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3度目の初恋で詰んだ 最終話「愛し君へ」

それから数年後のある朝。

ちよちよとした朝の気配に目を覚ます。
ここ数日暖かった分、今日は少し冷たく感じる。レースのカーテン越しに漏れる光が僕の目を撫でる。促された僕は窓を開けようとベッドから腰を上げる。窓を開けると両頬をなぞって入ってきた風が小さな部屋の空気を一掃してくれた。アパートから見える大きな楠に陽光が差して気持ちよさそうに煌めいている。今日は散歩日和だな。休日の今日はそろそろいつもみたく彼女がやってくる頃だ。窓を閉めると僕はまたベッドに戻り、布団にくるまった。入れ替わった朝の空気の層を撫でながら二度寝にはいる。休日のゆっくりとした朝の二度寝は平和で穏やかな幸せを実感せずにはいられない。さっきまで見ていたはずの夢は、もうすっかり記憶にない。今ならとても心地よいショートムービーが見られそうだ。




そんな柔らかな朝から数年前のある日。



「小津くんとはうまくいってる?」

「梨花さま仏さま。その節は本当にすいませんでした。」

「あんたはわかりやすいからさ、いいんだけど、小津くんの方は賭けだったんだよね。なんとなく、気持ちを隠しているような気がしたの。それがあなたであれ、はつみちゃんであれ。似た者同士だよね。電気ショックさえ与えればいい、みたいな。」

「マジで言ってんの?エスパーですか?てか楽しんでやってたのね?」

「ふふ。自分のことはよくわかんないのにね。」


そういうと梨花は歯に噛みながら店員さんをキョロキョロ探し始めた。それに気づいたショートボブの店員さんが駆け寄る。研修中の名札。高校生かな?がんばってね。


「それに、美沙はとにかく当たって砕けるくらいがちょうどいいよ。見ていてヤキモキするもん。」

「ぐ、、、」


梨花のこと、梨花の話もしてほしい。何かあるなら応援したい。でも私は梨花みたいに察することもできないし、話を聞き出すこともできない。梨花の恋バナが聞きたい。

「梨花はどうなのよ?そろそろ自分のことも話しなさいよ。」

「え?いいよ。ジャンルは?」

「fえ?、、じゃあ、恋バナでお願いします。」

「それはないな。だって、不倫だし。」


飲もうとして手にしていたグラスの水も慌てふためく。危なかった。口に含んでいたら豪快に噴き出してキラキラ加工が必要になるところだった。


「ぇぇぇえええ?!? ちょ、、ふ、、、不倫て… マジで?いつから?」

「だって、ロクな男いないし、面白くないんだもん。まぁそれに不倫ていうか、、、うーん、、。」

「ちょちょ、ちょ、え、突然すgiて、いったん落ち着こうか。」

「あんたがね笑」


その時、テーブルに置いた梨花の携帯がブルった。誰かからの連絡を待つように、携帯をテーブルに置くなんて梨花にしては珍しい。その彼からの連絡だろうか。梨花は携帯を手に取り覗き込む。両手の親指でシュタタタっと文を打つと、今度はカバンに携帯を直した。

「もう着くって。」
「え?誰が?、、え!ま、まさか、彼が?!?」

「なわけないじゃん笑。どうしても、あんたに会いたいんだってさ。」
「え、、私、結構、人気じゃん。。。」
「そうでもないよ笑。」


くそう。一体誰なんだ。私はこれからの梨花の話を深掘りしていかないといけないってのに。梨花はきっと平気なふりしているけど、きっと梨花なりに悩んでいるに違いない。しかしあの梨花が不倫とは驚きだ。いやしかし、まだ何にも詳細がわかっていない、まぁ不倫っていうか、、、何?何なの?彼の情報だって何にもわからない、確かに梨花は同年代や若い子には興味なさそうだけど、相手の年齢、、、そうだ、相手の年齢はいくつなのか、それを後で尋ねてみよう。うん、そうしよう。いや待てよ、相手の家族構成が先か、、そうだな、今時はシングルファザーだって多いし、、、いや、それなら不倫とは表現しないか、、、不倫っていうか何?、、、全然わかんない。

「あ、来た来た。おーい。」


はっ‼︎しまった。短い質問なら今の間にできたかもしれないのに機を逃してしまった。私も梨花の役に立ちたいのにな、そう思いながら梨花が手を上げて呼ぶ視線の先に目をやると、見覚えのあるシルエットに心臓が震える。現れたのは、東雲さんだった。あれ、でも、今はなんだかわかる。彼女はきっと…。


「お久しぶりです。」

なんとなくはわかってはいたけどホッとため息が漏れそうになり、肩がスクンと落ちる。彼女は、東雲ななみさんだ。そうだよね、と梨花に目をやる。梨花の目は表情は、大丈夫って言っているようで安心した。

「ごめんさい、梨花に無理言って。どうしても会ってお礼が言いたくて。」

「それ、はつみちゃんにも言われました。」

「姉妹揃ってごめんなさい笑」


遅くなってごめんね〜と言いながら椅子をひく彼女。本当にウリふたつ。そりゃそうか、同じ女性だ。はつみちゃんと何が違うって言うんだろう。なのにすぐ彼女はななみさんだってわかるのは何故だろう。はつみちゃんと何が違うって言うのだろうか。その謎を解こうとジーッと観察する。あの日もそうだった。なんでかわかんないけど、会った瞬間にはつみちゃんだってわかった。視線に気づいた彼女はおやっと微笑み私を気遣う。

「あ、私ですよ。大丈夫です。改めまして、ななみです。」

「あ、ごめんなさいっ!わかってますよ、大丈夫です。はつみちゃんとそっくりだなぁって。」

「そりゃ、はつみも私ですからね。」

「あ、まぁ、そうなんですけど…。そうだからこそ、なんではつみちゃんだってわかるのかなぁって。今も、あ、ななみさんだって、どうしてわかるのかなぁって。」

「え、、、あ、なるほど。むしろ興味ありますね?なんででしょう?やっぱ何か違います?」

「私は、ななみしか知らないしなぁ。どっちにも会えてるって、なんかズルくない?」

「でしょ〜?」
「いや、あんたでしょ。」

「あ、いや、ほら、もうひとり。」

私の代わりにななみさんがそう言って梨花に考える間を与える。ぁ、ぁあ、そっか、と可愛く両手でリズムを鳴らし、ななみさんの方を向いていた梨花は私の方へと体ごと向き直してあざと可愛く答えてみせた。

「あんたの彼氏もだ。」
「ちょっとやだー。もう、彼氏だなんて〜‼︎ま、彼氏ですけどぉ〜‼︎」

色が変わるわけでもないのに場がしらけるのってなぜ伝わるのだろう。2人は何にも言ってないのにどうして空気が変わるのだろう。気のせいかしら。

「美沙さんって、本当子供見たいっていうか、あどけないし、飾らない人ですね。」
「まぁ、本来わね。だけど無駄に不器用で考え込んじゃうところがあるから、敵も作るタイプだろうけど。」
「ちょっとちょっと、何2人で分析始めてるのよ。」

「はつみのこと、本当にありがとうございました。」
「私は、、何も。」

「梨花から聞きました。クリスマスの日のこと。病院まで付き添ってくれたこと。最後にはつみと過ごしてくれたこと。小津さんのことも。」
「私は、たまたま居合わせただけですよ。小津くんは色々あったかと思いますけど。」

「はつみはあなたにも会いたいって言ってた。その意味が、わかった気がします。最後に、3人ではつみと過ごせたって聞いて驚きました。どんな感じだったのかなぁって。」

「めっちゃ大爆笑してました。」
「え?笑 本当に?」
「ちょっとだけ?私が圭介くんにキレちゃって、、それにめちゃくちゃ笑ってました。ぴょんぴょん跳ねて泣いてましたもん。はつみちゃんのおかげで場が和みました。」

「なんか、目に浮かぶような浮かばないような…。やっぱズルい、、、。」
「あの子が、そんなに?、、、そうですか。最後に一生分、笑えたのかもしれませんね。」

「え?」

「もう、はつみは居ないんです。」


圭介くんも最後だって言ってた。彼女と過ごしてた時、私もそんな気がしてた。やっぱりそうなのか。でも、ななみさんを見ているとどこか吹っ切れたというより、清々しい春空のような顔をしている。そんな彼女に、私と、私が触れている全ても私は伝って晴れ渡っていくようだ。

「それに、小津くんとお付き合いしてるって梨花から聞いて、嬉しかったです。ちょっとしか会ったことないけど、2人はお似合いだなぁって思います。応援してます‼︎」

「その節は私のおかげなわけよ。」
「ぬぅ」

「幸せになってくださいね。」
「私はご祝儀免除でいいかな?」

「え、、それは違うんじゃ、、、って、ちょま!祝儀てwwちょっと!気が早いって〜もぉやめてよ〜さっきからぁ〜。」

2人は見事に私を無視して珈琲に手を伸ばす。そう、まだまだ私たちは始まったばかりだし圭介くんにはまだ言えずにいたから躊躇していたけれど、椅子に腰深く座り直し、私はななみさんの目を真っ直ぐ見つめて空気が引き締まる風を待つ。何かを言おうとする私に周囲がだんだんと気づいていく。ほら伝わっていく、空気が変わっていく。2人してゆっくりとコップを置く音が重なる。

「あの、、私、、ななみさんに、お願いがあるんです。」









微かに耳を触る音が心地よい二度寝から目を覚まさせた。なんらかのほのかでのどかな短い夢を観ていたようだが思い描けない。トーストが焼ける匂い、目玉焼きの匂い、胡椒の香り、お、今日はベーコン付きかな。コーヒーの香り。窓の方に目をやる。レースのカーテンがそよ風に揺れている。さっき開けた窓がしっかり閉まっていなかったようだ。ヒラヒラと光をいなしながら揺れている。チラチラと煌めく塵が小雪のように見えて、あの日を思い返させた。その時、部屋のドアが忍足で開いていく。来たか、僕が休みの日はいつもそうだ。音を立てないよう、彼女なりの細心の注意を払って進入してくる。おそらくはいつものように僕の上にダイブしてくる彼女に備えて、腹筋に気を配りつつなるだけ満遍なく衝撃に備える。僕はいつもの狸寝入りにはいる。僕の顔を覗く影の主が、しめしめとした顔をしているのが目に浮かぶ。そんな可愛げな彼女に少し口元が緩んでしまうが、寝たふりにはいつも気付かないようだ。

ボフッ。

少し間をおいて彼女は飛び込んできた。いつかの日はみぞおちに彼女の肘がクリティカルヒットしてウッてなった。今日は胸板の辺りに着地してくれて受け止めやすかった。やぁおはよう、僕のスウィートエンジェル。

「パパ!おきて!あさだよ〜。」

今日は天気がいいからお外でお絵描きをするんだと張り切っている。ねぇねぇと繰り返す声が次第に大きくなっていく。その後は今お気に入りの朝の歌が始まる。朝だ朝だーよ〜、朝だ朝だ〜、のリピートだけど、それも込みで休日の僕の目覚まし時計だ。程なくして台所から僕らを呼ぶ声が届く。


「はつみ〜?パパ起きてる〜?朝ご飯できるよって言って〜‼︎」

僕は窓辺にかけてた黄色いマフラーを手に取り、休日の長閑な朝を奏でる台所へタンタンと降りていく。すでに朝食を済ませていたはつみは、テーブルに描きかけの絵を広げたあとお気に入りのクレヨンを取り出そうと小さな体をなお丸めてリビングの隅っこでゴソゴソしている。お目当てのクレヨンが見つかった彼女は、僕の前に飛び跳ねるように座るとうんしょうんしょと座り直す。くねくねと動く彼女を寝起きのふにゃけた僕はポーッと微笑ましく眺める。彼女からそろそろお叱りが飛んでくることだろう。そらきた。

「はつみ、お絵描きはパパがご飯終わってからにしなさいよ。」
「はぁぁあい」

「はい、は短く。」
「はぁい。」

はつみは得意げに広げたお絵描き帳を前に、いささかしゅんと縮こまる。僕が起きる前にも作業をしていたのか小さな指先の先、さらに小さな爪小僧にはクレヨンのカスがわいわいと詰まっていた。まだまだ描きかけだと彼女がそう言う絵には、お気に入りの公園の池と大きなイチョウの樹、茶色いベンチに3人の人が描かれている。池は水色と黄色とで塗られておりキラキラと光り揺れる水面を思わせる。クレヨンの箱を出したり引いたりして時間を潰しているはつみに僕はちょっと寝ぼけたフリをして問いかける。

「これは?」
「パパ。」
「じゃあ、これは?」
「まま。」
「じゃあ、この子は?」
「はつみにきまってるじゃん。」

そう言って、はぁと軽くため息を混じらせる彼女がこの上なく可愛くて笑える。偶然にもあの日のように過ごす3人が描かれているが、あの日と違うのは真ん中の子が随分と小さくなったことだ。朝食を運んできた美沙と目を合わせて、僕たちは彼女にバレないようにうふふと微笑む。ほとんど書き終えているように思えるのだが、あと何を描くつもりなんだろう。それを尋ねるとはつみはクレヨンの箱をシャカシャカ鳴らして鼻を膨らませながら教えてくれた。

「いろぬりがおわってない!」


end.
love forward…

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