【雑記】文学賞受賞始末記〜祭りの前、祭りの後〜
どーも、筑前助広です。
皆様におかれましては、第11回日本歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞受賞を盛大に祝っていただき誠にありがとうございます!
一つ一つコメントを返せない不義理をご容赦いただきたいのですが、それでも皆様の熱いコメント、温かい言葉の数々に目頭が熱くなりました。
受賞も嬉しいのですが、ここまで祝福していただくこと自体が嬉しくて、嬉しくて。頑張ってきてよかったなーとつくづく思います。
そこで、今回はノミネートから受賞までの思い出を言える範囲で書こうと思います。
祭りの前
ノミネートの連絡は突然でした。この賞は友人の馳月基矢先生も受賞されていて、賞の存在は勿論のこと、文庫書き下ろしでデビューしたのだから、せめてノミネートはされたいと思っておりました。
しかし、僕のバックボーンはネット小説。いや、バックボーンでは収まりませんね。ぼくはネット小説からの書籍化なのですから、正真正銘のネット出身のネット小説家です。ですので、「ノミネートはされたいけど、無理だろうなぁ~」と諦めていました。
そんな中のノミネートの連絡。天地がひっくり返るような衝撃と嬉しさでしたね。しかし、その嬉しさは地獄への一里塚でした。
発表までしんどい!
「ノミネートだけでもありがたい!」とは思いつつも、時と共に欲は大きくなるもの。自分の作品には自信があったので、「出来れば受賞したい」と思うようになってきました。
そうなると、心はよりしんどくなるものです。約一か月、平穏・平静・無の境地で過ごそうと心掛けておりましたが、他の候補作も力作揃い。自分の本棚から引っ張り出しては読み、「おもしれー」となって落ち込む次第でした。
気晴らしとばかりに「これで受賞したら焼き肉食べようね!」などと妻に虚勢など張ってみましたが、「全部フラグになるけん、やめて!落ちて凹んだらウザいやん」と足蹴にされる始末。
不幸中の幸いか、本業が夏休みシーズンで忙しく、夜勤ばかりしていたので、時が経つのが早かったのが救いでした。
祭りの当日
選考会は8月6日(土)でした。
当然ですが、朝からそわそわ。執筆など手に付きませんし、仕方が無いので家族で出かけて、娘がプラモデルを作ってみたいと言うので、模型店へ行って購入し、二人で作っていました。
そして選考会が開始される15時。東京から遠く離れた西の果てで、僕はスマホと向き合っていました。
ただただスマホを傍に置き、ゴロゴロ、ゴロゴロ。待ち会などしようかと思ったのですが、コロナの影響もありましたし、なにより落選した時が気まずいと、家族で待つ事にしました。
そして、17時すぎ。スマホが鳴り連絡。「受賞か!? 落選か!?」とドキドキしながら取ったのですが、「もしもし」という担当編集さんの第一声でわかりました。だって、僕の担当さんは冷静で穏やかお話される方でしたが、その声が弾んでいましたもん。
本当に担当さんには感謝。二人三脚で、売れる作品にブラッシュアップしたので。マジでリスペ。
祭りの後
さて、ここからが地味にしんどい。というのも、受賞連絡から公式発表まで時間があったので、言いたくてウズウズしていました。
友人たちから訊かれても黙っていて、上司や同僚からは「言わないのなら落ちたのだろう」と気を使われていました。
しかし、何とか発表をすることが出来ました。
ツイートには沢山の反応をいただき、そして各所にはコメント。アルファポリスでは速報も出していただいて、嬉しい限りです。
それからは、各所にお礼参り。半年経っても設置していただいている書店様にはお礼を言い、先輩作家や上司に報告。
そして、受賞に付属するあれやこれをこなしました。著者近影も準備したしね!
ただ、受賞したからって生活は劇的に変わりません。
嫁さんからは叱られるし、会社は毎日出社するし、夜勤だってしております。しかし、変われるように色々としていますので、それはお楽しみに。
「用心棒・萩尾大楽」シリーズを書くのか、新たな作品を書くのか、その答えは勿論、Tranquilo(トランキーロ)!あっせんなよ。
以上、続報をお待ちください。
◇◆谷中の用心棒◆◇
◇◆質問箱◆◇
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