧縮版である。ご了承ください。
 比較的新しい部分は「国民と国家が健全に協力し合う憲法の可能性」なので、ここだけ読みたい方は目次で飛んでください。

前回までの記事。

いわゆる護憲派の3つの欺瞞+現在の人事院の理念の胡散臭さ

ホツマツタヱの知恵などなど

憲法改正自民党案と大日本帝国憲法



いわゆる護憲派の3つの欺瞞

 いわゆる護憲派の人々の論は、明示的にそう明言していようがいまいがマルクス史観=階級闘争史観に基づいている権力を持つ人は、持たない人を虐げるので、権力を持たない人は持つ人から、権力の源泉となるものを奪わなければ、いつまで経っても権力を持たないまま。階級は固着したまま虐げられ続ける。奪いなさい。というやつだ。資本家からは資本を。王様からは権威を。というやつ。天皇陛下に人間宣言をさせたのは、その一環だろう。(GHQ統治時代は米国民主党政権時代。GHQにも左翼系の人々が大勢入っていたようだ)(一方、昭和天皇は戦前から「自分は人間であり、神ではない」と側近に言っていたという。また天皇機関説について「よくできた説だ」と評価した、とも。先祖は神であるが、ご自身は人間。私如きが評価めいたことを言うのは僭越の極みではあるが、現実を客観視できる素晴らしい方だと思う。そうでなければ昭和という激動の時代を乗り切れなかっただろう)。

護憲派の3つの欺瞞

 護憲派の人は平和憲法、つまり、9条を守ろう」というが、ポイントはそこでは、ない。9条に行き着くまでの、そもそもの立て付け、構造に問題がある。というわけで、本記事では前文のみを扱っている。

  1. 基本的人権は自然権ではなく実質的に日本政府が保障している

    • →チベットやウイグルの人々の状況を呼び起こすまでもなく、日本人の基本的人権は、日本政府が保障している日本人の権利なのである。自然権だからといって、自然に守られるわけではない。

  2. 自国政府や行政ではなく外国を信頼することほど危ういものはない

    • →左翼護憲派は他国のあり方を規定している憲法は貴重である、というが自国政府ではなく他国のあり方に自国民の安全を委ねるとは、よっぽど倒錯している。だから、他国にはそんな文言を入れた憲法はないのだ。あり得ないのだ。

    • 信頼しうる自国政府とは?から出発する方が良いのでは?

  3. 憲法は国家権力を縛るものとは限らない

    • →憲法は国家権力を縛るもの、というのはマルクス史観=階級闘争史観からきている。

    • →日本にふさわしい憲法のあり方があるのではないか?

というわけで、その1の焼き直し版ではあるが、以下少し詳しく述べていく。

1. 基本的人権は自然権ではなく実質的に日本政府が保障している

国民主権や国民の権利は人類普遍の原理ではない

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。

日本国憲法 前文より

国政…の権威は国民に由来しその権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」「これは人類普遍の原理」である。この文章は実態に則していない。国民主権国民の権利(参政権・言論の自由・信教の自由など)は「国家が保障してくれている」ものであって、どこからか「付与」されたものでも「自然に与えられたもの」でも、ない。例えば、C国ではウイグルの人々もチベットの人々にも実質的に信仰の自由はない。北朝鮮の人々も移動の自由はない。日本国民の自由や主権は実質的に日本政府が保障してくれているのである。だから日本国民は選挙を通して日本政府に責任を持つ必要があるし、それを深く自覚する必要がある。

2. 自国政府や行政ではなく外国を信頼することほど危ういものはない

政治道徳は万国共通の普遍的なものではない

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国憲法 前文より

 法律家の一部は「日本国憲法は珍しく他国のありようも規定している。こんな憲法は他になく貴重である」と言う。だが、いかに他国を規定し、「諸国民の公正と信義に信頼し」ようとも、そもそも他国をこのように無条件に信頼する、ということそのものが、国家を危うくすることは世界史を見ればいくつも例が見つかる。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なもの」と言いながら、北朝鮮は日本国の主権を侵して拉致事件を起こし、ミサイル実験を継続している。中国は南沙諸島の領有権を国際裁判所で否定されているにもかかわらず人工物を作り続け埋め立てを続けている。わが国尖閣諸島への侵入行為もよく知られている通りだ。ロシアは臆面もなくウクライナに侵攻した。
 このように現実は我が国からの信頼を損ねている隣国たちに実際に取り囲まれているのが現状だ。政治道徳は決して万国共通の普遍的なものではない。
 この理想を実現しようとすれば、日本の政治家はもっと強く、格調高くある必要がある。そして外交姿勢も「あなたたちは自分たちのことばかり主張し、国際協調に欠けていますよ」「そんなことは恥ずべきことですよ」と、諭す立場であるべきだろう。
 でもそうはできていない。政治家も国民もその矜持を持たず、軍隊を持たない弱さである。

 他国に安全保障を委ねるのではなく、信頼できる自国政府を国民の責任で作り上げていくとしたら、ということに力点をシフトする時期に来ているといえよう。

3. 憲法は国家権力を縛るものとは限らない

「憲法は国家権力を縛るもの」というのはマルクス史観=階級闘争史観からきている

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する

日本国憲法 前文より

 「憲法は国家権力を縛り、国民を国家権力から守る」ものだという。そこには潜在的に「国家と国民は対立するもの」だという前提がある。何度も言うようで恐縮だが、それはマルクス史観=階級闘争史観から来ている。

 日本の伝統的な考え方は、「民は天皇陛下の大御宝おおみたからである」というものだ。大日本帝国憲法上諭じょうゆ(=前文)で明治天皇は「我が親愛する臣民は、すなわち私の祖先が情なさけをかけ労いたわってきたであろう臣民なのだ」と想いをいたし「その幸福を増進し、立派な徳と素晴らしい能力を開花させてほしいと願い、その助けをもって、ともに国家の進歩・向上を図ろう」と国民に呼びかけている(上諭の現代語訳の全文はその3に掲載した)。
 お父さんお母さんに、あるいは保護者にあたる人に「幸せになってね」「才能を開花させ、人徳のある人になってね」と願われたら誰でもうれしくないだろうか?
 日本は国民一人一人がそう願われている、そういう伝統がある

 そして「一緒によい国にしていこうね」と言われたら?


国民と国家が健全に協力し合う憲法の可能性

先の大戦の影響と、罪悪感でなく何かを引き受けること

 非常に残念なことに、先の大戦では大勢の若い命が戦火に散った。それは自分の家族や子孫を守る戦いだった。日本という国を守る戦いだった。私たちはそれを十分に顕彰しているだろうか?GHQの方針もあり、一般の国民はいわゆる戦争責任を、命じた天皇や国家権力に責任を丸投げした。大勢の無辜の民が戦火に焼け出されたのは、敵=米軍の残虐な無差別攻撃によるものだった。米軍はそれも、旧軍と旧政府=日本の国家権力に責任をまんまと丸投げし、「悪いのは国家権力、国民は犠牲者」と再定義した。この件では天皇はかろうじて責任を免れた。

 先の大戦が、国民と国家の紐帯、それから国民と天皇の紐帯、それから国家と天皇の紐帯を損ねてしまったことは、確か、だ。
 納得のいかない犠牲者を出し、そこにGHQと左翼が付け込んだ

 大戦前にも日本は民主主義国家で、ちゃんと普通選挙があった(婦人参政権は戦後だけど)。日本人が選挙で選んだ政府が選択して戦争を遂行した。
 
悪いのは国家権力、国民は犠牲者」だけじゃない。多分、日本国民にもいくぶんかの責任はあり、米国も無慈悲な無差別攻撃をした責任がある。それはWGIPWar Guilt Information Program)のような罪悪感とはまったく別なもの、だ。それを分離していく必要があると、私は思う。 

上記の件については、まだ、私は、上記以上の考えはまとまっていない。だけど、これはちゃんと向き合わなければ、先に進めない。そんな感触がある。東條英機のお孫さん東條由布子さんは「祖父には確かに責任がある。それは平和に対する罪ではなく、戦争に負けたという責任だ」という意味のことを言っている。

さらなるヒント、2つ

 もう一つのヒントは、先代旧事本紀大成経の五憲法だ。ある人からアドバイスがあり、読もうと思っているが、まだ読めていない(その方によると赤穂市大避神社のバージョンがよいとのことだった)。江戸時代に偽書認定されたが、決めつけていいのかな?(憲法について一家言いっかげんある倉山満氏がけなしているので、きっと今後の日本国憲法を考える上で、役立つものに違いないと思ったりしている。この件では倉山氏の逆を行くのが良さそうだ。あはは。私は天邪鬼💦)。
 聖徳太子の十七条憲法は実は十七条憲法が5セットあったのだという。今一般に知られているのが官僚用、それから残り政治家用、神職用、儒家用、僧侶用。「あつく三宝を敬え」とは、仏法僧ではなく、神仏儒である、と。手に入りやすそうなものをまず手に入れてみよう(いろんなことがのんびりすぎでごめんなさい)。

 さらにヒントがあるとすれば、いくぶんスピリチュアルでみんなが納得いくものではないかもしれないが(逆にみなが納得しやすそう??)、過去を振り返りすぎるのではなく、お祭り気分を盛り上げて、さまざまな紐帯を取り戻していく、あるいは人々同士の紐帯を取り戻していく、というアプローチだ。YouTuberの若者、TOLAND VLOG のいうように。人は心地よいものに流れていくことが自然だ。そして一人ひとりのなかの神様の部分目覚めていく。

国民と国家が健全に協力し合う憲法

国家と国民が協力し合う健全に。多分韓国のおじいさんが言語化してくれたことを体現するような、そんな憲法が日本にはふさわしいと思う。もちろん、その言説だって絶対ではない。それをヒントにさらに考えを深めていく必要があるだろう。あるいはもっと全然別の考え方も広く見てみる必要があるかもしれない。きっと現代の日本にふさわしい、国家と国民が健全に協力し合う憲法を日本国民自身で生み出すことができる。そう私は思ってるのだが、みなさんはどう思いますか?

私は、まだ、旅の途中…。

 

おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために

下記が一番シンプルそう。「日本国憲法に、大日本帝国憲法、教育基本法、児童憲章、英訳日本国憲法、日米安全保障条約の全文を収録した新装版」とのこと。

下記『衆 議 院 憲 法 調 査 会 に お け る「 国 民 の 権 利 及 び 義 務 」に 関 す る こ れ ま で の 議 論』は近々に読んでみたいと思っている。読み込んではいないが、パッと見では、基本的人権などを制限する方向のまとめ方のように感じた。いや、そこじゃないのよ。国家と国民の協力関係よ、肝心なのは、と思ふ。平成17年(2005)作成。これも20年も前のものだ。

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi063.pdf/$File/shukenshi063.pdf




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