見出し画像

[小説] リサコのために|062|十三、再戦 (2)

▼第一話はこちら

← [小説] リサコのために|061|十三、再戦 (1)

 オブシウスたちはソファーのある休憩スペースで仮眠を取っていた。
 リサコがヤギを斬ったあたりからここの時間が連続しているのであれば、彼らは何日もろくに休めていないはずだ。

 リサコは彼らの邪魔にならないように近くの椅子にそっと腰を下ろすと、目を閉じて《表層の店》へと意識を持って行った。

 《表層の店》では主要な人格たちが集まっていた。
 これらかおそらく、再びリサコはヤギと対峙することとなる。その前にできるかぎりみんなの意識合わせをしておきたい。

 リサコがアイスリーと融合したことで、リサコの体験はみんなに共有され、ヤギの脅威は全員に伝わっていた。

 それから ≪体系≫ の存在。
 これまで当たり前のようにリサコの中で主導権を握って来た ≪体系≫ であったが、その存在を疑問視する動きがリサコ達の中に芽生えていた。

 その疑惑の心は ≪体系≫ も承知している。
 だが本人たちはあまりそれを気にしていない様子だった。

 リサコが《表層の店》のステージから降りても誰も代わりにステージには上がらなかったので、彼女の表の意識はからっぽになった。
 この状態の時、はたから見るとリサコは居眠りしているように見えるだろう。

「≪体系≫ のこと、どう思う?」

 オーフォが近寄って来て言った。

「わからない…けど悪いものではないと思う」

「悪いものね…でも開示していない情報がたくさんありそうだね」

「あら、それを言ったら、あたしだって開示していない情報はいくつもあるわよ」

 ディーツーが会話に乱入してきた。
 ディーツーに秘密があるのはみんな知っていたし、知りたいとも思っていなかった。

 リサコの人格たちは深刻な場面でも常に誰かしらがふざけていた。
 いまはディーツーがその役割を担うつもりのようだ。

 この性質は自分由来であることをリサコはよく知っていた。
 残酷な世界を真面目に受け止めすぎると精神が持たない。リサコにはユーモアが必要だった。

 リサコは「はいはい」と手を振りディーツーを軽くあしらうと、人格たちに向かって話を始めた。

「≪体系≫ のことはひとまず置いておいて…。良介の様子からすると、たぶんこれからまたヤギと向き合うことになると思う。その時に…このみんなが裏に居る状態でどうなるのか解らなくて私は怖い…」

 リサコは正直に言った。言わなくても皆には伝わっていることだけれども、ちゃんと言葉にして言うことで自分にも納得させたいのだった。

「私はヤギが怖い。できれば二度と近寄りたくない。考えるだけで吐き気がしてくる。だけどやらないといけない。たぶん、それは私にしかできないから」

「…それは違うよ」

 後ろで声がした。か細い声だった。
 振り向くと小さな女の子がいた。

 …この子は…シーフォ? 臆病な幼子だ。
 怯えている。リサコはシーフォのところへ行くとかがんで目線を合わせながら彼女に話しかけた。

「あなた、シーフォね。でもヤギをやらないと、この世界がどうなっちゃうかわからないんだよ」

「そんなのどうだっていいじゃない。わたしたちの知ったことじゃない…こんな世界…いっそ消えちゃえばいいのに…」

 シーフォはぎゅっと自分を抱きしめるような仕草をした。

 リサコは彼女をそっと抱き寄せた。
 シーフォは震えていた。

 この子は私だ。

 リサコは感じた。

 何かに怯えていた幼いころの私。何を恐れていたのかは忘れてしまった。

 幼いころ、リサコは常に何かに怯えていた。それを全て受け止め処理していた子がいたように思う。
 シーフォではない。シーフォとはまた別の子がいたような気がするのだ…。

 リサコはシーフォを抱きしめる腕にそっと力を込めて彼女に囁いた。

「大丈夫…あなたは何もしなくていい」

 それを聞くと、シーフォは小さく頷いてから、店の奥の暗がりに消えて行った。

「他に、ヤギと向き合えない人はいる?」

 立ち上がるとリサコは念のために聞いてみた。いないことはわかっていた。

 リサコの中には《表層の店》に全く姿を現わさない人格も複数人いる。いまは役割を終えた者たち。
 さっきのシーフォもその一人なのだが、彼女はそんな引きこもりの人格の代表として出てきたのだ。

 この店の中に残っている人格たちは、覚悟のある者たち。

「じゃあ、やるって前提で話をしたいんだけど…」

 リサコは《表層の店》にいる面々を見渡しながら言った。

 ここに居るのは、オーフォ、エル、ディーツー、ジェイフォーツー、ジーセブン、シーナイン、そして ≪体系≫ だ。
 リサコの表を担って来た面々だ。

「私の正直な気持ちとしては、さっき言ったように怖い…。一回はやれたけど二回は無理って感じ。今はアイスリーと融合して少しは心強くなったけど、まだ足りない。ここでまた融合したいと思っているんだけど…オーフォとエル…どうかな」

 オーフォは冷静な知性と判断力、エルはコミュニケーション能力とアイスリーに匹敵する身体能力を備えていた。

 リサコの意見には全員が同意した。

 その瞬間、オーフォとエルがリサコに融合した。
 二人のこれまでの体験と人となりが、リサコのものとしてリサコの中に入って来た。

 そしてリサコは二人の特徴を手に入れた。

「リサコ、リサコ…」

 外から声がした。良介の声だった。
 彼がリサコを揺り動かしているのだった。

 その手は優しく、だけど心配そうだった。

 リサコはみんなの方を見ると頷いて《表層の店》のステージに戻った。

 目をあけると良介が心配そうに自分の顔を覗き込んでいるのが見えた。

 リサコが微笑むと、良介はほっとした表情になった。

「気を失っているのかと思ったよ」

「《表層の店》に行っていた」

 良介が黙ってこちらを見ているのでリサコの変化に気が付いたのかもと思った。

「オーフォとエルが融合したよ」

 リサコはそう言った。良介の眉毛がぴくりと動いた。

「≪ヤギ≫ と戦うため?」

 良介がそう言ったので、リサコは頷いた。
 良介はリサコの両手を取ると、そこに自分の顔をうずめた。

 自分の心情をうまく言葉にできない…。良介はいまそんな感じなのだろう。

 良介はしばらくそうしていたが、「よし」と小さく言って立ち上がるとみんなを集めた。

「ガイス、確認できた内容を教えてくれる?」

 良介に促されたガイスは頷くと、自分のタブレットを小脇に挟みながら話を始めた。

「良介の話に出てきた ≪体系≫ ってやつのことをざっくり調べて見たんだけど…」

 リサコの裏側で人格たちがこの話に注目を集めたのが感じられた。

「ヤギ討伐のシミュレーション2354ケースで、良介とリサコが平場に出てしまったのはみんな覚えているかな」

 みんなそれを覚えていた。それはリサコがAIのオーフォやエル、そしてRとなっていた良介と出会った時のことだ。
 彼らはそこで、シミュレーションのバグ調整をしていた。

「良介の記憶によると、あの時、良介や他のAIたちがちょいちょい ≪体系≫ にコンタクトを取っていたと言うんだ。だが、俺の把握している範囲で ≪体系≫ なんてものはあのシミュレーションの中にはない。じゃあ、みんなは何と連絡を取っていたのか?」

 ガイスはタブレットで何か操作すると、それを確認しながら再び話始めた。

「リサコが平場に出てからなんだけど、エルが48回、オーフォは123回、アイスリーが56回、Rに至っては1498回…システムに直接問い合わせをしている」

 ガイスがタブレットの画面をこちらに見せたが、何かのログのようなものでリサコには意味がわからなかった。

「これはまあ、俺も何となく把握してたんだけど…AIたちが動いてるって、だけど、当時それどころじゃなかったから詳しくは調べてなかったんだ。で、改めて細かく解析してみたら…このうちのいくつかはシステムを介して外に出ていた」

「なんですって?」

 オブシウスが身を乗り出して言った。

「俺たちは完全に外部から遮断されてた仮想現実でやってるつもりだったんだけど、システムがいくつかのAIからの問い合わせを外に出していた」

「物理的に繋がっていないはずなんじゃ?」

「ああ、そうだ。これはシステムが勝手にやっていて、巧妙に隠蔽されていた。無線ネットワークにアクセスしてたんだ。これじゃあ、そのつもりでログ解析しないと見つからないよ」

「それで、システムはどこに問い合わせを流していたの?」

「それが…」

 再びタブレットを操作しながらガイスが言った。

「ここの五階にあるDIG 13 FFDIL というサーバだ…ってか、そんなサーバあったかな??」

「…この建物には五階なんてないわよ」

 オブシウスが言った。全員が押し黙ってお互いを見合った。
 何かぞっとするものを感じた。

「だけど…DIG 13 FFDIL の所在地は、ここの五階ってある…」

 ガイスは何度も確認をしているようだった。

「行ってみればいいなじゃない? クーデターを起こしてた奴らはもういないんでしょう?」

 アイスが言った。確かに行ってみるしかないようだった。

「良介。お前はここの状況がどの程度解っている?」

 ガイスが言った。良介はぐるりと首を回して何かを確認した。AI全開モードになっていた。

「あまり詳しくわからない。この辺一帯が著しく改変されれて俺にアクセスできにない領域が多い。四階までは解るけど…そこから上が…何かあるようだけど、ブロックされている」

「四階から上に行ける場所はわかるの?」

「たぶん…こっちだ」

 良介がオブシウスたちのオフィスの出口へと向かおうとしたところで、タケルがそれを止めた。

「丸腰で行くのか?」

 良介がこちらを振り返った。さきほどよりは人間味のある表情になっていた。

「この建物内に君たち以外の生物反応はない」

「でもその上には何があるのか解らないんだろう?」

「ああ、でも何か俺たちに害をなすものであるなら、武装したところで何の役にもたたない。まず、様子を見に行くだけだ」

 それでタケルは納得したのか「じゃあ、俺とアイス、良介の三人で様子を見に行こう」

 良介は頷くと、タケルとアイスを連れて兵士のパネルが並ぶ廊下へと出て行った。

(つづく)
[小説] リサコのために|063|十三、再戦 (3) →

▼▼▼ 人物&目次 ▼▼▼


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?