[小説] リサコのために|060|十二、進化 (4)
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「ところで、りょうちゃん。あなた目的地への道は分かってるのよね?」
ディーツーが良介の腕に自分の腕を絡ませながら言った。
ディーツーの視線にあわせて「表層の店」のステージにも彼の見ているものが映し出される。
ここは…なんというか、かなり治安の悪そうな場所だった。
道端で所在なく立っている人、うずくまっている人がいる。彼らはみな視点の定まらない表情で、ぼんやりとこちらを見ていた。
「うん。マップを見てる」
「何それ? どうやってるの?」
良介が空中を指さすと、そこに画面が現れて地図が映し出された。
ディーツーが顔を近づけて見たのでリサコにもマップがよく見えた。
ここは割と単純な道が整備された都市のようだ。目的地…たぶんガルシアセンターまではほぼ一本道だった。
「これね…どうなってるの?」
ティーツーは空中に表示されている画面に触ろうと手を動かした。
もちろん彼の手は画面を素通りして何にも触れることはなかった。
「説明するのは難しいんだけど…この空間の粒子に微細な電流を流して…」
「ああ…やっぱいいわ。聞いて悪かったわ…それより…」
ディーツーは良介の説明を遮ると、前方に意識を向けた。
そこには、ガラの悪そうな男が二人こちらに向かって歩いて来ているところだった。
「よお、兄ちゃん…」
男たちが声をかけてきた。
良介は黙って二人を見上げた。二人とも良介より長身だった。
「すげえ上玉連れてんじゃん。俺たちにも回せよ」
「あと、兄ちゃんもかわいいじゃん。俺と遊ばねぇ?」
男二人はクスクス笑いながら壁のように立ちはだかって近づいて来た。
良介が何か言おうとした瞬間に、ディーツーが前に出てこう言った。
「ちょうどよかった。あたし、こいつに変な病気をうつされてさ…。治し方を探してるんだよ。あんたち何か知らない?」
この言葉に男たちは立ち止まって警戒しているような表情になった。
「何だよ…俺たちじゃなくて検査所行けよ」
「検査所…? 行ったけどさ、治せないって話じゃない? ねぇ、あんたたち、何か知らない?」
ディーツーが大げさに男たちに詰め寄ると、彼らは急に尻尾を巻いて逃げて行った。
図体だけデカくて臆病な奴らだ。それとも本当にそんな病気が流行っているのかもしれない。
良介は呆れたような顔をしていたが、内心「なるほどな」と思っているに違いなかった。
「次は俺がやるから。キャップもっと深くかぶって」
そういうと良介はディーツーの手を取って再び歩き始めた。
ディーツーは「はいはい」と言うと、キャップを深くかぶって顔を隠した。
「君…ディーツーは昔からいるの?」
良介はこちらを振り返らずに言った。
「昔から…はいないかな。私が生まれたのは、良介がいなくなってからよ」
良介は「ふーん」と言ってチラリとこちらを見た。
「何よ。勘ぐりは止めなさい。こんなあたしでもリサコの一部なんだから、優しく受け入れてよね」
ディーツーはふざけて言ったが良介は少し悲しそうな顔をした。
そして「全部受け入れているよ」と言った。
それからガルシアセンターに近づくにつれて道に出てる人は少なくなり、やがてバリケードのようなものが道を塞いでいる箇所に到着した。
クーデーターを起こした奴らが攻撃したような跡があったが、人影はなかった。
路上に血痕のようなものが見られたが、怪我をしている人や死体などもなかった。
まるでそこから人が消えてしまったかのように静まり返っているのだった。
良介とディーツーは顔を見合わせると、繋いでいた手を放してバリケードをよじ登り、ガルシアセンターの中へと入っていた。
ガルシアセンター。犯罪者を収容し、仮想現実による強制更生プログラムを実施している国家施設。オブシウスたちの職場でもある。
ガルシアセンターの敷地内に入ると、ディーツーが「私の役目はここまでよ、じゃあね」と言ってあっさりリサコと交代して引っ込んだ。
リサコが戻って来たことを知ると、良介は唐突にリサコを抱き寄せた。少し震えているようだった。
「どうしたの?」
良介の行動に少し戸惑いつつ、リサコは彼の背中に腕を回しそっと撫でてやった。何かに怯えている様に思った。
「…もしかして、ディーツーが怖かった?」
良介はリサコの肩に顔をうずめたまま首を振ってそれを否定した。
≪自分がリサコを置いて行った後のことを想像しちゃったんじゃん? あたしのせいでね≫
脳裏の裏側、“表層の店” でディーツーが言っているのが聞こえた。
…たしかに、良介のことだからそれはあり得る…。
「りょうちゃん、しっかりしなさい」
リサコはディーツーの口調を少しまねて彼に囁きかけた。
良介はゆっくり体を離すとリサコの顔を見た。泣いてはいなかったかが、泣きそうな顔をしていた。
「誰のせいでもない。…強いて言うなら父さんのせい、いい?」
良介は小さく「うん」と頷いた。
「よし、じゃあ、行こうか」
今度はリサコが良介の手を引いてガルシアセンターの中へと足を踏み入れた。
中に入ると、青い芝生が広がり、両脇に白い建物が並んでいた。
リサコは猛烈なデジャヴに襲われ息を飲んだ。
気を取り直した良介が前に出てこの景色を見渡すと、振り向いて「見たことある場所?」と言った。
リサコは頷いた。
「オブシウスたちはあそこにいる」
良介が指さす方を見ると、正面にレンガ造りの巨大な建物が見えた。
リサコはその建物も覚えていた。それは夢の中。あの建物の横の小道を行くと双子のおじさんがいる小屋があった。
ここにあのおじさんたちの小屋があるのだろうか…。いや違う。
あの場所は、ここじゃなくて、ここの中のどこかのサーバ内にある仮想現実の世界だ。
リサコは脳内の地図がこんがらがってきたので考えるのをやめた。
この世界はまるでエッシャーのだまし絵のように考えれば考えるほど自分がどこにいるのか解らなくなってしまう。
二人は手を取り合ってレンガの建物へと芝生の道を進んだ。
ガルシアセンターの中にも人影はなかった。
みんなどこへ行ってしまったのだろうか。
「良介、あなた、近くに誰かいるのとかわかるの?」
「いればわかると思うけど…たぶん誰もいない…」
「オブシウスたちは?」
「わからない。あの建物の中の状況はよくわからない。この施設内の監視カメラも動作していないみたいだし」
とにかく行くしかなさそうだった。
リサコはこうして無防備に歩いていることに少し不安を感じたが、隠れたところで何の役にもたたないことも解っていた。
レンガの建物の前まで来ると、入口にはバリケードがあり、戦ったような跡があった。
だが、やはり誰もそこにはいなかった。
バリケードを押しのけて中に入ると、薄暗く少し寒いような感じがした。
二階の方から、バババババ、ガガガガガガという音が微かに聞こえて来ていた。
ここに来て初めて聞こえる物音だった。
リサコと良介は頷きあうと、二階へと続く階段を登った。
そして信じがたい光景を目にした。
二階の一番の奥の扉の前にそれはあった。
ドアの前には何重にも土嚢が積まれていた。
先ほどから聞こえているバババババ、ガガガガガガという音は、床に置かれたラジカセから流れて来ているようだった。
そしてその手前には、よく店頭などで見かける等身大パネルとまるでそっくりな、銃を構えた戦士たちのパネルがいくつも立てて置かれているのだった。
(つづく)
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