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狐のおでん屋

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狐のおでん屋シリーズ
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きつねの木の葉便り 総集編

木の葉は赤や黄色に染まって、辺りには金木犀の甘い匂い。すっかり秋めいてきちまったなあ。
今年もラーメン屋は店じまい。そろそろ、おでんの準備を始めるとしよう。

秋ってのは、人を感傷的にさせる。やれ、男と上手くいかねえでめそめそしてるお嬢さん。やれ、会社で上司がうるさい、部下は口答えする、と、ぶちぶち愚痴るおっちゃん。今日なんか、若い女の子が携帯でもって友だち長電話でぐずぐずと。折角のラーメンが伸び

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続、きつねのおでん屋 最終回

続、きつねのおでん屋 最終回

それから━━━━━━━━━。

あの男は、本当に手紙を出してくれた。外国人の服が洒落てるだの、二人で旅行した先の東京のカフェーで飲んだ珈琲が美味いだの、決まってどうって事ない内容だったがな。まあ、あいつらが元気にしているなら、俺としても気が晴れるってもんよ。そう思いながら、あいつからの手紙を読んでいたんだ。

しかし、昭和に入ると、戦争の火種がどんどんと大きくなってな。
アメリカ軍ってのは賢い奴ら

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続、きつねのおでん屋 5

続、きつねのおでん屋 5

あの夜から、何日か経って、またあの男が俺の店へやってきた。暖簾をくぐるなり、俺の真正面に座った男はやけに大人しかった。いつも賑やかな奴なのにおかしいと思った。変なのは、態度だけじゃない。博打に行った後のように服が乱れた様子もなければ、女と遊んだ後の香の匂いもしなかった。

「お前さん、今日は遊んで来なかったのかい?」

俺が何かたずねる度に、いつもなら茶化してくるところを、男は、ああ、と一言頷いた

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続、きつねのおでん屋 4

続、きつねのおでん屋 4

「おうおうおうおうおうっ!手前!俺たちを騙したやがなぁ!」

「なんだ。お前さんたち、もう質屋に行ってきたのか。一番近い質屋は隣町にある筈だから、俺たちが逃げる間の時間稼ぎになると思っていたのに。」

取り囲んでいる奴らの1人が詰め寄ったのを皮切りに、束になったように口々に怒声を浴びせる。
しかし、当の男は兄貴分が突っかかってきても、手を袖口に突っ込み、余裕の返答した。

そんな男に、ヤクザもんた

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続、きつねのおでん屋 3

続、きつねのおでん屋 3

その時、俺は、人間の知り合いで、この界隈で縁日となれば毎度の事、夜店を出すことで有名な爺さんの所へ挨拶しに行く所だった。神社の参道の始まりから終わりまで、的屋が道の両脇に店を連ねていた。俺は屋台が並ぶ表参道は通れない。人間たちには狐だと知られないようにしなければいけないからだ。並ぶ店の裏側へと抜けて駆け足でいそいそと、爺さんの店へ向かっていた。

「もうっ!しつこいっ!あんたたちなんて、相手にして

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続、きつねのおでん屋 2

続、きつねのおでん屋 2

(大将の語り口で書く)

大正ってのは、新しい文化に華やいで、ハイカラで、いい時代だったんだ。アジアで唯一の独立国になって、文明も発展した。それに、大きな戦争にも勝った。東京は、震災でめちゃめちゃになったりもした。兵隊さんらが政治をするから取り締まりが厳しくなったり、戦争の影が日常に落とされたり、確かに暗いこともあったけどな。それでも、庶民は明るさを忘れちゃいなかった。

若い女性方は長かった日本

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続、狐のおでん屋

続、狐のおでん屋

職場からの帰路の途中。抱えているプロジェクトについて考えながら、ちょこちょこちょこちょこ、小股で歩く。今は、4月の半ば。さくらの蕾が膨らみはじめている。頬を撫でる風は、まだひんやりと冷たい。

ああでもないこうでもない。悩みながら足をすすめる。ふと気がつくと、踏切の閉まるサイレンの音が聞こえる。

「あっ__________ 」
そうだ、この場所は....... あの冬の日の夜。不思議な狐のおでん

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狐のおでん屋

狐のおでん屋

まだまだ冬の始まりの12月。辺りはすっかり日の暮れだ。

仕事終わり、線路沿いの小道にしなびた身体をぼちぼち歩かせて、家まで帰る。
さてさて、今日の夕飯は何にしようかな。
そんな事を考えていると、何処からと無く、プーンと鰹出汁のいい匂い。おお、これはおでんだな。経験値の高いこの鼻は、匂いだけで料理の種類をピタリと当てるのが得意だ。

はて、と首をかしげる。どんどん匂いが強くなる。一般家庭が作るにし

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