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ナツキとユウキ

第一話
場面・ナツキの部屋

ナツキ「今日は特に収穫なし、か」

薄暗い四畳半、
私はモンスターを狩る為に縦横無尽に走り回る。
もちろん画面の中の話だ。
引きこもりも三年経つと、我ながら板についてくる。
石の上に三年、ならず。
四畳半そしてゲームの中にも三年、だ。

画面上を見ながら、傍らに置いたポテチを口に放り込む。
『バリッ、ボリッ』
むしゃ、むしゃ……。

ナツキ「ウマッ。クゥーッ、生きてるぅー」

絶妙な塩加減に、濃厚なチーズがアクセントとなっていて美味しかった。

ナツキ「一息いれますか」
ナツキ「このポテチには、強めの炭酸を合わせたいな」

冷蔵庫へ向かおうと席を立った瞬間、
『ピロンッ』
テーブルの上にあるスマホが鳴った。

ナツキ「…………誰だ?」

ユウキ「生きてる?」
ナツキ「死んでる」
ユウキ「返事はや、生きてんじゃん」
ナツキ「生きてちゃ悪いわけ」
ユウキ「生きてて嬉しいよ笑」
ユウキ「ただ、死んだように生きないでね」
ナツキ「なにそれ、説教かよ」

定期的に姉のユウキは連絡をくれる。
妹を心配しているのは分かっていたが、
大学に入る為に上京して、
ろくに友達の一人も作れず、すぐに中退し
『世の中には自分にしか出来ない何かがあるはずだ』
という大義名分を抱え、
そのままただの引きこもりに成り下がってしまった私には
引け目しかなかった。

ユウキ「いい加減、そろそろ外に出たら?」
ナツキ「考えとく」
ユウキ「それで何年経ったことやら」
ナツキ「何なの?」
ナツキ「今ちょっと忙しいんだけど」
ナツキ「用がないならまた今度に」
ユウキ「ナツキにはいないの?」
ユウキ「もう一度会いたい人とか」

ナツキ「は?」
ナツキ「意味わかんない」

ユウキ「マジな話」
ユウキ「いないの?」

会いたい人……。
両親と姉以外には久しく連絡を取っていない。

ユウキ「お父さんとお母さんいなくなったら」
ユウキ「あんた一生ひとりだよ」
ユウキ「いいの?」
ユウキ「良いわけ、ないよね」
ユウキ「恋人も、友達もいないなんて」
ユウキ「どうやって生きてくの」
ナツキ「うるさいよ!」
ナツキ「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!」

ユウキ「まあ、引きこもりの寂しい人生だから」
ユウキ「会いたい人も、いないか」
ナツキ「聞いたところで」
ナツキ「ユウキに関係ないよね」
ユウキ「関係ない」
ユウキ「けど、会わせてあげてもいい」
ナツキ「は? マジ意味わかんない」
ユウキ「あんたが会いたいっていう人」
ユウキ「探して、絶対に会わせてあげる」

ユウキ「その代わり」
ユウキ「わたしが見つけ出したら」
ユウキ「あんたはそこから外に出ること」

ナツキ「余計にわかんない」
ナツキ「別に、家からなんてすぐに出られるし」

ユウキ「あっそう」
ユウキ「なら出てごらんよ」

ナツキ「…………」

食べものや生活で使用するものは全部ネットで買っている。
外に出る必要はない。
そう決めつけてから、本当に一切外へ出なくなった。
ベランダに洗濯物を干すひと時だけが
私は世界と繋がっていると信じることができる。

カーテンの隙間から外を覗く。
アパートの目の前には公園があって
子供が無邪気に走り回っていた。
夕日が傾いて一日が終わりへと向かっている。

昔から姉は勉強も運動も出来た。
クラスでも活発で男子からの人気もあった。
出来過ぎた姉とのバランスを取るように、私が産まれた。
地味なわりに勉強は出来ず、
愛想がなくてバイトは三回クビになった。
一生懸命走ったところで不格好な姿をからかわれた。

笑われる。
非難される。
相手にされずに無視される。
すべてが嫌で
狭い部屋の中、わたしは息を潜め暮らしている。

…………ひとりだけ、いた。
会いたい人が。

ナツキ「……たけうちくん」
ユウキ「えっ?」
ナツキ「竹内くんって言ってるんだよ!探せるんでしょ」
ユウキ「竹内くんって?」
ナツキ「…………」
ユウキ「わかった。探してみる」
ユウキ「いや、絶対見つけるから。その時は」
ナツキ「外でも何でも出てあげるよ」
ユウキ「良かった。じゃあ少し待ってて」
ユウキ「また連絡する」

意味がわからない。
ユウキのただの暇つぶしなのか。
何にせよ、探せるとは思えない。
竹内くんがどこで何をしているか、私にも分からないし。
そもそも最後に会ったのはいつだろう。
私は記憶を遡る。

竹内晶と初めて出会ったのは、高校の図書室だった。


場面・高校 図書室

アキラ「その本、借りんの。借りひんの」

放課後の図書室、
私は調べものがしたくて
本を山のように机に積み上げ読み漁っていた。

アキラ「なあ、聞いてる?」
アキラ「その本借りひんのやったら、おれ読みたいんやけど」
ナツキ「えっ、わたしですか?」
アキラ「他に誰がおんねん」
確かに、周りに他の生徒は一人もいなかった。
ナツキ「ど、どうぞ」
アキラ「ええの? おおきに」
アキラ「今じぶんが読んでんのもおもしろそうやな、見せて」
ナツキ「いや、わたしに、話しかけないほうが、いいですよ」
アキラ「何がなん」
ナツキ「いや、本当、友達が、減りますよ」
アキラ「それ、ほんま、笑っても、いい?」
私の話し方を真似して、彼はアハハと笑った。
ツーブロックにした茶色い髪が爽やかで眩暈がした。
きっと、
じゃんけんで負けたやつが、
オオタナツキと喋ってくる。
そういう遊びなのだ、
合点がいって耳まで赤くなる。
アキラ「なあなあなあなあ」
アキラ「いま、四回話しかけたから四人友達減ったかな」
ナツキ「はっ?」
アキラ「そういうルールじゃないん?」
ナツキ「いや言ってる意味が」
アキラ「友達が減りますよ~、って言ってるのも自分ルールなんやろ」
ナツキ「だから言ってる意味が」
アキラ「ほんなら、おれ無効化!」
アキラ「いや、あかんで。これはおれルールやって今決めたから」
アキラ「あ、やば。下駄箱に友達待たせてたんやった」
アキラ「いつもここにおんの? また、おもろい遊びあったら教えてな」
ナツキ「もしかして、あなた、バカ、なの」
アキラ「でもこれで下駄箱に友達おらんかったら」
アキラ「すこし笑えるなあ」



第二話
場面・高校

アキラ「結局、オオタは大学で東京行くんやろ」
ナツキ「うん」
アキラ「ええなあ東京。楽しそうやもんな」
ナツキ「竹内くんは、どうするの?」
アキラ「おれな」
アキラ「一年くらい世界を旅してこようと思ってん」
ナツキ「えっ」
アキラ「ずっとバイトしとって、お金貯めててさ」
アキラ「笑うやろ。そんなんで将来どうすんねんって親にも言われた」
ナツキ「でも、竹内くん、らしいと、思うよ」
アキラ「ほんま?」
アキラ「ありがとう。オオタも頑張ってな」

竹内くんはたまに図書室を訪れ、
その度に私たちは他愛もない会話をした。
ただ、それだけの関係。

だけど、彼と話したわずかな時間は
私の中で、
今も輝き続けている。


場面・ナツキの部屋

ナツキ「何だよ!」
ナツキ「結局見つからねえのかよ」

ユウキから連絡があって二週間が過ぎた。
その後の音沙汰はない。

ナツキ「あーイライラするわ」
私は、彼に会える事を期待しているのだろうか。
無意識にスマホばかり目がいってしまう。
『ピロンッ』
ナツキ「……んっ?」
『ピロンッ』
ナツキ「だ、だれ?」

アキラ「竹内だけど」
ナツキ「た、た、竹内くん?」
アキラ「そうだけど何? 会って話したい事って」
ナツキ「え、いや特に用事はないんだけど」
アキラ「ふうん」

想像していたよりも、ずっと冷たい応答に感じた。
無理もないか。私にとって特別な思い出でも、
彼にとってはそうではないんだ。
当たり前だ。

ナツキ「元気に、してましたか」
アキラ「元気してるよ」
アキラ「オオタは? 進学、だったっけ」
ナツキ「あ、うん。大学、行ったけど、辞めちゃった」
アキラ「マジ。やばくね? まさか今ニート?」
ナツキ「い、いや、家でライター、みたいな、ことしてる」
アキラ「へえ」
咄嗟に嘘をついたのが、バレているのか。
話も盛り上がらない。
ナツキ「竹内くんは? 最近どう」
アキラ「俺は大手の食品メーカー」
アキラ「何社か内定出たけど一番評判良いとこにした」
ナツキ「そうなんだ……」
何だろう。思っていた感じとやっぱり違う。

ナツキ「久しぶりだからなんか緊張するね」
アキラ「はあ。高校ぶりだしな」
アキラ「てかオマエと話した事あったっけ?」
ナツキ「えっ?」
アキラ「何が目的かわかんないけど」
アキラ「シカトしてたのとか俺発信じゃねえから」
アキラ「もし仕返しする気なら」
アキラ「ナカヤマとかミヤザキとかにしろよ」
アキラ「俺関係ないから。勘弁して、な!」
ナツキ「何言ってるの……?」
アキラ?「今さら呼び出して仕返しか何かするつもりなんだろ」
アキラ?「とにかく、やめてくれ」
アキラ?「そもそもオマエなんかに会うつもりもないし」
アキラ?「二人きりとか本気でこえーわ」

ナツキ「…………」

『ピロンッ』

ユウキ「どうよ。私が本気出したらすぐに見つかったわよ」
ユウキ「二、三年生の時同じクラスだったタケウチキョウヘイくん」

ユウキ「で、もう一度会うことになったの?」
ユウキ「まずはお姉ちゃんを褒め称えてほしいところだけど」

ナツキ「……ちげえよ」

ユウキ「何が?」

ナツキ「違うやつなんだよ!」
ナツキ「タケウチ違い!」
ユウキ「うそ!」
ユウキ「それは、わたしやっちゃったね……」
ユウキ「でもまた探すよ」
ナツキ「うるせえよ!」
ナツキ「こっちは思い出したくないことまで思い出さされて」
ナツキ「マジむかつくんだよ」
ユウキ「……ごめんね」
ナツキ「自分の方が何でも出来るからって、上から見下してんなよ」
ナツキ「引きこもりの気持ちが」
ナツキ「おまえにわかるかよ!」

カーテンの隙間から外を覗く。
ザァザァと雨が降っている。
公園の土はぬかるんでいて、
合羽を着た男の子が駆けていく。

時間は確かに過ぎているのに、
自分だけが何も変わっていないように、
ナツキには思えた。

ナツキ「無理なんだよ」

ユウキ「大丈夫」
ユウキ「まだ間に合うから」
ユウキ「絶対大丈夫」

ナツキ「外に出たくない」
ナツキ「ユウキの言う通りだよ」
ナツキ「怖いんだよ」

ユウキ「絶対無理、なんてないから」
ナツキ「絶対大丈夫こそ、ないよ」
ユウキ「絶対大丈夫は、あるよ」
ユウキ「わたしは、絶対大丈夫って言える強さを」
ユウキ「信じるんだ」
ユウキ「だからナツキも言ってみて」
ナツキ「絶対大丈夫」
ユウキ「ほら」
ナツキ「何がだよ」
ユウキ「それが強さだよ」
ユウキ「ナツキにも、ちゃんとあるんだよ」



第三話
場面・都内某所ガード下

ワタル「まずいことになったなあ」

スマホのカレンダーを見ると、
ナツキに、竹内くんを探してくれと依頼されて
三週間が経とうとしている。
時間に猶予はあまりない、はずだ。

ワタル「タケウチくんて名前以外ノーヒントじゃあねえ」
ワタル「さすがに厳しいよなあ」

一週間前に見つけたタケウチが偽物だったのも
予定を狂わせた。

ワタル「卒業アルバムで、一発正解!」
ワタル「楽勝、だったと思ったんだけどな」

報告を聞いたユウキは、
「マジ笑える。怒られてやんの」
と言い、
落ち込んだワタルを励ますように、
「絶対大丈夫、次はちゃんと見つかるから」
と手を握りしめた。

ワタル「ふりだしに戻っちまったか」

今日は偽タケウチこと
タケウチキョウヘイを呼び出した。
連絡を取ってくれた謝礼を渡すと言って。

キョウヘイ「オオタと話すなんて」
キョウヘイ「マジ無駄な時間だったわ」
キョウヘイ「まあ割の良いバイトか。早く金、くださいよ」
ワタル「ばーか嘘に決まってんだろ」
キョウヘイ「は? 何言って──ィッツー」
人のいない裏通りで、腹を二、三発殴る。
ワタル「そもそもおまえ会ってねえし」
ワタル「しかもニセモノだったし」
キョウヘイ「勘違い、したのは、そっち、だろ、ウッッ」
ワタル「おい、まだ聞きてえことあんだからよ」
ワタル「ちゃんと答えろよ」
首元を掴まえ壁に押し当てる。
ワタル「オオタナツキに、おまえ何かしたのか」
先日のナツキとのやり取りを思い出す。
キョウヘイ「だから、俺は関係ねえって」
ワタル「じゃあ動けなくなるまで、いくか」
キョウヘイ「か、勘弁してくれよ」
キョウヘイ「高校の時、シカトしたり、からかってただけだよ」
キョウヘイ「ナカヤマとミヤザキってやつが中心で」
キョウヘイ「俺は関係ねえよ」
ワタル「あっそ、じゃあそいつらの連絡先教えろ」
キョウヘイ「えっ」
ワタル「えっ? じゃねえよ。知ってんだろ、殴られてえのか」
キョウヘイ「知ってます知ってます。すみません」
ワタル「あと、おまえ以外にタケウチって名前で」
ワタル「オオタと話してたやつ知らねえか」
キョウヘイ「オオタが話してるとこなんて見た事ねえよ」

ワタル「ちっ、今後オオタには関わんじゃねえぞ」
ワタル「関わったら──」
首元に強く力を入れると、偽タケウチは顔面蒼白になった。
もうしません、怯えながら這いずって逃げていく。

卒業アルバムをもう一度めくる。
ナツキの学年にタケウチはあと四人いた。
ワタル「タケウチ多いんだよ!」
ワタル「タケウチタクミ、タケウチナオト」
ワタル「タケウチアキラ、タケウチヨシヒロ」
ワタル「ああ、全くわからねえ」
ワタル「けどしょうがねえ」
ワタル「義理の妹のためだ」
ワタル「そして何より」
ワタル「ユウキのためだ」

その後、
ナカヤマとミヤザキも別々に呼び出して懲らしめておいた。
ミヤザキは異様に長い襟足と甲高い声がワタルをイラつかせたが
有益な情報をくれた。

ミヤザキ「オレ、一回見たことあります」
ミヤザキ「絶対コイツです、オオタと話しているところ見ました!」
ミヤザキ「だからもう勘弁してください!」
ワタル「おお、どのタケウチだ」
ミヤザキ「コイツです!」
ワタル「間違いねえな」
ミヤザキはアルバムを指差し頷いた。
ワタル「ちなみにコイツの連絡先、分かる?」

『ピロンッ』

ユウキ「見つかった?」
ワタル「ちょうどいま見つかったよ」
ワタル「都内にいたから、会いに行ってくるわ」
ユウキ「ありがとう」
ワタル「バイクで三十分くらいの所に住んでるらしい」
ワタル「ラッキーだよな」
ユウキ「…………」
ワタル「どうかした?」
ユウキ「もしかしたら」
ユウキ「間に合わないかもしれない」
ワタル「嘘だ」
ユウキ「もしその時は」
ワタル「何言ってんだよ!」
ワタル「今からそっちに向かう」
ワタル「予定変更だ」
ユウキ「だめ」
ワタル「何言ってんだよ」
ユウキ「遅かれ早かれ」
ユウキ「こうなることはわかってたんだから」
ユウキ「それより」
ユウキ「ナツキを」
ユウキ「外に出してあげて」
ワタル「…………二時間だ」
ワタル「今からタケウチとあって三十分」
ワタル「タケウチを乗せてナツキちゃんの家までも約三十分」
ワタル「そこから」
ワタル「そっちまで一時間」
ワタル「それまで、絶対負けんなよ」
ユウキ「わかった」
ユウキ「絶対負けない」
ワタル「よし」
ユウキ「ねえ、ワタル」
ワタル「何だよ」
ユウキ「ありがとうね」
ワタル「礼はまだ早いんだよ」

バイクに乗る。

ワタル「絶対大丈夫だ」

ユウキの口癖だった。

ワタル「絶対なんてないよな」

ナツキがそう言った。
ワタルもそう思う。

ガキの頃
一生のお願いを何回使っただろう。
あれが無効なら、
神さまお願いだ。
ユウキにナツキを会わせてあげてくれ。
ワタルはスピードを上げ、タケウチに会いに行く。

場面・ナツキの部屋

『ピロンッ』

ナツキ「何だよ」
ユウキ「竹内くん見つかったよ」
ナツキ「あっそう」
ユウキ「嬉しくないの?」
ナツキ「嬉しくなくはない」
ユウキ「でもちょっと困ったことになってね」
ナツキ「何?」
ユウキ「時間がなくて」
ユウキ「直接そっちに向かうね」
ナツキ「いやわけわかんねえし」
ナツキ「無理だから」
ナツキ「ユウキもわかってると思うけど」
ナツキ「人に会える状態じゃないし」
ユウキ「でももう向かってるから」
ナツキ「会う気はないよ」
ユウキ「お願い」
ナツキ「マジ無理」

『ピンポーン』
ワタル「ナツキちゃんいる?」
ナツキ「誰か来た」
ワタル「開けてくれないかな」
ワタル「タケウチ連れてきた」
ナツキ「ユウキ、アイツ誰だよ」
ユウキ「ごめん、本当に時間がなさそう」
ナツキ「何のことだよ」
ワタル「おーい、早く開けてくれっ」
ユウキ「ナツキ」
ワタル「時間がないんだ」
ナツキ「だから何なんだよ」
ユウキ「わたしがもう一度会いたいのは」
ワタル「はっ? 知らないのかよ」
ユウキ「ナツキ、あんただよ」
ワタル「ユウキが死ぬんだよ」



第四話
場面・ナツキの部屋

ナツキ「いやいや生きてるし」
ナツキ「なんか怪しいやつ来てるんですけど」
ナツキ「ねえユウキ?」
ワタル「時間がないんだ」
ワタル「頼む、開けてくれ」

『ドンドンドンッ』
玄関のドアが何回も叩かれる。

ナツキ「近所迷惑だろ!」
ワタル「どうせ近所付き合いねえだろ!」
ナツキ「何がわかるんだよ!」
ナツキ「つーかあんた誰だよ!」
ワタル「俺は」
ワタル「ユウキの夫だよ」
ナツキ「はいっ?」
ナツキ「頭おかしいの?」
ナツキ「聞いてるユウキ? 旦那とか言ってますよ」
ナツキ「なんで妹のわたしが知らないんだよ!」
ワタル「気付いてるんだろ」
ワタル「きみ一人だけそこで立ち止まってるんだよ」
ワタル「その部屋で」
ワタル「引きこもって」
ナツキ「何なの」
ワタル「ユウキは」
ワタル「就職先で上手くいかなくて」
ワタル「パワハラにあって」
ワタル「退職して始めた居酒屋のバイトで俺と出会った」
ワタル「結婚後、すぐにユウキの病気がわかって」
ワタル「でもユウキは言った」
ワタル「ナツキも大変だから言うなって」
ワタル「だけど、ナツキちゃん、きみは」
ワタル「ユウキの話を、ちゃんと聞いてあげたことがあったのか?」
ナツキ「何それ」
ナツキ「自分の挫折が、私に迷惑かけるってこと」
ナツキ「結婚が、プレッシャーになるってこと」
ナツキ「病気が、なに、どういうこと」
ナツキ「全然わかんないよ」

回想・ナツキの部屋

ユウキ「おうち時間が長いのも良いよね」
ユウキ「ずっと夏休みみたいでさ」
ユウキ「わたしもナツキと此処にいようかな」
ナツキ「え、狭すぎ。やめてくれない」
ユウキ「なんでよ、昔は姉妹一緒の部屋だったじゃん」
ナツキ「そうだけどさ。ユウキ、そっちは最近どう?」
ユウキ「わたし? 特に何もないかなあ」
ナツキ「そうなんだ。まあユウキは順風満帆だよね」
ユウキ「ナツキと変わらないよ」
ナツキ「そういうの、いいよ別に」
ユウキ「ママもパパも遊びに来たらいいのにね」
ナツキ「やめてよ」
ユウキ「ねえナツキ、幸せって何なんだろうね」
ナツキ「どうしたの? 真面目かよ」
ユウキ「あはは、確かにね」
ナツキ「幸せなんて真面目に考えるより」
ナツキ「一日中寝てたほうが感じるもんだよ」

ユウキの笑い声が聞こえる。

私は、私は、いったい────

場面・現在、ナツキの部屋

ワタル「タケウチも連れてきている」
ワタル「約束だろ、会ってもらえないか」
ナツキ「…………」

『ガチャリッ』
鍵が開く。

ワタル「……いいのか」
扉の向こう側、息を吞むのがわかる。

ナツキ「いいよ」
ドアが開く。

この人が義理の兄。
髭にパーマをかけた七三のロン毛。
ミュージシャンみたいな出で立ちで、
派手なアロハシャツが様になっている。

ナツキ「ユウキ、こういう人がタイプだったんだ」
ワタル「もちろん、ディスってないよな」
ワタル「それより」
ワタル「こちらがもう一度会いたいって言っていた」
ワタル「タケウチくんだ」

ワタルの後ろで青年が
おずおずと頭を下げる。

タケウチ「オオタさん」
タケウチ「ひさしぶり」

ナツキ「竹内くん……」

ワタル「良かったな」

ナツキ「じゃ、ないわ!」
ナツキ「マジで誰だし!」

タケウチ「え、タケウチですけど」
ナツキ「タケウチ違い!」
ワタル「おい、おまえ誰なんだよ」
タケウチ「へっ、だからタケウチ──」
ワタル「感動の再会は無し、予定変更だな」

ワタル「急ごう」
私は腕を引っ張られ、アパートの外へと出る。
三年もの間かたくなに閉ざしていた
世界への扉は、強引に
ユウキたちによって、
開けられてしまった。

ワタル「後ろ、乗って」
ワタル「少し飛ばすぞ」

ナツキ「あんたも偽物だったりして」
ワタル「誘拐か」
ワタル「金は持ってなさそうだけどな」
ナツキ「失礼かよ」
ワタル「俺は大坪渉、正真正銘ユウキの夫だよ」

ワタルはスマホで、二人が仲睦まじい様子の写真を見せた。

ワタル「信じたか、じゃあ行くぞ」
私はヘルメットを被ってバイクの後部座席にまたがる。

『ブオォォッ、ズドドドッ』

風を切ってバイクは走る。

ワタル「総合中央病院だ」
ワタル「そこにユウキはいる」

久々に感じた風は、ねっとりとして生温かった。

ナツキ「ユウキは」
ナツキ「死なないよね?」
ワタル「…………」
ナツキ「ねえ」
ワタル「ユウキは」
ワタル「絶対大丈夫だ」
ワタル「信じよう」

排気ガスとロードサイドの飲食店群、
照りつける太陽に自分の透けてしまいそうな薄白い肌。
街の風の匂いも生命の息づかいもごちゃごちゃとしていて
すぐにでもむせそうだった。

ワタル「どうだ、久しぶりに外へ出た気分は」
ナツキ「今のところ最悪だね」
ワタル「そんなもんだよな」
ワタル「世界なんて」

場面・病院

バイクが止まる。
ワタル「着いた」
目の前の病院は巨大な冷蔵庫のように無機質で
命の気配がそこかしこの扉の隙間から漏れ出していた。

ワタル「ちょうど二時間。走ろう」

ワタル「なあ一個聞いていいか」
ナツキ「なに」
ワタル「さっきのタケウチ」
ワタル「あいつは結局誰だったんだ?」
ナツキ「こっちが聞きたいよ!」
ワタル「だよな。あと、もう一個だけ、いいか?」
ワタル「本物に会えたとして」
ワタル「なんか伝えたいこととかあったのか」
ナツキ「いまそんなの考えられないよ」
ワタル「だよな」

入口を通り抜け、階段を大股で駆けあがる。
息を切らせながら病室の前に着くと、
知った顔がいた。

ナツキ「お母さん、お父さん……」
父「ワタルくん。……ナツキ、なのか?」
両親に会うのも三年ぶりだ。
母は父の胸にうずくまるようにして泣いている。
ナツキ「本当、なの?」
ワタル「ユウキィィ!」

病室のベッドで、
ユウキは息を引き取っていた。
穏やかな顔で、
ただ眠っているだけのように
私には見えた。

ナツキ「何してんだよ」
ワタル「ユウキ……ナツキちゃん連れてきたよ」
ナツキ「おい、起きろよ!」
ワタル「遅くなって……ごめんな」
ナツキ「起きろよ!」
ナツキ「起きろ!」
ナツキ「ねえ起きてよ!」
ナツキ「ユウキ……」



第五話
場面・病院、病室

ワタル「シンプルに会いに行ったほうが」
ワタル「いいんじゃね?」
ユウキ「それだとナツキは変わらないよ」
ワタル「でもさ」
ユウキ「あのこが自分から外へ出ることが大事なの」
ユウキ「それがわたしの最後の使命」
ワタル「最後って」
ユウキ「ワタル、こんなこと頼むのもあれだけど」
ユウキ「ナツキをよろしくね」
ワタル「やめろよ」
ユウキ「ところでどうやって探すつもりなの?」
ワタル「ジャアーン! 卒業アルバム」
ユウキ「普通だね」
ワタル「なんだよ。せっかくお母さんに借りてきたんだぜ」
ワタル「なあ見て。タケウチ多くね?」
ワタル「どれだと思う? タケウチって苗字にはマーカーで丸をつけてる」
ユウキ「ナツキに怒られるよ」
ワタル「大丈夫だろ」
ユウキ「あんた女子にも丸つけてるじゃない」
ワタル「タケウチマイコは」
ワタル「さすがに違うか」

場面・別の日 病室

ユウキ「辛い」
ユウキ「もう嫌だ」
ユウキ「なんで私」
ユウキ「死ぬのは」
ユウキ「怖い」

病室の窓から見える外の世界は、
鮮やかな色彩で、
光に満ちていた。

『ガチャッ』
ワタル「おお、起きてた」
ユウキ「公園でも行きたいね」
ワタル「元気になったらな」
ユウキ「……最後の晩餐ってあるじゃん?」
ワタル「今日で世界が終わるとしたら何食べたいってやつだろ」
ユウキ「唐揚げとか蟹ざんまいとか」
ユウキ「好きなものがポーンっと思い付くのかと思ってたの」
ユウキ「でもさ」
ユウキ「ワタルが作ったベチョベチョの焼きそばとか」
ユウキ「ナツキと食べたコンビニのアイスとか」
ユウキ「思い出と一緒に、思い付くんだよね」
ワタル「毎日持ってくるよ」
ユウキ「ふふ、でも最後に会いたい人はそんなにいないね」
ワタル「頻度の問題だろ。家族や親友は長く時間を過ごしたんだ」
ワタル「毎日チャーハン食ってりゃ最後も欲しくなるのと一緒」
ユウキ「本当かなあ。その理屈」
ワタル「タケウチも早く見つけないとな」
ユウキ「そうだね」

ワタルが帰ると病室が静かで心細くなる。
夜は、闇を連れてきて心も暗く染めていくのだ。
彼が置いていったナツキの卒業アルバムを
パラパラとめくる。
ナツキが楽しそうに写っている写真は
全くない。
ユウキ「わたしのせいだよね」
もっと妹にしてあげられることはあったんじゃないか。
今となってはそう思う。
竹内くんに会えたら嬉しいだろうか。
ナツキの笑顔を思い出す。
産まれた時から知っているのだ。
たとえ卒業アルバムに載っていなくても
簡単に思い出せる。
もう、ナツキに会えないかもしれない。
この一週間で自分の身体が急速に弱っているのが
痛いほどにわかった。
アルバムをめくっていた手が止まる。
ユウキ「タケウチアキラ……」
ユウキ「何だろう、ここだけ読まれたあとがある気が」
姉の勘だった。SNSで検索してみる。
出た。
マチュピチュを背景に、笑顔の彼がいた。


場面・ナツキの部屋

『ドンドンドンッ』
ワタル「おーい起きろ!」
『ドンドンドンッ』
ナツキ「うるせえな、起きてるっつーんだよ」
ワタル「小さな荷物とかは、俺の車で運んでいくからな」
ナツキ「はいよ」
ワタル「ん、名残惜しいのか」
ナツキ「そりゃあね、三年以上住んでたわけだし」
ワタル「ま、いいんじゃねえの。仕事も見つかって」
ワタル「新しいスタートだろ」
ワタル「じゃあ早速積んでいくから」

あの日、ユウキが死んで、
ワタルさんは海が見える街で珈琲屋を始めた。
私にはちょくちょく連絡をくれる。
ユウキのようで本当に鬱陶しい。
私は、数か月をかけてゆっくり気持ちを整理した。
絶対大丈夫だ、とよくユウキは言った。
そんなことはないと今でも思う。
でも、生きている限りは、もしかしたら
絶対大丈夫、なのかもしれない。
私はまだ生きている。まだ始められる。
重い腰を上げて、好きなゲーム会社の面接を受けた。
奇跡的に受かった。事務のアルバイトだったけどそれでもいい。

カーテンを外した窓から、外を覗く。
窓を開け放つと心地よい風が室内を駆ける。
見慣れた風景は色を変え、私を送り出してくれた。
雲間に光が差し込み、
色褪せた公園の遊具さえヴィンテージのように見えた。
ナツキ「ユウキには」
ナツキ「こんな風に世界が見えていたのかな」
ワタル「おい、ナツキちゃん!」
ワタル「ポストにこれが」
ナツキ「手紙?」
ワタル「差出人の名前ないな」
ナツキ「何だろう、胸騒ぎがする」
封を開けて、中身を読む。
私は気付くと走り出していた。
その姿はきっと変わらず不格好に違いない。

場面・外

ユウキ「ナツキへ」
ユウキ「この手紙を読んでいるってことは」
ユウキ「お姉ちゃんの勝ちだね」
ナツキ「ユウキ何で?」
ユウキ「わたしはどうやらそこにいないみたいだけど」
ユウキ「ナツキは絶対大丈夫」
ユウキ「あんたが辛い時、悲しい時」
ユウキ「わたしはそばで見守っているから」
ユウキ「忘れないで」
ナツキ「大丈夫なんかじゃ、ないよ」
ユウキ「本当はもう一度会って伝えたかったよ」
ユウキ「うまれてきてくれてありがとう」
ナツキ「わたしは、何も言えなかった」
ユウキ「この手紙はあんたが会いたがってた竹内くんに託しました」
ナツキ「聞いてないよ」
ユウキ「だから、この手紙がちゃんと届いたなら嬉しい」
ユウキ「もう一度、会えるね」
ナツキ「ユウキには、もう会えないよ」

手紙はそこで終わっていた。
ナツキ「ありがとう」
ユウキ、そこにいるんでしょ。
今さら遅いけど、でも。ありがとう。
私は竹内くんのもとへ、走って走った。
彼にもう一度会って伝えたい。
「ありがとう」と言いたい。
そうしてはじめて、
引きこもっていた自分も、
ユウキがいないことも、
全部受け入れて進めそうな気がする。

何であの日、
久しぶりに会えた彼に対して、
知らない素振りをしてしまったんだろう。

部屋に閉じこもっている私を、
見てほしくなかった。
自信がなかった。
でも今は、
今なら──

私は、走った。
不格好でも構わない。
誰に笑われようと、
会いたい人と会えない人が
私を強くする。

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