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【特別講義】 大学講師が、学生から8つの魅力的なアート作品を教えられた話。

友人Kから特別講師の依頼を受けた。
彼は大学で「芸術論」を教えていて、次回の授業でプレゼンバトルをするのだと言う。各学生のプレゼンに対して、クリエイターの視点から講評をしてほしいとのことだった。

ルールはこんな感じ。
8人の学生は各自、自分の好きな芸術作品をプレゼンする。授業後、友人、私、学生たちが最優秀プレゼンに対して投票。最も「その作品を見たい、読みたい」と思わせた学生が勝者となる。

つまり、作品についての単なる情報の羅列では評価されない。その作品の“魅力”の説明や、自分がそれを推す“理由”、“熱量”といったものが問われるのだ。

学生が紹介してくれた8つの作品があまりにもバラエティに富んでいて、私自身、とても刺激を受けたのでnoteで紹介したくなりました。各プレゼンに対する私のフィードバックも添えて。
(学生のプレゼン内容については割愛)



ミュシャ 「椿姫」上演ポスター

最初の学生(A子さん)のプレゼンはこのポスターだった。
ミュシャはチェコ出身のグラフィックデザイナー、イラストレーター、画家。ポスターのモデルは舞台女優サラ・ベルナールで、この衣装もミュシャ自身がデザインしたものだ。
ミュシャのことは多少知っていたけど、こうして改めて見てみると、実にファッショナブルなポスターである。
「LA DAME AUX CAMELIAS」のタイトル等、文字に施されたレタリングも見事で、ミュシャのトータルなアートディレクションを感じることができると思う。
このような可憐なポスターとは対照的に、2017年に国立新美術館で見た「スラヴ叙事詩」は恐るべき超大作シリーズだった。

A子さんへ
ミュシャはなぜか女性に人気があります。A子さんがお話されたように、パステルカラーの優しい雰囲気と美しい模様に秘密があるのかもしれませんね。
他の演劇ポスターとの違いを質問しましたが、「イメージに徹しているところ」という答えが印象的でした。
私が演劇ポスターを作るとすれば、やはりイメージビジュアルと作品タイトルしか入れないと思います。あとはQRコードぐらいかな。

私から学生へのフィードバック(以下同様)


モネ 「印象・日の出」

次の学生(B子さん)のプレゼンはこの絵画。
クロード・モネはご存じ、大メジャーな画家である。中でも1872年に制作されたこの絵は、「印象派」という名前の由来となったことでも有名。
シンプルなのに、いろいろとストーリーを想像させる絵だ。
「日の入りを描いた作品だ」という説もあったらしい。その後の研究で、画中の水門や太陽の位置などから、風景は港の南東と判明。現在では「日の出」であることが確定している。
私の印象はなんとなく「日の入り」なんですけどね。印象・日の入り…。
そして今週、モネに関するこんなニュースが世界を駆け巡った。

B子さんへ
B子さんは空のグラデーションの美しさに魅了されたとのこと。私は水面に映る朝日に魅かれました(単純!!)。
実はこの絵の現物をパリのマルモッタン美術館で見たことがあるのです。近くで見るとその朝日はそっけないほどの線で描かれており、絵全体のサイズも想像よりずいぶん小さい。
“印象派の起源”という情報が、私の中で絵を大きくしていました。 B子さん、いつかパリでご覧あれ。


ソローリャ 「Mother」

続いて登場したのがこの絵画。作者はホアキン・ソローリャ。スペインの画家だそうだが、私は全く知らなかった。
後日、画像検索してみた。海辺と太陽光と人々を描いた作品群に、私は強烈なインパクトを受けた。

「画家は太陽光を本物そのままには描けない。私ができるのはその真実に近づくことだけだ」(ソローリャ)
この画家は「白」の使い方がとても美しいと思った。作品によって静謐な白もあれば、クリーミィで躍動的な白もあって…。日本で展覧会があれば、ぜひ実物を見てみたい。

C子さんへ
作者もタイトルも明かさず、「まずこの絵を見てください」というC子さんのプレゼン手法がすばらしかった。
「白という色が好き」という作品選択理由も潔い。
モデル撮影をする際、強い光で影を作る場合と、柔らかな光で影を作らない場合があります。この絵は後者ですね(現場では、光をまわす、と言ったりします)。
C子さんが言うように、白いトーンに包まれた母子には、何か神聖なものを感じます。


河鍋暁斎 「百鬼夜行」

「暁斎百鬼画談」より

この画家、自らを「画鬼」と称した。妖怪を描くにふさわしいニックネームではないか。
けれども調べてみると、驚くほど多彩なモチーフを描いていることがわかった。昆虫や蛙、鼠や猫といった小動物から、猿、からす、象、その他諸々の生き物、果ては遊女、幽霊から観音様まで。
浮世絵や西洋画に至るまでの画法を研究し、同時に仏画や山水画などの伝統的な画題から、戯画や風刺画まであらゆる主題に精通したという。
確かにある意味、鬼かも知れぬ。

J男さんへ
コミカルな日本絵画としてまず思い浮かぶのは、鳥獣戯画や北斎漫画。こんな楽しい妖怪の絵があるとは存じ上げませんでした!! 
調べてみると妖怪は、暁斎、北斎の他にもいろんな絵師が描いています。国芳、芳年、石燕から現代の水木しげるまで。J男さんにはぜひ、彼らを含む妖怪大全集のレポートを期待します。
ちなみに関係ないけど、椎名林檎のライブDVD「百鬼夜行2015」は名作。

そして今たまたま、こんな展覧会を見つけました。
河鍋暁翠展 ―父・暁斎から娘へ、受け継がれた伝統―
https://s-migishi.com/tokubetsu.html
2022年10月22日(土)〜12月4日(日) 


近路行者きんろぎょうじゃ 「英草子はなぶさそうし

この写真は第一巻

1749年(寛延2年)に出版。全五巻に九編の短編を収める。
プレゼンに選ばれたのは第四巻。三人姉妹の遊女の物語である。
長女は一途な女性。死後、愛した男の家に自分の髪を送り、祖先の墓のそばに埋めてもらったほど。
次女は奔放な女性。身請けされて半年も経たないうちに仮病を使って逃げ出し、遊女道を貫く。
三女は義侠心の女性。自分のために死んだ男の仇を討ち、姿を消す。
江戸時代、この物語を人々はどんな思いで読んだのだろうか。
ちなみに作者、近路行者の本名は都賀庭鐘つがていしょう。「雨月物語」の作者、上田秋成の師としても知られる。

E子さんへ
今回のプレゼンバトル唯一の小説作品ということで、まず興味をそそられました。
プレゼン用のスライドに血痕のようなデザインがあり、この物語の世界観を表しているように感じました。
「英草子・第六篇 三人の妓女趣を異にして各名を成す話」というタイトルが示す通り、三姉妹の遊女、それぞれの生き様を描いた作品。
もし映画化するとすれば三姉妹にどの女優を当てるか、E子さんに聞いてみたいところです。


高畠たかばたけ華宵 「海に来て」

華宵便箋原画 (大正末~昭和初期)

大正のイラストを令和の目で見る。
もちろん「カワイイ!!」「キレイ!!」という(令和的)感情は起きない。そこに漂う大正的な“妖しさ”が気になってしまい、水着の彼女に近づけないのだ。
高畠の描く少女・少年は、現代の少女漫画のように目がキラキラしていないし、私に向けて明るく微笑んでもくれない。かと言って、ツンデレで気を惹こうという作意もない。
会いに行けるアイドルではなく、手の届かない所にいる映画スター。それが高畠の理想とする“美”であり、大正の読者が求める少女・少年だったのであろうか。

F子さんへ
「なんとも不思議な絵だなあ」というのが第一印象でした。授業中に話題になったイエロースペースに加え、この女性の虚ろな表情が特に。
高畠華宵は中性的な作風が特徴ですが、身の回りの世話を内弟子の美少年にさせるなど、ご本人もかなり“ジェンダーレス”だったようです。
人前で話すのは苦手とおっしゃっていたF子さん、とてもわかりやすくて、いいプレゼンだったと思います。


藤本タツキ 「ルックバック」

この漫画は2021年7月19日、集英社が運営する漫画アプリ「ジャンプ+」にて公開された。ジャンプ+史上初となる、1日で閲覧数250万を突破する大ヒットを記録したという。
冒頭の部分だけ、漫画サイトの試し読み機能を使って読んでみた。主人公の藤野と京本が出会うところまで。意外だったのは二人が女の子だったこと。
ほんの数ページの間での時間経過や、京本に翻弄される藤野の感情変化など、興味深い表現がたくさんあった。
これまで縁のなかった漫画サイトというものを体験できたことも、私にとっては大きな収穫だった。昨今は映画を2倍速で見る人もいると聞くが、私の場合、紙であれPCであれスマホであれ、漫画は0.7倍速ぐらいで読みたい。

G子さんへ
この漫画の優れたところは、「物語の構成力」や「奇抜なキャラクター」とのことでした。
ただ、それだけなら他の漫画にもあるはず。それ以外の差別化ポイントを、G子さんが「無音によって生まれるリアルな感情表現」という一行に集約できたことで説得力が増しました。
さらに具体的なシーンを提示して、擬音・効果音がない効果を証明。“引き算”の重要性を再認識させられました。


宮島達男 「Time Waterfall」

2016年に発表された現代アート、しかも超大型の光インスタレーション作品である。1から9までの数字が、香港ICCビルの前面を滝のように流れ落ちる。
それにしても数字というのはなぜこうも美しいのであろうか。
九つしかない文字の連なりには(宮島は0は使わないらしい)、何か真理であったり、生命であったり、宇宙、そういったものを想起させる力があるように思う。
すっかり忘れていたが、宮島の作品を実は私はすでに直島なおしまで見ていたのだった。それは古い日本家屋の中にあった。閉ざされた暗闇の底に広がる水面には無数の数字が浮かび、点滅していた。作品名「Sea of Time ’98」。
ちなみにいま現在、私のデスクの上にある時計は11:59:42。

L男さんへ
カウントダウンする数字が降ってくる高層ビル。私はそこに“死”を感じました。
と同時に、美しさも…。
作者は死を美化しているわけではないと思うので、「死=限りある生」の美しさを都市に建設したのだろうか。L男さんはどう思われますか?
ちなみに映画のエンドロールは通常、上に昇っていきますが、「セブン」という作品では全ての人(出演者やスタッフ名)が次々と下に落ちていきます。あれはコワい。



今回の講義についての総評をどうまとめるか。悩んだ末に、私は次のようなメッセージを贈りました。

最後に。(学生の皆さんへ)
K先生による1年間の講義は芸術鑑賞をベースとした、いわゆる一般教養的な科目であり、実社会とは切り離されたものと見られがちです。
けれども、語学やマーケティングなどと同様に、この講義も今後の皆さんの社会活動や仕事において必ず役に立つはずです。
なぜなら、深く思考・想像すること、それを言語化すること、相手の立場にたって説明することは、どんな職業においても必要不可欠だからです。
後期もぜひ友人Kの講義にお付き合いくださいませ。そして思う存分、自分なりに楽しんでください。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。chihalix

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