003_紳士の矜持
今日の裏庭は、いつもと様子が違っていた。普段なら三人でささやかなティータイムを過ごす場所は、気取った高官や、華やかな貴婦人たちで賑わっている。
吹き抜ける暖かな風も、エドワードには、すこし落ち着きがないように思えた。
「ちょっと冷めてしまったけれど、良い香りだわ。」
代わる代わるに挨拶に来る賓客たちをあらかた捌いた後、ルシアは、息を継ぐように紅茶を口にした。
これだけずっと気を張っていれば、喉も渇くだろう。
「そろそろ何かお召し上がりになられては? サーモンのサンドイッチは、料理長こだわりの逸品だそうですよ。」
サミュエルは、用心深く当たりを見回すと、ルシアの耳元で囁いた。
ケーキスタンドの最下段には、色とりどりのサンドイッチが品良く並んでいる。
その中で一際目を引くのが、薄紅色のスモークサーモンのサンドイッチだ。クリームチーズにはチャイブを混ぜ込んであるのか、チーズの白に緑が映えて、目にも鮮やかである。
エドワードは、見ているだけで鳴りそうになる腹を、密かに押さえた。
「そうですね。ではひとつ頂くことにします。……あらやだ、本当に美味しいわ。」
ルシアは、サンドイッチをひとつ摘まむと、すこしだけ頬を緩める。
そのとき、背の高い影が、こちらへ近付いてくるのが見えた。
士官服をきっちりと着込んだ大柄の紳士は、女王の御前へ歩み出ると、恭しく頭を垂れた。
「陛下、ご機嫌麗しゅうございます。本日はお招きに与り、このボールドウィン、身に余る光栄に存じます。」
「騎士団長殿。こちらこそ、お忙しいのに足を運んで頂き、嬉しく思っております。」
「これは、勿体なきお言葉でございます。」
騎士団長ウォルター・ボールドウィンは、居住まいを正すと、品の良い笑みを浮かべた。
エドワードよりもすこし高いところにある黒瞳は、涼やかに女王を見つめている。
「サーモンのサンドイッチはもうお召し上がりになりまして? とても美味しいのですよ。」
「おや。では私も、ご相伴にあずかりましょう。」
ウォルターは、サーモンのサンドイッチをしっかりと味わってから、再び口を開いた。
「まろやかなチーズに、チャイブのアクセントが効いて、さっぱり頂けますな。さすが、陛下のお眼鏡に適うだけはございます。」
終始にこやかなウォルターに、エドワードは、驚きのあまり眉を上げた。
もし勧めたのがエドワードであれば、彼は絶対に、口にしようとはしなかっただろう。
きっとルシアは、彼が苦手なものを口にしたなんて、気付いていないはずだ。
エドワードは、思わず兄に視線で問いかける。
サミュエルは、微苦笑を浮かべたまま、そっと目配せをした。
言葉はなくても、兄が言いたいことはよく分かる。
エドワードは、きゅっと口元を引き締めた。こういうものは、言わぬが花
というものだろう。
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