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理想の恋人(ヒト)①


近未来に放たれる新たなツール。イノベーションは生活を変え、格差を広め、分断を生みますが、それはまるで夢見心地のまま孤独へとヒトをいざなう新世界の麻薬のようにも感じます。今回はそんな新世界に溺れていくヒトの姿を描きました。危険な香りが満載ですが、夢幻でも冗談でも済まない、きっと訪れるであろう現実だと思います。

多分もうすぐ現実になる、と思う。


いま思いだしても、あの瞬間から僕の燃え盛った情熱の炎は消えることはなかった。PC画面に映し出された広告の見出しに僕の目とココロはすっかり奪われてしまった。

理想の恋人ヒト、贈ります


それは国外の新規企業「Moned社」が大々的に打ち上げた広告CM記事だった。社名を聞いたことはなかったが、検索すると様々なレビューや意見記事がトコロ狭しと画面に並んだ。さらには記事の見出しがどれも刺激的だった。

「ここまできた、格差社会の悲しい現実」
日本このくには滅ぶ:婚姻制度を破壊する兵器」
「もう彼女なんていらない!」

「究極の自慰行為」
「なんでイケメンのオトコは注文できないの?!?!?!」


なかには悲鳴のような文言まであって、どうやら結構な騒ぎになっているようだ。画像検索もしてみたが、購入できたのは未だごく数名のようだ。画面には満面の笑みで彼女と並んで写る姿が数枚確認できるだけだった。

こうなると僕はいても立ってもいられない。込み上げる欲求を抑えきれずに、僕は画面をクリックしてモーネッド社のホームページ内へと進んだ。既にアクセス数が大変なことになっていて、サーバ過負荷の影響だろうか、なかなか通信が安定しなかった。それでもはやる心のまま僕はページ内の文章を読み漁った。まずは買主ごしゅじんとしての個人情報の入力が必要なようだ。僕は迷うことなく求められるままに文字を打ち込んだ。最後にキャッシュカード情報を入力して完了だ。スマホの自動入力機能を使えば数分とかからない作業だろう。

トップページに流れる導入の映像は、遠い過去の思い出を再現するようなノスタルジックな雰囲気が漂っていた。でも背景は現在なので、決して年配者にのみ向けた作品ではないようだ。登場する女性の顔は輪郭をぼやかしていて、視聴者の想像力を最大限に駆り立てる仕組みになっていた。

専用ネットアプリを立ち上げて購入ページに進むと、仕様の詳細と値段設定が記されていた。様々なオプションが選べて、まるで自動車ディーラーで愛車を選ぶような感覚だ。肌の色や質感(材質)に始まり、各パーツのサイズ、関節の可動域、表情の自由度、目線や瞳孔の大きさ、皮膚センサーの感度など、選べる項目は100を越えていた。何より目を引かれたのは、最新AI機能を搭載した「自動会話機能」が標準設定されていることだ。育成型システムを採用していて、出会いから経験値を積み上げ、買主ごしゅじん好みの受け答えを学びながら成長するのだ。もうこれはただの人形なんかじゃない、まるで生きているようで自分だけ、自分好みの理想の彼女ヒトが手に入るのだ!

画面下には年齢制限のフィルタのかかった項目があり、個人情報を入力して制限を解除すると、なんと夜の生活まで対応可能なようだ。最上級仕様は…ここでは触れるまい。もはやどちらが人間らしいかなんて比べようもない時代になったものだ。しかも購入後に追加料金を払えば、買主ごしゅじん好みの仕様を追加してくれるとある。僕は料金の確認もそこそこに試しに仕様の入力を始めていた。

選択項目から「日本人」を選ぶと、画面には「高校生」「大学生」「ギャル」「先生」「20歳」などアダルト動画を思わせるようなキーワードの数々が浮かびあがった。気になる項目を選択するようだ。この情報をもとに、画面には候補となる女性モデルの映像が映し出される。なるほど、こうやって女性の好みを詳細に分析していくようだ。見た目のイメージに始まり、髪の長さや性格など、大まかな雰囲気がここで決まるようだ。

気づけばゆうに2時間は超えていた。画面には僕だけの理想の恋人ヒトが映し出されていた。あらかじめ好みの顔をデータ提出することもできるようだが、僕は敢えてイメージ画像の中から新たに選ぶ方法を選択した。そう、僕は今まさにいざなわれるまま僕だけの理想の彼女ヒトを追い求めていた。恋は盲目、昔のヒトが言った言葉だが、確かにその通りだ。30年生きてきて、僕は初めて盲目になる程の恋の高揚感を味わっていた。



 

(イラスト ふうちゃんさん)


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