夢を追う、私の背中を押してくれたワインたち
フリーランスというものは、まぁ収入が安定しない。それは覚悟の上だったし、少ない時は「そっか~」と笑い、多い時はガッツポーズを決める。
しかし、やはり家賃というものは毎月一定額必要になってくるわけだ。ある程度の貯金はあったし、少しずつ切り崩すつもりでもあったが、やはり減っていくだけでは心もとない。それを解決するために、私はバイトを始めた。
イタリアン料理店でのホールのバイトなのだが、決め手はまかないである。事前に美味しいことは知っていたし、シフトの融通も利きそうだったし、家からも近かったので、ここで働くしかないと思った。
「うち、時給そこまで高くないけど…選んだ理由は?」
「まかないがあると聞いたので!」
超、正直に面接で応えてしまった。こりゃ落ちたわ……とトボトボ帰った翌日、なんと合格のお電話が鳴った。後日、店長からは
「変な子来たなぁ。と思ったよ 笑」
と歓迎会で言われてしまったけれど、シナリオライターやってることは他のバイトの方々もご存知で、「先生!」なんてふざけて呼ばれながらも応援してくれた。そしてやはり、まかないは美味しかった。
イタリアンレストランということで、ワインは必須だ。入ったばかりの頃は種類の多さにひぃひぃ言っていた。しかも、期間限定品が定期的に現れ、私のワイン知識の無さに追い打ちをかけてくる。しかも、少しずつ名前が違ったりするから、横文字苦手な私にはそれはもう大変な事態だった。
「重めの赤がいいんだけど」
「この料理に合うやつってどれ?」
など、普通に聞かれる。そりゃ聞くだろう。私だって、ワインがいっぱいリストにある店に行ったら、店員さんに聞くに違いない。だが、バイトを始めて3ヵ月くらいは、それはもうしどろもどろになりながら、時にはキッチンや別のバイトさんに確認に行く日々であった。
ようやく他の業務も比較的こなせるようになった頃、これはまずい、と頭を抱えた。なんたって、ワインに詳しくて頼りにしていた先輩の1人が辞めることになったのである。新しいバイトの子も入ってくることもあったし、いつまでもボヤっとしたまま接客するわけにはいかない。
そういうわけで、とにもかくにも仕入れを決めるのは店長であるから、ワインについて店長に聞くことにした。
「お酒飲めるなら、実際に飲んで覚えるのがいいよ」
歓迎会でしこたま先輩たちと飲んだ私は、店長の中で比較的飲める人の部類に入れてもらっていた。そこからの提案である。
(美味しいお酒飲みながら勉強できるなんて、幸せかよ~……)
なんて思いながらシフト後、ショットグラスほどの小さなグラスに少しずつワインを注いだ。名前とお酒の個性とも呼べる説明があるので、それを頭に入れながら試飲していくのだ。次のワインを飲む前には、必ず水で口の中をリセットすることも忘れずに。
ついでにバイト用のメモにも、受けた印象などを書き込んでいく。こういう作業は結構好きだ。お酒に弱くない体に産んでくれてありがとう、両親。
飲んでみて改めて分かった。一杯ずつ個性が全く違う。同じ赤でもフルーティだったり、燻製したようなコクがあったり。こんなにワインをきちんと飲み比べたのは初めてだったかもしれない。しかも、店長はおつまみまでくれた。優しすぎる……。ついでに、ワインを分かりやすく解説してくれる本なども貸していただいて、本当にありがたかった。
そんな経験は、少しずつだが接客にも生かされた。特に大きかったのは、自分が美味しさを知った上で、きちんとおすすめできるようになったことかもしれない。
「このワイン、トリッパと合わせるとめちゃめちゃ美味しいんです!」
なんて言えるようになったので、ワインの説明を聞きたいお客さんからはそこそこ好評だった(はず)。何より、接客に自信を持てたのも大きい。
それ以降、新しいお酒が入ると店長が「試飲する?」と聞いてくれるようになった。まかないだけでなく、こんなに美味しいお酒を飲ませてもらえるなんて、幸せすぎるだろう……。
「これも投資だから。飲んで接客に活かしてくれたらいいよ」
という店長もかっこよすぎる。そして、お互い自営業同士、ということもあってか、よくシナリオライターの方のことも気にかけてくれた。
人生、どんな経験も執筆の糧になると思っている。きっとこの店でバイトしなければ、これほどワインに詳しくなろう、とはしなかっただろうし、ホールを回す大変さも知った。いつになるかは分からないが、きっとこの時間もいつか生きてくる。
そんな話をちらっと店長にしたことがあった。それもあってか、気になることなどを店長に世間話程度に話すと、バイト終わりの時間にぽろっと何か教えてくれたり「この本読む?」など貸してくれたりするから、まさに仏であった。
今は引っ越したこともあって、バイトはやめてしまった。だが、あそこで飲むお酒には、友人たちと飲むお酒とは違う、また別のしあわせがあったと、私は思うのだ。
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