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できることは、何はともあれプロセスを信じることだけ

なんで私にばっかり、こんな大変なことが起こるんだろう。
そんな風に思ったことはあるだろうか?

私は、何度も思った。
そりゃ、もちろん、いくらその時の自分がドン底で、世界一ツライ!と思っていたとしても、本当は世界一ツライわけないじゃんということも分かっている。ちょっと目の前の現実に目を向けてみれば、今の自分がいかに恵まれているかに気づいてしまうことも知っている。

でも、その時は、世界一ツライと思ったんだから、きっとそうだったんだとしか言えない。

それでも、心のどこかで、

私の人生に必要なことは、過不足なく起きていて、これからも必要なことは必要なタイミングに起こる。ただそれだけ。

そう信じることだけは、あきらめなかった。

…なんだかこう書くと、自分で読んでみても「一本筋の通った確固たる思いを持ち続けている人」みたいに感じるけど、実際はそんなんじゃない。

信じることを投げ出したくもなったし、一人で叫んだり、泣いたり、親や友達に不満をぶつけたりしながら、もがきながら、でもそれだけは信じておくんだよね?そうだよね?と、何度も決意し直してきた、といった感じ。

つまりこれは、そういう自分も含めて、自分のプロセスを信じるということ。

自分の人生史上最悪なことは、これからも更新されるかもしれない。

でも、その時は最悪であったとしても、全体のプロセスから見たら「また一つ新たなことを経験した」ことに他ならない。何かが消えてなくなってしまうわけではない。

そして、その経験は、いつ、どんなところで、誰のために役に立つか分からない。

最近読んだいくつかの本に、時間は過去から未来に流れているのではなく、未来から過去に流れている、ということが書かれていた。

自分史上最悪なことは、過去や現時点では最悪であったとしても、それが先の未来で、人の役に立ち、資産となり、自分に幸せをもたらす出来事になったのだとしたら、その過去は幸せへの道のりでしかなかったのだと、分かる。

だから、プロセスを全て、信じる。

これから起こることも、きっと未来からの何かのメッセージなのかもしれないと思えることで、捉え方が変わる気がする。

未来を担う子どもたちの健やかな成長を願って…。大切に使わせていただくことを約束します!