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【2020/05 冀求】⑯

《第4週 木曜日 夜》
この日はその後、小林さんに指導しながら作業を進め、午前午後合わせて3体担当した。1体あたり2~3時間はかかるので実働は9時間程となる。二人だけではなく看護師さんと警察官の方も多少は手伝ってはくれるがそれでも体力をそれなりに使う仕事で、防護服を着た状態で簡易な空調しかない空間で作業し続けるのは消耗する。
しかもおれは偏食があるので出されたものが必ず食べられるとも限らず、この日は御飯と副菜と飲み物で凌いでいたが、クルマを持っている地元の医師の方が気を遣って、帰りの車を出して宿の夕食の提供時間が終わる前に間に合うように送り届けてくれた。
部屋に戻る前に小林さんに促されて、直接食堂に寄って軽く食事をした。あのまま部屋に帰ったら食べずに寝てしまいそうな顔をしていたらしい。確かにそれはそうだと思う。もし一人で来ていたら、あのまま部屋に戻ってゼリー啜って風呂にも入らず先ず3時間位寝てた。
明太子のバラ子にマヨネーズを入れてかき混ぜてご飯に乗せて食べていると、一日中防護服の中でジワジワと汗をかいていたせいか塩気がそこまで感じられなかった。危ないな、熱中症になりかねない。小林さんも佃煮を食べてお茶を啜っている。
交通が乱れている物流が滞っている影響で食堂のメニューは朝とさして変わらず、保存が効くものが中心の極めて簡素なものだった。それでも元々食べられるものも食べる量も少ないからおれは特に不満はない。
今日は小麦粉を練ったものを入れた汁物が味噌汁代わりに出て、根菜も入ってて、すいとんっぽくておいしい。
「五臓六腑にしみわたりますねえ…」
「沁みるねえ…」
等と、年寄りじみた事を言いながら完食した。
部屋に戻ってベッドでひっくり返って冷やしておいたゼリーを啜っていると、先に風呂を使ってもいいかと訊かれた。特にトイレに行きたくなりそうな気配もないのでどうぞと譲る。
一日全然チェックできていなかったスマートフォンをようやくポケットから出した。全然使っていないのに、暑かったせいかポケットの中で熱がこもったせいなのか充電がなくなりかけていた。ベッド横のコンセントに充電ケーブルを挿して本体と繋ぎ通知を確認すると、ハルくんと長谷からメッセージが来ている。ハルくんは今日指導だから比較的上がるの早い。長谷はまだ通し勤務ないのか。
ふざけて所謂おじさん構文を送ってきたハルくんには「おじさんがおじさんにおじさん構文よこすのやめてよ」と返信した。しかしそれに対する返信は来ない。また呑んだくれてんのかな。
長谷のメッセージを確認すると「お疲れ様です、今日は忙しかったですか?先生普段あまり食べないのでちゃんと食事できてるのか気になってます。」と書かれていた。
「さっき宿に戻ったよ。すいとんみたいな料理が出ておいしかった。少し話せるなら通話かけるよ」
返信すると間もなくこちらの端末に着信のサインが出た。こっちからかけるって言ったのにせっかちだなあ。思わず出た笑いを堪えながら「もしもし」と言うと、笑っているのがすぐバレた。
「こんばんは…なんで笑ってるんですか?」
「いや、うん、なんでもない。かけるって言ったのになと思ってさ」
長谷はバツが悪そうに「え、だって、うち一応Wi-Fiありますし…先生の宿Wi-Fi使えるのかわからなかったですし…」と言うので、気を遣ってくれてありがとうと伝えた。
今月いっぱいまでは日勤で4勤2休らしく、先生さえよかったら通し勤務が始まってしまうまでできるだけ夜かけるので通話したいと言われた。
「いいよ、でも、長谷が通常の勤務形態になる前に帰れるかわかんないし、いつまでコッチ居るかわかんないし、今後の状況によってはもっと帰り遅くもなるだろうから、無理はしなくていいよ」
長谷が真剣な声で言う。
「だって、会いたいんですよ」

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