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サラリーマン人生最後の日『サラリーマンとして"虚しさ"』を強く感じた話。

お久しぶりです。チー牛大盛です。

今回は、自分が『6年勤めた会社をやめたときの話。』を中心に書こうと思う。

6年間、身を粉にして働いた会社をやめた。

自分は元々”ネットワークエンジニア”としてある通信会社で働いていた。

まあ、自分の仕事を簡単に説明すると、
技術職で、会社・官公庁の施設にあるルータとかスイッチと呼ばれるネットに繋ぐための機器(なんか光ファイバーケーブルとかLANケーブルがたくさん挿さってて、チカチカ光ってるやつ)の設備の構築や故障対応などをしていた。

だからいちエンジニアとして、作業着を着て、車で外周りして、ケーブル繋いで、帰ったら資料作って、みたいな仕事をしていた。

まあ結構、大きい会社のグループ会社だったし、当時は入れて嬉しかったのもあって、会社に対して”誇り”を持って働いていた。



で、まあなんだかんだ、頑張り過ぎてうつになって、会社をやめることになるんだけど、、、



やめることになって、サラリーマン人生の最後の日に感じたことがある。

サラリーマン人生最後の日に『サラリーマンとしての"虚しさ"』を感じた話。

2018年3月30日(金)、自分のサラリーマン人生最後の出勤日。
この日のことは、たぶん一生忘れないと思う。

事前に仕事の引き継ぎとか終わらして、その日は特にやることもなく、荷物をまとめるとかして過ごした。

最後、自分がいたフロアの挨拶とか終わった後に、ビルの1階の社員用ゲートまで主任がついてきてくれて、「今までお疲れ様」「今までお世話になりました」ってやりとりして、ゲート通過前で別れた。

社員用ゲートを通過して、いつもと同じように退社する顔の知らない社員さん達がちらほらいる中、正面玄関まで一人で歩いているときに、

「あ、ああ、あっっっけねぇぇぇぇぇええ~~~」

って思った。

この6年間、少なからず自己犠牲して会社の言うことに従ってきたつもりだった。

なのに、会社を出る瞬間に自分を見送ってくれる人、声かけてくれる人は誰もいない。
自分の想い的にこんなに自己犠牲して頑張ったんだから、もっと盛大に送り出してくれるもんだと勝手に思ってた。

本当にいつもの帰る感じで、一人無言で会社の正面玄関を出たから『”会社やめる”ってこんなにあっけなく終わるものなのか』と思った。


(※ちなみに自分の場合は、送別会は4日前に終えてましたw)




会社を出て、一人外を歩いてるときに、気づいたことがある。

『あぁ、自分は6年間会社のこと想ってたけど、会社は自分のこと(それほど)想ってなかったんだな』って。

今思えば、すごい当たり前のことだけど、大きな組織からみたら、自分一人やめたところで痛くも痒くもないし、人事部・上層部からみたら、きっと書類上の”一人材いち  ” としてしか見てない。
文字通り、使えるモノかどうか『人の材ひと ざい』としか見てなかったんだなって思った。


自分が熱い想いを持って目の前の仕事に取り組んでたとしても、
自分自身が「会社に貢献してる!」と思っても、
会社からみれば『複数ある大きな事業の中の小さなこと』で、「いや、やって当たり前でしょ」という感じだと思う。


大きな組織で働く者の宿命かもしれないけど、
”自分の肩書”・”会社に守られてる安心感”・”会社の人間関係” などサラリーマンとしてのすべてを手放した時に「本当に自分って小さな存在だったんだなあ」と感じた。

それらに気づいたときに『あぁ、サラリーマンってほんと虚しいなあ~』と心から思った。




サラリーマンとして現実の虚しさを抱えながら、ひとり会社の帰路についた春の始まり。。

忘れられるわけねぇよ!!!!




《最後に》

もちろん、色んな考え、感じ方、価値観がある思うし、サラリーマンに向いてる人もいるし、向いてない人もいる。

サラリーマンとして会社で上を目指すもよし、

サラリーマンやりながら、趣味に生きるもよし、

割り切って副業しながら、お金稼ぐもよし、

思い切ってやめて、一人立ちしてやりたいことやるもよし。

人それぞれ色んな生き方があって、それでいいんだと思います!
最後にそれが言いたかったです!








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