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動画を作る合間にかんがえたこととか。

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最近の記事

無駄を愛する、余白こそ人生

 やらされてやることと、誰に言われるわけでもなく、自分でやることについての感じ方が、随分と違うのはなぜでしょう。同じ内容でも、自分の場合、両者の感じ方は大きく異なります。経験上、好きな内容でも、やらされていることを意識すると、じきに苦痛を感じるようになります。  人間の脳は不思議なもので、やらされることについては、とかく苦痛を感じがちなのだと思います。プラモ作りが好きな人に、500円あげるからこれを組み立てと、たくさんのプラモキットを与えたら、苦痛を感じるようになったという

    • 雑感2

       パソコンがなくても、スマホでもそこそこの速度で書き込みができるとわかりました。スマホだと、記事のアップロードはしんどいというのは、ただの先入観でしたね。  インプットの習慣が途切れても、存外、その習慣を取り戻すは簡単ですが、アウトプットの場合、少しハードルが高いことが分かりました。どんなささいなことでもいいので、考える、書く、作る、意見を表に出すといったサイクルを継続した方が、自分の成長につながると思います。  最近は英語の勉強をしていますが、これも同じことが言えます。

      • 雑感

         しばらく海外で仕事をしており、また帰国してからは引っ越しをしたりと、忙しくしていて、物書きがおろそかになっていました。  少し書かないでいると、最初の一行目を書き始めるのにも、思い切りがいりました。習慣は、一度途切れると、取り戻すのは容易ではありません。  この間、スマホをみることが多かったように思います。非生産的であり、スマホを見ている間は楽しいのですが、終わってみると、特に自分に何かが残ったわけではないという時間を無駄にした感だけが残ります。

        • ストレスへの対処法について

           みなさんは、ストレスにはどのように対処しますか。  私は今までの人生の中で、ある程度、方法論を確立しています。それはシンプルに、次の2つです。  まず「逃げることができるのであれば、極力逃げる」です。特にそれが、自分の成長になんら寄与しないのであればなおのこと。そもそもお鉢が回ってこないように工作します。君子危うきに近寄らずです。  もう1つは、自分の成長に少なからず関わりそうなこと、もしくは逃げることにより、さらなる新たなストレスを生じてしまいそうな事柄に対しては「

        無駄を愛する、余白こそ人生

          堕落するパターンについて

           堕落の過程について、自分の中でパターンがあることに気がつきました。皆さんが堕落するときは、どんなパターンがありますか。  私は仕事柄、ある一定期間家に帰らないことがあります。それは一種の修行のような仕事なので、ネットやテレビのような娯楽から離れ、運動や勉強に集中できる期間でもあります。  その期間にバッチリ自分のためになる習慣を身につけることができるからこそ、また仕事の期間を終えて家に戻って休暇に入ると、その仕上がった習慣がどのように崩れていくかが良くわかります。  

          堕落するパターンについて

          死の瞬間から逆算する発想について

           最近よく考えること。  近い将来のことを、遠く未来の視点から逆算して考えると、今は心奪われ躍起になっているようなことも、実はそれほど重要でないと気づくことが、最近多い気がします。  例えば、他人との衝突。確かに、その瞬間は腹が立つかもしれません。しかし、1週間後の自分を想像し、その出来事を眺めたとすればどうでしょう。果ては、病院のベットの上で今まさに死にゆく老境の自分が、過去を振り返ったとして、そのとき自分は何を思うのか想像してみてください。  例えば、仕事の期限に追

          死の瞬間から逆算する発想について

          石原慎太郎さんの死に際して

           職場で「石原慎太郎氏死去」と速報が流れました。「石原慎太郎死んだんだって。」「そうですか、死んだんですねぇ。」そんな会話が交わされ、そしてまた、窓からさんさんと陽光がさすなかで、いつもと変わらない時間が流れていきました。  石原慎太郎さんは、東京都知事時代のイメージが強く、作家さんだった時代のことはあまり知りません。尖閣諸島の国有化の際など、随分世間を騒がせた人ですが、冒頭に述べたとおり、彼の死去に対する私の職場での反応は実にさみしいものでした。  志村けんさんの時は、

          石原慎太郎さんの死に際して

          人の目を気にして生きるか、気にせず自分らしく生きるか。

           人の目を気にして生きるべきか、気にせず自分らしく生きていくべきか。あまり2元論は好きではありませんが、考え方を整理するときは、このように、少し極端に考えたほうが本質が見えやすいものです。  最近はYoutubeのような動画サイト、そしてTwitterのようなSNSでは、他人の目を気にせず、自分本位に生きていくことを勧める言葉を多く見かけるようになった気がします。それはおそらく日本人が、同調圧力に弱く、ずっと他人の存在を気にして生きてきたことの裏返しだと思います。  日本

          人の目を気にして生きるか、気にせず自分らしく生きるか。

          自分のためか、他人のためか。

           自分のために生きるのと、他人のために生きるのでは、どちらのほうが幸せになれるでしょうか。もっとも、自分のため、他人のためという言葉はあいまいです。幸せという言葉もそうです。何をもって自分のため、あるいは他人のためというのか。幸せとはそもそも何なのか。  情けは人のためならず、という言葉があります。人のためにしたことは、まわりまわって自分にかえってくるという考えです。これを言い換えれば、人のためという体裁をとっていても、結局は自分のためなんだろうというシニカルな見方にもつな

          自分のためか、他人のためか。

          ライフスタイル動画

           Youtubeで「アル中カラカラ」という謎の動画がオススメに出てきたので試しに観てみたら、笑いました。めちゃくちゃ汚い部屋で、おっさんが汚い料理を作って、ハイボールをがぶ飲みする動画です。明らかにウィスキーの比率が高いので驚愕させられるのですが、その飲み方が、排水溝に水が流れるごとく下品ながらも美味しそうに飲むわけです。アル中カラカラというのは、撮影者がハイボールを飲む前に行う儀式のようなもので、コップを振って氷をカラカラいわせることが所以のようです。  こういった、ライ

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          デジタル機器の進歩のはやいことよ…。

           久しぶりにノートパソコンを買ったのですが、費用に対する性能の向上が著しいことに驚きました。ムーアの法則では、半導体の性能は18カ月で2倍になるとされていますが、パソコンのみならず、スマホ、カメラ等にも同じことが言えると思います。  そう考えると、数年も経てば、今のデジタル家電の最新機種は安価に手に入るのが目に見えています。ですので、少し型落ちくらいのものを拾っていくのが、費用対効果が良さそうです。モノは大切に長く使えるものを買うようにしていますが、ユニクロのアンダーウェア

          デジタル機器の進歩のはやいことよ…。

          電子ピアノが届きました。

           坂本龍一のPerspectiveを聴いて、直感的に、いつかこの曲を弾いてみたいと思ったので、衝動的に電子ピアノを買ってしまいました。CASIOのpriviaというシリーズで、コンパクトでありデザインが美しかったのが決め手です。写真はtwitterにアップしていますので、興味がある方はごらん下さい。  そうとは言っても、ピアノなんて今まで触ったことすらありません。両親は、私がまだ2歳の頃にピアノに興味を持たせようと、キーボードを買い与えてくれたようですが、幼い私は親の心子知

          電子ピアノが届きました。

          さて、何からはじめようか…。

           さて、何からはじめようか…。特に何をすると決めたわけではないですが、空いた時間で、自分なりに何かを積み上げていきたいと思ったことが、このnoteを作成したきっかけです。簡単な今後の展望ですが、現段階でのイメージとしては、次のようなものを構想しています。  まずは、読書。小さなころは、まるで栄養を摂取するかのように、たくさんの本を読んでいましたが、仕事をするようになって、いつしかあまり読まなくなっていました。小さなころの読書は、世の中と向き合っていくために、いわば必要に駆ら

          さて、何からはじめようか…。