001_誓い
満月の光が、煌々と、深い夜を照らしている。
清らかな聖歌隊の歌声も、鮮やかに響いたファンファーレも、今はもう、その残響さえ聞こえない。
エドワードは、密やかな虫の音に耳を傾けながら、去り行く今日に、思いを馳せていた。
静まり返った夜のバルコニーには、自分たちと女王を除いて、人影はない。
もしも、この場だけを見た人がいれば、今日という日が、新たなる王が冠を戴いた晴れがましい日だとは、とても思わないだろう。
栄光の座に就いた当人は、白いナイトドレスのまま、どこか物憂げに夜空を見上げていた。
「……サミュエル兄様、ルシア様は、ご気分が優れないのでしょうか?」
エドワードは、深い嘆息を零すと、隣に立つ兄に問うた。
あどけなさを残した女王の横顔は、月明かりに照らされて、すこし蒼ざめて見える。
父王を亡くしてからの一年、彼女が、どれほど気丈に責務を全うしてきたことか。
幼少のみぎりより、兄と共に仕えてきた自分は、それを痛いほどによく知っている。
「なに、案ずることはない。我らが女王陛下は、一時だけ、感傷に浸っていらっしゃるのさ。」
サミュエルは、柔らかな栗色の髪をかき上げると、口元に静かな笑みを浮かべた。
「それならば良いのですが……。」
「エディ、あの御方は、どんな困難を前にしても、怯んだりはしない。そんなこと、私たちが一番解っているだろう?」
不安をぬぐい切れずに言いよどんだエドワードの肩を、サミュエルが優しく叩く。
エドワードは、弾かれたように、兄の顔を見た。
怜悧な光を宿したサミュエルの瞳には、ルシアへの深い信頼が滲んでいる。
彼女は、とっくの昔に、騎士に守られるだけの姫ではなくなっていたのだ。
兄の目には、自分が見落としていたものが、しっかりと映っている。
エドワードは、己の未熟さを振り払うように、女王に視線を向けた。
「我らが剣は、姫のために。それが、女王のため、になっただけさ。我らの在り様は、変わりやしない。ただ、改めて誓おうじゃないか。」
サミュエルは、祈るように目を伏せた。
「……我らが剣は、女王のために。」
エドワードは、左手を胸に当て、ちいさく呟いた。
この剣は、女王の道を拓くものだ。共に拓き、傍らで守り抜く。そのための、剣なのだ。
002_女王の容
003_紳士の矜持
004_暗雲
005_追跡
006_夜半
007_奔れ
008_白面
009_王者の威風
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