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記憶の海を泳ぐ②紡ぐ糸

微かな記憶を思い起こす。そうだ、コンビニ。和美の家はコンビニの駐車場の近くだった。ボクはスマホの地図アプリを立ち上げて、市内のコンビニを探した。記憶とすり合わせて、それらしい数件を当たってみることにした。駐車場にバイクを止めて周囲を歩き回る。申し訳程度に店で缶コーヒーや水を買ってみたが、3件目にはもう買う物がなくなった。

家並みも街並みもすっかり変わっている。ふと目が合った店のガラスに映ったのは今のボクで、記憶の中のボクとはすっかり様子が変わっていた。当たり前だ。もう10年近く経っているのだ。時間は街並みも人の様子も容赦なく変えてしまう。やるせなさにうつむいたが、諦めて帰ることもできない。ボクはコンビニ巡りを繰り返した。

いつしか日がすっかり傾いていた。ボクはすっかり汗をかき切ったようだ。Tシャツが冷えた汗でじっとりとボクの肌にのしかかっていた。乾いたエンジン音が流れる中、通りのはずれにコンビニを見つけた。そこはボクには何かしら懐かしい景色のように感じられた。駐車場の端にバイクを止めて、ボクは記憶を辿って歩き出した。

ここだ。和美のいた家は、立て直しをしたのか外観が変わっていたが、塀の様子や入口脇の立木が昔のままだった。急に汗が冷たく感じた。動悸が激しくなった。胃が締め付けられるようで苦しかった。

一つ、息を吐いた。帰ろうか。何て言えばいいんだろう?それにこの格好、どうみてもお悔やみを言う人間の風貌ではない。お土産の一つも持ってない。どれだけボクは混乱してるんだ?正気か、お前。自分の不甲斐なさに腹が立ったが、今はそれどころじゃない。せっかくここまで来た。ここまで来られたんだ。帰ってどうする。向き合って、話をしないと。心の中での葛藤かっとうは永遠に続くようで、取り留めがなかった。

「あの、どちら様でしょうか?」
見上げると、家の人が入口に立っていた。家の前で立ちすくむ不審者が気になったのだろう。
「いえ、あの、なんでもありません。申し訳ありません。」
小声でそう言い、その場から走って逃げたくなったが、足が動かなかった。
「もしかして、聡さん?」
驚いたボクの顔を見て、和美の母が話しかけた。
「来てくれたのね。入って。お線香あげに来てくれたのね。ありがとう。」
彼女はそう言うと玄関のドアを大きく広げ、中へと消えた。ボクはもう覚悟を決めるしかなかった。何度も家まで送ったりもして、この玄関までは来ていたが、中に入ったことはなかった。当時のボクは和美の母に挨拶もしていなかった。

「失礼します。」
そう言ってボクは和美の家に初めてお邪魔した。台所は広くはないが、細かく綺麗に片づけられていた。先の和室に、小さな仏壇が据えられていた。

「和美…」
そこには昔のままの和美がいた。ボクを見て微笑んでいた。

もう涙が止まらなかった。悲しさも感じなかった。よく分からない感情が沸き上がって、ただ人目も気にせずに涙が頬を伝って止まらなかった。
「和美が亡くなって、もう2年ね。」和美の母がそっとタオルを渡してくれた。
ボクは作法もそこそこに、笑顔の和美をずっと見つめていた。色んな記憶が沸き上がって、時間も順番もバラバラになった記憶の断片が洪水のように脳内を駆け巡っていた。

「来てくれてありがとう。あなたにはこれを渡して欲しいって、和美からそう言われていたの。」
ボクの心が落ちつくのを待って、彼女は薄茶色の封筒を僕に手渡してそう言った。それは和美からボクに宛てた手紙だった。
「あの子が亡くなる前に、あなたが来たらこれを、って」
渡された手紙はボクには重く感じられた。

涙が止まるのを待って、母はボクに和美のことを話してくれた。あれから結婚したこと。うまくいかずに離婚したこと。そして病気になって2年入退院を繰り返したこと。和美が生まれた9月に、誕生日の前に亡くなってしまったこと、そして最後にこの手紙を書き残したこと。

「もう来てくれないかも、って言ってたけど、それでも書いておきたいって。気持ちを伝えたいんだって。だから聡くん、お願い。後で一人になったら読んでちょうだい。」

ボクは母に礼を言うと、和美の家を後にした。家の近くには公園があって、先には海岸と広い空が広がっていた。ボクはバイクを路肩に止めて、傾いた陽射しを背に和美の手紙を開けた。



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