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面接まえのスロウ・ボート

 やっぱり本屋さんって、最高だな〜と思ったお話。

 先月、就職するつもりでインターン生として勤めていた会社を退職した。

 お医者さんの判断もあって辞めることになり、できることならその仕事を続けていたかった私は、正直、燃え尽きたような心持ちで日々を過ごしていた。やりがいがあって、心強い仲間がいて、夢中になれていた仕事を手離してから約一か月間、まだ新しい場所で正常に作動できる気がしなくて、ただ穏やかに暮らすことだけをしていた。

 ごはんを食べて、本を読む。家事をして、noteを開く。お風呂に入って、寝る。気持ちが落ち着くまで、少し休業が必要だった。

 椎名林檎も、「人として真面目に生きていこうとする以上、社会に適合できないモラトリアムな瞬間はきっと誰にでもあるのだから、自分自身のためにも『それは無罪なんだ』と言いたい。」という言葉を残している。「無罪モラトリアム」。そうだ、私にとっては今がその時期なのかもしれない、そう自分を励ましながら過ごしていた。


 それでも、いつまでもそうしているわけにはいかないので、本や映画や沢山の方々のnoteから滋養をもらって、少しずつ呼吸を整えていった私は、先日やっと一つ、アルバイトに応募してみることができた。その面接の日が今日だった。


 面接というのは誰しも多少なりとも緊張するものだと思うが、私は人一倍緊張を感じやすい。ピアノの発表会でも学校行事でも、お腹に違和感を覚えたり膝をふるわせたりするのが得意だったから、今日も心配だった。お天気もあいにくの雨で、外に一歩出ると3月に戻ったように肌寒かった。

 しかし、ラッキーなこともあった。面接場所の隣に書店があったのだ。余裕をもって30分前に到着した私は、書店で心を落ち着かせようと思った。本が大好きな私なので、我ながら名案だ。(というか当然思いつく案だ。)まずは書店の空気を吸って、紙とインクのほっとする匂いに、やっぱり好きだなぁ~と思う。入口付近の新刊の棚と雑誌コーナーをふむふむと眺め、ときめくタイトルやおいしそうな表紙に徐々に心がほぐれていく。

 一度時間を確認すると、まだ20分あった。大切なのは、平常心。平常心を取り戻すまであと一歩、なにかないかなーーと思って顔を上げると、"村上春樹フェア" の棚を見つけた。吸い寄せられるように歩み寄ると、『中国行きのスロウ・ボート』というタイトルが目に入り、途端に「あっ」とひらめいた。本を一冊、買っちゃえばいいんだ……!私はカバンの中に本が入っていると安心する。そうだ、どうして今日に限って、お守りの一冊を入れてこなかったんだ?……おそらく、家を出る前から緊張していたからだろう。


 ちなみに、誰にともなく断っておくが、なにも考えなしにお財布の紐を緩めたわけではない。『中国行きのスロウ・ボート』は、前から買いたいリストに入れてあった。実はまだ村上春樹の本は読んだことがなく(正確には小学生の時に一度挑戦したが、その頃の私には難しくて完読できなかった)、初めて読む彼の作品はこれにしようと決めていた。そう決めた理由は、短篇集であったことと、装丁のデザインに一目惚れしたから。大好物のラフランスがシンボリックに横たわる表紙に改めて見入ると、「今日これを買わねば。」と直感したのだった。

 こうして、心強いお守りをゲットし、丁度良い時間になるまで読書をして心を落ち着かせた私は、よしっと小さく気合いを入れて書店の隣へ向かった。面接まえの、スロウ・ボート。ほんの数分でもこの船に身をゆだねることができたおかげで、ほどよい緊張感を残しつつ肩の力を抜くことができた。面接して下さった方も、とてもお話しやすい方だった。

 結果はどうかわからないけれど、退職してからまず一歩踏み出せたことと、ずっと欲しかった一冊をお迎えできたこと、良かったなと思えた。


 帰りのバスを待ちながらふと目の前の並木に目をやると、樹液が寒さで固まって、雨粒をのせてキラキラと輝いていた。初めての村上春樹の本、楽しみだな、と思った。🍐

 最後まで読んで下さり、ありがとうございました
🌿🥂

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