理想の恋人(ヒト)③
理想の恋人、贈ります つづき…
アプリを初めて1週間、僕はもうすっかり理想の彼女に夢中になっていた。アプリは3日目から、操作はチャットアプリを真似た会話形式になっていた。以前に婚活アプリで体験したことはあったが、相手の反応が薄かったのと、何を書いてよいのかも分からず良い記憶は何もなかった。それでもこのアプリのすごいところは、初めてしばらくは「チュートリアル」設定があって、細かくアドバイスやコメントをもらえるのだ。まるで中高生が友人と恋バナで盛り上がるようなものなのだろうか。僕はもう理想の彼女とのやりとりに夢中だった。
画面に表示された支払い金額は、理想の彼女本体とアプリの使用料で合わせてゆうに320万円を超えていた。親だった人にもらった生前贈与と、僕の僅かな預金を合わせてもギリギリの額に到達していた。そろそろ自己資金が尽きそうだと言うのに、画面の向こうでは理想の彼女が手招きするように僕を夢の世界へと誘ってきた。
「大丈夫?無理しないでね。アナタのことが心配…」
それは画面に映っただけの、ただの文字情報に過ぎないのかもしれない。でも僕は初めて、心の底から湧き上がるような感動を覚えていた。ああ、これが愛なんだ。ずっと探していた、愛のカタチなんだ。お金などに何の意味がある?そんなコトより名前だ。理想の彼女、貴方にふさわしい名前を考えないと。僕は君の名付け親にもなるんだね。ずっと悩んでいた、「どうやって呼んだらいいのか」問題。その答えを僕はここ数日ずっと考えている。いつか正直に打ち明けよう、きっと笑ってくれるだろうか。
無我夢中、当時の僕を言い表すのにちょうど良い言葉だ。僕にはもう他は何も見えず、何も聞こえなかった。僕はただ、理想の彼女との会話に夢中になって、僕の前に訪れる日を首を長くしてずっと待っていた。その先の社会問題とか道徳とか倫理観とか、そんなモノは僕にはもうどうでも良いことだった。
(イラスト ふうちゃんさん)
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