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言の葉の行方ver.1

今回は突然部屋に送られてきた長い手紙から始まる、意外な人生の深淵を目の当たりにすることになった若者のお話です。本格的な長文小説にしたかったのですが、残念ながらそんな才能もないので、一部を要約の体で「はしょる」体裁で整えつつ何とか最後まで辿り着こうかと思います。シッポ系の軽い感じとはちと異なる趣をお楽しみください。毎度のことですが、彼も性根にやや難を抱えております。

こうして徐々に真面目な文章を書きつつ、いつかは作家に…ってなれれば良いんですけどね。


「突然のお手紙、失礼致します。随分とご無沙汰しておりますが、お元気に過ごされていますでしょうか。」

安アパートの郵便受けに入っていた封筒の中をのぞくと、その文面はこんな堅苦しい口調で始まっていた。宛先は住所と部屋番号までは僕のものであったのだが、宛名だけ全くの別人だった。封書裏面の差出人には住所の記載はなく、ただ男の名前だけが書かれていた。もちろんこの手紙は僕宛ではないのだから、個人情報保護の意識が浸透した現代では僕の行為は決して許されるものではないだろう。

当時僕は大学生だった。偏差値教育から外れた、言わば蚊帳の外のような大学は僕のような無気力な人間にすらその門戸を開いてくれた。こちらは何とか大卒の資格を、先方は何とか4年間は問題を起こさずに学費を納めて欲しい。そんな互いの思惑が合致して、当時の僕はそこにいた。家が裕福だった訳ではない。でもせめて大学だけは…という当時の社会の価値観により、両親はその高い学費を聞いた事もないような名前の大学に支払ってくれた。そして僕はといえば何の希望も欲もなく、ただ日々を何とかやり過ごすような毎日を送っていた。

欲のない人間には生きる活力は生まれない。どこかの誰かが言いそうな文句だが、僕にしてみれば『それがどうした?』とでも言ってやりたくもなる。いかんせん平和で退屈、それでいて夢のない世界だ。情報化社会とかいう世界の行く先は、きっとこんな風に灰色の景色が広がった薄暗い未来なのだろう。少なくとも当時の僕は、努力とか根性とか向上心とかいうありきたりの言葉には、正直嫌悪感しか持ち合わせていなかった。

そんな時に突然僕の手元にこの手紙が舞い込んだ。以前の住人なのか、でも他に彼女宛の郵便物など何も送られて来ない。宛名不明で郵便局に返してしまおうと考えたのだが、そもそも郵便局にわざわざ出かけていくのが面倒だ。そうして数日対処に困っていたある日の夜中、急にその中身に興味が湧き上がってきた。今時長文の手紙なんて意外だし、僕が生きる時代の価値観の代物ではない。かなりの年配の方か、結構な身分の方なのか。いずれにせよこんな部屋に住んでいたのだから、裕福とは言い難い社会階層の人間には違いない。僕と似ているようで、それでいてSNSの世界に溺れている僕とは明らかに異なる世界の人に違いない。そして僕は、久々に沸き起こった興味に耐えきれず、この行方知れずの手紙の中身を読んでしまおう、そう考えたのだ。

作者注:自分宛ではない郵便物を勝手に開封したり、捨てたりするのは「郵便法」の違反になります。宛名不明でポストに投函するのが良いようです。念のため。

よい子の皆さんはマネしないでくださいね…

「本来でしたら二度とこのようなお手紙を送ることはするまいと、そう自分の心に決めていました。ですが貴方のお母さんが亡くなった今となっては、私が唯一の肉親となってしまいました。もう会うこともあるまい、そう思いつつ今日までひとりで生きてきました。でもこの命もそう長くはないと聞かされた時、何よりも脳裏に浮かんだのは貴方の事なのです。だから最後に、貴方に宛ててこの手紙を書くことにしました。今さら、そう思われることでしょうが、最後のわがままとして聞いて下さい。お願いします。」


読まなければ良かった、正直な感想だった。でも封は開けてしまった。この宙ぶらりんな紙切れの行方は、今僕の手の中になる。ふいに襲われた責任感に、僕の甘えきった心は激しく揺らいだ。ともかく、最後まで読もう。僕はそう決心して部屋の床に腰を降ろすと、覚悟を決めて手紙に書かれた文字をひとつひとつ目で追った。いつしか僕は、この手紙を書いたであろう人の心の中を泳いでいるような心地がしていた。


(イラスト ふうちゃんさん)




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