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ぼくは本を壁に投げつけた。"NEVER LET ME GO"

もともと映画を見たのが先である。Youtubeで予告編を観て不思議な雰囲気のSF作品という印象を受けた。それから劇場で映画を観て、大変不愉快な気分になって原作も読んでやろうという気になった。二十年近く前のことであった。
 
ぼくにはめずらしくあらすじをすこし書いておく。

そう遠くない未来。ある寄宿舎付きの学校では特別な子どもたちだけが集められていた。学校で彼らは厳粛に管理され、良好な健康状態を維持している。ときどきクラスの誰かがいなくなって教室がざわついた。彼らは全員クローンだった。オリジナルの人間が病気になったり怪我をしたりしたときのパーツ取り用として生きているのだった。
 
クローンを題材にしたSFは珍しくない。大抵の場合その閉じ込められた環境からの脱出劇が物語となっているが、本作は違った。自分たちの本性を知り、運命を知ってほんとうの私に会いたいと学校を抜け出した。しかしその先にスリリングな追跡劇は用意されていない。彼らは結局また学校へ戻ってすでに敷かれた運命に身を委ねるのだった。おしまい。
 
なんじゃこりゃーっ!

ぼくは読み終わった本を壁に投げつけた。こんな不甲斐ない。こんなやりきれない。こんな運命に従順すぎる態度に苛立った。クローンとは言え、完全な人格を持ち一個の人間として機能していて、意識があるにも関わらず、自らはただのパーツ取り用に過ぎないことを認めて受け入れてしまうことがぼくは受け入れられなかった。
 
だけど、それが本当かもしれない。世間を知らず、金もなく、独立して生きる術を知らない人間は、クローンであろうとなかろうと運命に従うしかないのではないか。

世間はなにかと運命は切り開くもので自ら作り出すものであるという認識が流布している。自己啓発本が売れる。やたらに鼓舞するYoutube動画が多い。もし世の中のひとがみんな前進的でアグレッシブだったらその手の本や動画が流行るはずがない。みんな結局のところ本作のクローンと同じくもとの居場所へ戻って行くのだ。時々夢を見ながら、やっぱり自分はと元の鞘に収まって行くのだ。
 
その選択が良いのか悪いのかそれはぼくにはわからない。人それぞれというしかない。万人に通用する答えなんかない。タイトルであるNEVER LET ME GOはなにから離さないでと言っているのか。この本を読んでぼくのようにイライラするひともいれば、ああこれでよかったんだとほっとするひともいるだろう。だからひとによってタイトルの受け取り方もまた違うだろう。
 
ぼくはこの作品でKAZUO ISHIGUROを知ってほかの作品を読むようになった。それについてはまた。

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