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【雑感】一万年の知恵:イノベーション

 大昔に『一万年の旅路』という本を読んだことがある。その中に、ある男が毛皮で服を作る、というアイディアを思いついた、という話がある。
 
 本そのものは、ネイディブアメリカンのイロコイ族に伝わった口承伝で、最後の記憶保持者のお婆さんが文字に起こしたものだという。英語で書かれたものは詩の形式で、そんなに厚くない本なのだが、日本語に訳されたものは相当に分厚い。訳者が補ったものがだいぶあるのでは、と思う。

 で、一族は出アフリカの記憶まで持ち、歩いては定住し歩いては定住しを繰り返し東アジアのどこかにたどり着き、そこで東から昇る太陽を見て、西に山を背負い、多分相当長い間そこに住み着いていた、と。一族はそこで大地震に遭い北米大陸に渡ることを決意する。歩きに歩いて北米大陸に到着。そこからも物語は続くのだが、毛皮で服を作る男の話は、出アフリカ以降で東アジアに定住する以前の話の中に出てくる。

 それまで、一族はロクな服を着ていなかった。寒さを癒すものは火しかなかった。素朴な焚き火。だが、寒さの中で、男の孫が死んだ。

 男にとっては、本当に大切な孫だった。かわいくてかわいくて仕方なかった。「なぜ死んだんだ」「なぜ孫だったんだ」「代わってやりたかった」「育ったらどんなに立派な大人になっていたことだろう」。男は孫のことを考え続けた。その間にも、他の子どもも寒さで亡くなっていく。そういう時期、そういう場所だったのだろう。
 死んでいく子どもが増えるたびに「どうだったら孫は死なずに済んだのか」と、男が考えるその方向が変わっていく。「どうだったら孫は死なずに済んだのだろう?」
 「火のそばにいたら?」「暖かな大人が抱き続けたら?」そんなことは、みなしてきたことだ。火のそばに居続けたら却って火傷してしまう。孫が死んだ時も娘に抱かれていたんだ…。その娘だって凍えていた…。

 ある時、獣は冬でも凍えない、と気づいた。一族は獣の毛皮を荷物を引くために使っている。ソリのように。「あの毛皮を使えば赤ん坊を凍えさせず済むのではないか?」だが、荷を引くための毛皮はゴワゴワで、とても赤ん坊の肌には合わない。「どうやったら毛皮を柔らかくできるだろう?」また、男の考える方向性が変わる。男は毛皮を口で噛んでは水で晒す。いわゆる『鞣し(なめし)』(皮を柔らかくすること)が生まれた瞬間だ。もちろん、これが本当かどうかはわからない。だけれど、今の私たちが聞いて、さもありなん、とある種の説得力を持って迫ってくる。だから、もうちょっと続きを見て欲しい。

 とうとう男自身を包めるほど大きな毛皮を鞣すことができた。男はよろこんで毛皮に身を包み、暖かさを堪能する。そして「みんな、見てくれ。こうやって毛皮をまとえばすごく暖かいんだ!」と叫んだ。だが、みなは男を怖がって誰も近寄ろうとしない。むしろ男を寄せ付けないように追い払おうとする始末だ。無理もない。一族のみなから見れば、男の姿は、熊の毛皮を纏った「熊まがい」だ。人間でもない、熊でもない。化け物だ。

 どんなに善意で、便利で、命を助けるものを発明しようと、人々が受け入れなくては、大勢の人々の役に立てることはできない。

 男の娘(=死んだ赤ん坊の母)には、大勢の人々の気持ちを慮る知恵と、忍耐力があった。「お父さん、辛抱して。この毛皮はきっとみなの役に立つけど、みなはすぐにはわからない。みながこれを受け入れるまで待ちましょう。焚き火から離れて座って。一言も喋らないで」

 男は一旦毛皮は身につけないようにした。目立たないように焚き火から離れて座った。時が立って、毛皮はまとうようにしたが、やはり焚き火からは離れて座っていた。

 ある時、若い母親が男のそばにやってきた。「赤ん坊が凍えそうなの」「毛皮で暖かくなるって言ってたわよね」「貸して欲しいの、お願い」こう頼んだ。男はよろこんで毛皮を貸した。赤ん坊は死なずに済んだ。こうやって一族は「服を着る」ことを学んだ。


 ここから私たちが学べることは「必要は発明の母」ということと「発明そのものよりも、時として導入時が肝要。より慎重に」ということ。

いえ、私はせっかちなのでしょっちゅう衝突しがちなのですが💦

イノベーションがのべつ起きている昨今だからこそ、そして性急に新しい物事を導入しがちな昨今だからこそ、心に留めたい、と思っているのです。


そういえば、またいただきました!『特にスキを集めました!』ホント読んでいただき、「スキ」してくださったみなさまのおかげです❣️
ありがたく、感謝です\(^^)/
 
記事は 【読書】古事記 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01) です。
まだの方は、よかったら読んでみてくださいませませ。

 

おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために


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