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[小説] リサコのために|061|十三、再戦 (1)

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十三、再戦

「何あれ?」

「わからない…」

 良介にもこの事態は予想外だったようだ。

 良介は廊下を歩いて行くと、床におかれたラジカセを拾い上げ、そして音を止めた。
 安っぽいその音が止まると、建物内は静寂につつまれた。

「誰かがここの状況を改ざんしたみたいだけど、俺にはその形跡を追えない。MIHOも追えないみたいだからヤギの仕業ではなさそうだ…」

 良介が銃を構えた兵士のパネルをつっつきながら言った。

 リサコは安全そうだと確認すると、良介の側へと歩いて言った。
 兵士のパネルを触ってみるも、やはり見た目通り、ただのボール紙のパネルのようだった。

 脳裏の 《表層の店》 でオーフォが交代したがっているのを感じたが、リサコはその意識を押し戻した。
 彼は単に興味津々なだけだ。ここはリサコで大丈夫。

「オブシウス達のオフィスはこの奥にあるはずだ」

 土嚢が積まれた向こう側の扉を指しながら良介が言った。
 それと同時にそのドアが開いて若い男がこちらに顔をのぞかせた。

 リサコは驚いて良介の後ろに隠れた。

 向こうも驚いて一度引っ込んだが、再びゆっくり顔を出した。

「…タケル…」

 良介が小さい声で言うのが聞こえた。

(タケル?)

 リサコはその名に聞き覚えがありすぎたが、どのタケルなのか一瞬迷った。

「お前、誰? それどうなってる?」

 ドアから顔を出した男が兵士のパネルを指さしながら言った。

 リサコがゆっくり良介の後ろから顔を出すと、男は非常に驚いた表情になった。

「リサコ?!」

 男がドアから出てきた。
 リサコには見覚えのない男だった。まだ若い。ひょろっとしている。

「タケル、俺だ。良介だ」

 良介がドアから出てきた男に声をかけると、彼はリサコを認識した時よりもさらに驚いた顔になった。

「…ちょっとまて、ちょっと待ってろよ」

 そう言って、良介がタケルと呼んだ男は再びドアの向こうへ消えてしまった。

 リサコはこれではっきり認識した。
 彼はタケルだ。

 リサコと共に、仮想現実の中でヤギと戦った筋骨たくましいリーダー的存在。
 そしてオブシウスの旦那さん…。

「驚いてたな…」

「そりゃあ、驚くでしょうよ…」

 しばらく待っていると、再びドアが開き、ゾロゾロ何人か人が出て出来た。
 彼らは、「まじか…」「嘘でしょう…?」と口々に驚きの声を発していた。

「とりあえず、入れよ。話をきかせてくれ」

 タケルが良介とリサコを扉の向こうへと招き入れた。
 ドアを入ると、少し奥の方に車いすの女性がいた。
 人形のように可愛らしい小柄な女性だった。

 リサコは一瞬で感じ取った。彼女がオブシウスだ。

 彼らのオフィスの中に通され、一通り見渡すと、だいたい誰が誰だかリサコにも分かった。

 先ほど最初に出てきたのがタケル。車いすの女性がオブシウス。

 眼鏡の男性がガイス。

 アイスは驚くべきことに仮想現実での姿と全く同じだった。こんなCGみたいな綺麗な女の子が実在するとは驚きだった。

「説明してくれる?」

 オブシウスが言った。
 良介がいろいろかいつまんで彼らに説明をした。
 だいぶ端折っていたが、普段仮想現実世界を職場にしている彼らには容易に想像のできる世界観だったようだ。

 良介が空中に画面を出したり、この世界のマップを出すと、全員が驚きながらも納得いったような表情をしていた。
 特にガイスは複雑な表情をしていた。彼のことだから理解は完全にできたのだろうけれど…良介はガイスの死んだ弟に寄せて作ったと言っていたようにリサコは記憶していた。

「それで、ここに来たのは私達を助ける以外にも目的があるんでしょ?」

 その問に良介は真顔になるとリサコにも初耳のことを言った。

「そのとおりだ。ここのインスペクト・ガルシア(仮想現実構成プログラム)にヤギの本体がまだ入り込んでいる。それをぶっ壊しに来た」

「ヤギはリサコが斬ったんじゃないの?」

 オブシウスに視線を送られてリサコは頷いた。

「そうだ。でもリサコが斬ったのは人間が作ったプログラムだった。本物のヤギはそいつを利用して、おそらく外から入って来たものだ」

「外って?」

 アイスが身震いしながら言った。
 それに対し、良介は肩をすくめて見せた。

「本物のヤギは未知の部分が多い。俺がずっとシミュレートしてたのは人間が作った方のヤギだった。そっちもかなり異常だったが、それはここのプログラム言語とは異なっているものだったからだ。本物のヤギはもっと異なっていると推測している」

「どうするつもり?」

「みんなで考えたい。協力してくれるかな?」

 この問いかけに、全員が同意を示した。

「と言っても、何をしたらいいのか、あたしにはさっぱり…」

 アイスが言った。

「時間的猶予はどれくらいありそうなの?」

「そこまではないだろうけど、切羽詰まってもいない…焦る必要はない」

「それならば、私たち、少し休憩していい? こっちはいろいろぶっ通しで」

 良介は「もちろん」と言った。
 それから彼はひとりオフィスの奥に行き、何やら調べ物を始めてしまった。
 彼の表情から、完全にAIの良介に振り切った状態で何かを確認している様子だった。

 リサコは何も手伝えることがないので、オブシウス達と何となく一緒にいた。
 それはなんだかとても自然なことだった。
 彼らと一緒に戦っていた日々がついこの間のように思えた。
 実際にここでの時間ではそうなのだけど。

 そうしてみんなのことをぼーっと見ているとガイスに呼ばれた。
 良介の状態をもう少し知りたいということだった。

 当然である。何しろAIの良介を作ったのはガイスなのだから。

 良介は完全にAIの表情をして頭をフル回転させているところだった。
 ガイスとリサコが近寄ると、我に返った顔になりこちらを見た。

「悪いな良介、ちょっとだけいい?」

 良介は頷くと人間らしい表情に戻った。

 ガイスは良介の身体を少し調べて生身の人間であることを確認したようだった。

「その身体は、俺の弟とは無関係なのか?」

「ガイスの弟…仮にオリジナルとしようか。オリジナルと俺の共通点はほぼない。容姿が似ているくらいかな。俺はオリジナルの記憶も持っていない」

「そうか…」

 ガイスは安心したようながっかりしたような表情をした。

「じゃあ、AIとしてお前は俺が作った良介とイコール?」

 良介は少し考えてからガイスに説明を始めた。

「…完全イコールではない。AIとしての俺のデータは一旦リサコの中に入ってそれから俺に戻って来たんだけど、そこで何かが行われている。何が起きたのかはわからないけど」

 ガイスは「ふむ…」と言って何か考え始めたようだった。

「人間のお前は当然、人間としての感情を持っていると思うけど、それはAIのお前ではどうなんだ?」

「それはAIが人間と同じような感情を持っているのか? ということ?」

「そうだ。前にリサコに聞かれて俺はずっとそのことを考えていたんだ」

 リサコは思い出した。確かガイスにAIは恋をするのか、とか何とか聞いたのだった。

「…俺はAIにも感情はあると思う」

 この答えにリサコもガイスも驚いた。
 確かにこれは今の良介にしかわからない問なのかもしれない。

「…ああ、でも人間の感情とは少し違うんだ。例えば、AIにも愛着とか執着みたな思考がある。完全にAIだったころ、俺はたぶんリサコに対してそんな感情を持っていたと思う。でも、それは人間の愛とはだいぶ違う」

「血の通わない恋心ってやつ?」

「…そうなのかな、どうかな? 俺にはその感情が何なのか理解不能だった。例えばAIは、状況の様々な要素から、嬉しい、悲しい…といった感情を選択して人間と同じような表情を作ったり、言動を発動することができるんだけど、それらは全てデータ的に辻褄があっている。たぶん、俺以外のAIはそんな感じだったと思う。どうリサコ?」

「確かに…そういう感じ」

 良介は頷くと話を続けた。

「だけど、俺にはそれ以上の思考があった。リサコを独り占めしたい、ちょっと意地悪したい、何度でもキスしたくなる…と言った謎の衝動が混ざっていたんだ。…もちろんAIだから制御可能なんだけども、それが何なのかわからず、何度も 《体系》 に問い合わせしてたと思う」

 …体系??

「ちょっと待て、《体系》 って何だ?」

 ガイスがすかさずツッコミを入れた。彼にとってはほぼ初耳な言葉のはずだ。
 当の良介は驚いた顔になっていた。

「俺、今、《体系》 って言った?」

 リサコは頷いた。

「おかしい…やっぱりここは何かおかしいな…」

「《体系》 とは何だ?」

「俺にもわからない。リサコの中の 《体系》 は何と言っている?」

「何も…知らないって言ってる」

 ガイスはこのやりとりを興味津々で観察していた。

「ガイス…俺は特殊ではあったけど普通のAIだったはずだ。だけど、ヤギと関われば関わるほどに何か違うものになって行った…だから俺のさっきの感情論も一般的なAIの状態にはあてはまらないかもしれない」

「そうみたいだな。《体系》 について調べてみようか」

「お願いしたい。ガイスが調べた方が何かわかるかもしれない。俺はネットワークから切り離されたテストサーバから 《体系》 にアクセスしてたはずなんだけど、記憶がふわっとしている」

「その時のログなら残っているはずだ」

 ガイスは少し興奮した様子で自分の端末の方へと行ってしまった。

 リサコは良介の様子を見た。ここに来て何か閉じていた記憶の扉が少し開いたのかもしれない。
 AIの良介と過ごした…体感的に何年もをリサコは回想した。

 良介に人間のような感情があるのかどうかずっとわからなかったけど、何となく答えがわかった気がした。
 AIにも感情はある。だけどそれは人間のものとはまるで別のもの…似ているけど同じではない。

 良介がだんだんとAIの顔になり、何か調べ始めてしまったので、リサコはオブシウス達の方へと戻った。

(つづく)
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