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”はたらく”ではなく、”はたらき”で考える

少し前のことになるが、マイナビアートスクエアで開催された「はたらくって何だろう?」というイベントで、美学者の伊藤亜紗さんが「”はたらく”という動詞ではなく、”はたらき”という名詞で考えたら楽になる。」ということを話されていた。元々は、歴者学者の藤原辰史さんの言葉とのこと。

今日はこの”はたらき”について考えてみたい。


”はたらき”は自分で見出せる

伊藤亜紗さんは、「自分は何らかの”はたらき”が出来ていると感じられるときは、ウェルビーイングにはたらけている状態なのでは。」とも話し、海外のある研究を紹介していた。

大きな病院で聞き取り調査をしたときのこと。ポーターという、手術の道具を運ぶだけの仕事をしている人が、非常に自分の仕事に満足しているということがわかった。

ポーターは、病院組織の末端の人たち。何の権威もない業務だが、道具を運ぶ過程で、ポーターは患者とたくさん話をしていて、もしかしたら患者の日常を医師よりもよく知っているかもしれない。

ポーターには、自分との会話が患者さんを元気にしている実感があるという。つまり、病院の「患者を元気にする」というミッションに対して、自分が何かしら作用しているという自覚があるのだ。それゆえに、やりがいをもってはたらくことができている、という論文があるそう。

自分のポジションや決められた業務から離れたところでも、自分の”はたらき”を見出すことはできる。そしてそこに、どれだけ裁量を持ってはたらいているかは関係ない。加えて言うなら、自分の”はたらき”を認めてくれる人が周囲にいれば、とてもウェルビーイングに働けそうだ。

はたらく=人間、はたらき=微生物

この話を聞いてから、他にどのようなところで”はたらき”を感じられるか、考えていた。そんなとき取材に伺ったのが、Rose Walk Gardenersさんだ。

Rose Walk Gardenersさんは、川崎市宮前区で活動している団体。ゴミがたくさん捨てられていて、通るのを敬遠するような有馬川沿いの道路をバラの咲く道に変身させた。その活動が元となり、今では周辺の公園のあちこちで、落ち葉コンポストをつくる活動もしている。

Rose Walk Gardenersさんの記事を書いている最中は、何度も”はたらき”という言葉に出会った。落ち葉を堆肥に変えるのは、土にいる微生物たち。彼らの”はたらき”で、落ち葉が発酵し、腐葉土ができる。

人間界では、自分たちの活動を”はたらき”と表現することは少ないが、微生物界では”はたらき”という言葉が当たり前に存在することに気づいた。

住みやすい街は、誰かの”はたらき”で出来ている

そして、Rose Walk Gardenersさんたちの活動もまた、地域という生態系で欠かせない”はたらき”をしている。殺風景な道路を美しい風景に変えたり、公園に花を植えたり、住んでいる人たちが気づかないところで、街を住みよく整えてくれてる人たちがいる。これは地域に対する立派な”はたらき”だろう。

私たちの暮らしは、誰かの”はたらき”で支えられているのだ。「住みやすい街」というのは、そういう誰かの”はたらき”が活発な街のことを言うのだろう。

有機的に繋がり始める”はたらき”

さらにここで、ポーターにはない視点に気づいた。時間軸のことだ。1つは宮前区という、エリアで見た時間軸。

取材で訪れたRose Walk Gardenersさんの活動には、周辺エリアで花壇づくりのコミュニティを25年続けている人、里山の保護活動を20年続けているという人も駆けつけていた。

こうした先人たちが、宮前区という土壌をふかふかにしてくれていたから、Rose Walk Gardenersさんの活動も生まれたのかもしれない。地域における”はたらき”も、発酵のようにむくむくと増殖していくものなのかもしれない。”はたらき”は長い目で見てみることも必要だ。

長い期間に熟成される”はたらき”

もう1つの時間軸は、Rose Walk Gardeners代表の大島さんという個人の中の時間軸。

大島さんは以前はご夫婦で自転車屋さんをされていた。今は自転車屋さんは閉店されているが、その頃から開いていた、トールペイントの教室は続けられている。

一番身近な乗り物である自転車。空気を入れさせてもらったり、パンクを直してもらったり、ブレーキの調子を見てもらったり。何かと街の人が立ち寄ることの多いお店だ。(今はそんな自転車屋さんも減ってしまったけれど。)

大島さんがRose Walk Gardenersを通じて発揮している、地域の人同士を繋げる力は、きっと自転車屋さんやトールペイントの教室で育まれてきたのだろう。

そうすると、自分が得意な”はたらき”というのは、やっていることは変わっても、自分の中でそう簡単には変化しないもののようだ。最初のポーターの例でも、ポーターの見た目の仕事と、自覚している”はたらき”はまったく別のものだったように、あまり表面上の仕事とは関係ないのかもしれない。

そう考えると、いかに自分の”はたらき”を活かせるか?という視点で、環境を選ぶことも大切だとわかる。

時間軸を変えて”はたらき”を考えてみる

ポーターの事例とRose Walk Gardenersさんの事例を考えてみると、”はたらき”とは、目で見たり測ったりすることができないもののようだ。つまり、数値による評価からは自由だということ。

そして日常の中にあって、じんわり効くもの。ポーターさんのおしゃべりも、街の中のみどりが増えたり、地域の人同士が繋がる活動も、すぐに何かの効果をもたらすわけではないが、ないと困る。ゆっくり長く持続的な効き目がある”はたらき”だ。

でも、菌の中でも即効で効き目が出るものや、その逆もあるように、人の”はたらき”にも、スピード感があるものも、そうでないものもあるような気がする。

私は、家族の中で、組織で、地域で、どんな”はたらき”をしているのだろう。自分の”はたらき”はじんわりタイプか速攻タイプか。そんな視点も”はたらき”を考えるヒントになるのかもしれない。

▼取材したRose Walk Gardenersさんの記事はこちら


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