だいもんじをかわすまで
授業終了のチャイムが鳴り響く。世界に入り込んで語り口を止めない古典の先生の一方的な話の熱が下がっていく。平安時代から21世紀にまでワープして帰ってきた。
後ろから二番目の窓側の席にいたことで、先生の目は届いてないと思って、ノートは授業の内容をメモしてるようで落書きのたまり場になっていた。
学校にいながら心はここにあらず、休みの日をどうやって過ごそうかを考えていた。バイト禁止の校則を前にしてどうすることもできず、なけなしのお小遣いでどうしよう〜とあたふたする。インスタグラムを見れば、そこかしこでお金を使って何かをしている投稿ばかりで、何が私と違ってこんなに生活が違うのかと常にイライラしていた。まともな思い出はSNSに載せるなよ。胸にしまっておけよと牙を剥きたくなることもあった。他人が楽しそうに過ごしているのをわざわざ探してイライラしているのに。
あのときにインスタをやらずに本でも淡々と読み続けていればよかった。それこそ勉強に励んで時間を余らせない生活をしていたらよかった。
もし、比べることを知らないまま、お金がかからないような幸せを純粋に受け止められる子になっていれば、今こんな人になってない。
自己嫌悪のトラップはそこかしこに張られている。まだまだ未熟な私は高確率で引っかかる。85%ぐらいで引っかかる。ポケモンだったらびっくりするぐらい外れてくれるのに。現実とゲームの確率というものはこうも違うものなのか。
これを書いている最中にイライラしてきた。
時間と心の安らぎを奪われているの冷静に考えてやばいな。
うっざ。こんな気持ちになるぐらいならやめてやる。
そう決心してTwitterとインスタグラムのアプリを消した。充電期間に入るわ。
家にいるだけの休日はもったいなく思えてしまい、外出した方がいいという力がはたらいて、何をしようかのんびりと考えていた。
電車を乗り継いで遠くに行くのも考えたが、これといって盛り上がりがない休日に遠くに行くのはもったいなく感じて、自転車で行ける距離でどうにかしたいと条件を定めた。
本を読むのかはわからない。でも期待が一縷でもできるなら、行く価値はあるよ。自分を鼓舞して重くてネガティブな塊の自分を外気に触れさせていく。
結局、その週末は、地区センターを併設した街の図書館にきた。勉強したい学生のために机が用意されていて、読書もできれば本も読める。ここを秘密基地にしよう、学校の友達も先生も知らない自分だけの秘密をここに作ろう。
秘め事を心に持ちながら、また月曜日になったら学校に平然と顔を出す。ただただその繰り返し。
私には、青くて春らしい香りはどこにもなかった。さっさと大人になりたかった。
学生生活なんて、その場の間に合わせだ。僻みに一生チャンスはやってこない。
今後の人生こそ楽しくあれ。100%の幸せに引っかかりやがれ。
自分を甘やかしてご褒美に使わせていただきます。