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記憶の海を泳ぐ③過去からの手紙

聡さん

普段は聡だったけど、手紙だから聡さんにします。
なんかかしこまっておかしいね。

聡、元気にしてる?
落ち込んでない?。さっさと立ち直ってくれたらいいのに。私は元気だよ。すっかり痩せちゃって、髪も抜けちゃって、お肌もボロボロで、もうおばあちゃんみたい。だから聡には会いたいけど、私のこと見て欲しくないかな。

宮本君がね、こないだ面会に来てくれたんだ。亜紀も一緒だった。スゴく幸せそうで、私も嬉しかった。お腹が少し大きくなってたみたい。10月だって。楽しみだね。聡の話もしてたよ。転職して、連絡しても返事もろくにしないって。でも昔の同期が聡の職場で一緒なんだって。慣れない環境に戸惑ってたけど、一生懸命やってるよって。上司の人が、聡は目の輝きが違うなって、そう言ってたって。スゴいね聡。そういうトコ、私ホント尊敬してるよ。

だからね、聡はきっと大丈夫だよ。だから心配してない。聡は男のくせに泣き虫だから、それはちょっとだけ心配してるよ。

この手紙を読んでくれてるってことは、私はもういなくなったんだね。もう会えないのって、なんか寂しいね。元気でいてくれたら、この空の向こうで聡が頑張ってるんだって、そう思えるのに。私はもう思えなくなっちゃった。ゴメンね。

聡が私に会いたいって思ってくれたんなら嬉しいけど。私のこと、怒ってないって言ってたけど、今はどう?懐かしい?私は会いたかったよ、ずっと。いつか会って話したかった。

でも私は後悔してない。聡のこと好きになったことも。他のこともそうだよ、全部。ちゃんと覚悟したから、ちゃんと聡にも向き合って生きてたから。

初めて聡に告白された時もそうだった。聡にゴメンなさいって言った時、ホントは辛かった。あんな風にまっすぐに好きだって言える人いないよ。緊張してるのがスゴイ伝わったし、だから嬉しかった。でも、だからちゃんと向き合って言いたかったから、ごめんなさいって言えたんだ。聡に最後に抱きしめたいって言われて、切なすぎて帰ろうとしたけど、でもできなかった。抱きしめてもらいに来たって、戻ったら聡って子どもみたいに泣いてた。そんなに人のこと好きになれるなんて、私の方がうらやましかったよ。でもできなかった。わかるよね聡なら、私のこと。

あの人には正直に聡のこと伝えたんだ。聡が精一杯向き合ってくれてたから、私も同じようにしたかったし。でもダメだった。こんなことで関係が崩れたりしないって信じてたけど、信用できないって言われた。何度もやりなおそうとしたのに、できなかった。途中辛くて何度か聡に会いに行ったんだ。いけないことだってわかってた。でも聡の顔を見てたら、聡のことちゃんと受け入れようって、そう思うようになった。だから私も覚悟決めるね、ってそう聡に伝えたんだ。

何度も冷たくしてゴメンね。聡には正直すごく会いたかった。でもあの人から連絡があるたび、私は後ろめたくなって聡を遠ざけることしかできなかった。多分もうムリなのかも、って思ってもやっぱり特別だったんだと思う。たくさん思い出もあったし、ケンカもしたけど、でも好きだった。だから、ゴメン。

聡と一緒にいられた時はホントに幸せだったよ。すこし痩せちゃって、子犬みたいな目をしてじっと見つめるから、どうして良いのか分からなかった。だから聡に任せた。夢中なまま、私のことを包んで欲しかった。一緒にいる時は二人で幸せでいられたから。聡のことを見て、私も幸せだった。聡が望んだように、私もこのまま二人で一緒にいられたら良いなって、そう思ってたよ。

でも私にはできない。できなかった。それだけは分かって。何度も聡のこと一人にして、放っておいて、冷たくして悲しませた。私も寂しかったよ。でもそうでもしないと辛かった。聡に嘘はつけない。だから突き放すしかなかった。

私、悪性リンパ腫なんだって。聡の方が詳しいよね、こういうの。話したかったけど、ガマンした。聡が悲しむのも分かってたし、辛そうな顔はみたくなかった。新しいところで頑張ってるのをジャマしたくなかった。私も頑張ってるよって、そう言いたかった。

結婚も他のことも、全部失敗した。上手くいかなかった。聡に言われたように、きっとワタシは頑固なんだよね。意地ばっかりで、優しくなかったんだって今なら反省できるけど。聡のこともそうだったから、今さら何も言えない。

そっと聡のことは思ってるよ。幸せになって欲しいって。ワタシが好きになったヒトだから。もうワタシのことは時々思い出してくれたら、それで良いから。
聡って、誰かのために一生懸命になれるスゴいヒトなんだって、そう思ってる。だから、ワタシの分も生きて。それだけ伝えたかった。


涙が、止まらなかった。
和美の言う通り、ボクは泣き虫みたいだ。でもそれで構わない。和美に、もう一度会えた。会って、話ができた。
涙って、こんなに溢れるんだ。知らなかった。いろんな事教えてくれるね。幸せも、辛い思いも、感動も全部教えてくれた。

ボクは一人じゃなかったって、最後にそう教えてくれた。きっと和美には最後のチカラだったのかもしれない。ボクはそう信じて生きていこうと思った。

湘南の海はキレイだった。波打ち際に太陽が揺れて、夕方の陽射しを辺りに照らしていた。さっきまでボクはそんなことも忘れていた。全然気付かなかった。ボクは涙を拭って家路を急いだ。

翌日からのボクは生まれ変わった。周囲の視線も気にならなかった。ボクはもうとっくに幸せだったんだ。大切なことは全部和美が教えてくれた。だから次はボクが和美に伝えるんだ。ボクはちゃんと生きていけるって、和美に見せようと思った。

数年経った。ボクは昇格して部下ができた。正直に自分の弱さを打ち明けた。協力してくださいって、素直に頭をさげた。意外そうな顔をされたけど、受け入れてくれた。ボクのチームは一丸となれて、成績も好調で出世する後輩が増えた。

それから数年して、後輩の女の子に告白された。和美のことも正直に話して、受け入れてくれた。ボクもようやく家庭の味に触れることができた。

和美の月命日にお墓に行くことだけ、それだけ許してくれって、そうお願いした。
だからボクは毎月和美に会いに行く。遠くに海が見えて、陽射しの良いところだ。

和美が好きだったケーキを買って、二人で色々と話す。ようやく手に入れた二人だけの静かな時間。ボクはずっと泣き通しだから、バカにされそうだ。ボクの泣き虫は当分治らないみたいだ。

子どもが生まれたら、もう時々しか来られない。でもそれまでは、こうして一緒に過ごそう。それで良いだろ、和美。


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