真っ白なキャンバス
オーストラリアに移住してきて13年目。日本人美容師夫婦と8歳、6歳、2歳の3人の男の子を持つママこと、モンブランです。
だんだんと緩和が続くメルボルンですが、3か月も自粛生活が続いた結果、以前の生活様式を忘れてしまっているようです。
一旦、ひきこもると外に出れなくなる気持ちをなんとなく理解しました。
別に外に出なくても生きていける。
今は、そういう気分です。
子どもの学校の送り迎えや末っ子ケンちゃんを連れての散歩はほぼ義務なのでしますが、それ以外の事となると、
「今日は風が強いからやめよう」とか「今日は寒いからやめよう」とか色々と自分で理由をつけて、家に引きこもるのが当たり前になってきました。
そして、コロナ前は買い物も週1回と決めてなかったし、足りなかったら買い増したり、水曜日は何人かのママ友と公園へ行ったり、木曜日は児童館に足を運んだり、土曜日はダンスに連れて行ったりしていたが、今では何も予定がない。
朝起きて学校に連れて行って、散歩して、ランチ食べて、お昼寝して、ブログをかいて、学校に迎えに行く。
晩ご飯の用意をして、食べて、お風呂に入って寝る。
そうやってただ毎日が過ぎていく。
真っ白なカレンダー。
来月は次男スネ夫の7歳の誕生日だ。
ケーキに招待リスト、パーティーメニュー、来てくれたお礼の品など、何週間も前から準備するのだが、今年はそんな気にもなれない。
アパートの共同プールとスパもいつになったら、開くのかの予測もたっていない。
しかし、この真っ白なカレンダーに予定を書き込むのは他の誰かではなく、私だ。
私がこのカレンダーに書き込まない限り、真っ白なカレンダーからは卒業できない。
なんでもいいから、書き込みをしてみよう。
そうだ、毎週金曜日はムービーナイトといってネットフリックスを見ながら、ご飯を食べる日だ。そして、今日は金曜日。
ポップコーンを作ってみよう。
そして、ムービーナイトとカレンダーに書き込もう。
就職をして、毎日忙しく仕事をしていた人が、子育てで急に時間ができてしまった。
そういう人こそ、時間の使い方を知らない。
大きなお腹を抱えながら、ゆっくりとした時間を過ごし、やっと、、お腹がぺちゃんこなったーって思っていたら、大きなお腹の方が楽だったことに気づいた日。
服も着替えず、鏡も見ず、髪の毛もとかずに部屋の中にいる赤ちゃんと向き合う日々。
少し前までは、毎日着る服を選び、メイクをして、髪の毛を巻いて、鏡だらけのフロアーに立っていた。
達成感も気持ちいい疲労感もなく、ただただ、時間だけが過ぎていくような錯覚をおこす。
昨日よりも、今日の方がいい日にしたい。
でも、昨日の方が良かったと思える日がやってきた。
今までの自分が信じていたものが、崩れる。
それでも、毎日生きていくことに必死。
無力感に襲われる。
それでも100日や、半年、1歳のイベントがやってきて、その度ほっと胸をなでおろす。無事成長している我が子を見て、自分がしてきた、育児という答えがないものの答え合わせをしている。
これで良かったのか?良くなかったのか?
いつになったらわかるのだろう?
そんな不安を抱えながら、今日も生きている。
2歳のを迎えたばかりの子供。
少しの間一人で遊べるし、意思疎通もできる。
掃除、洗濯、晩ご飯の用意もできる。
しかし、何か物足りない。
いつも、家には3人子供がいる。平日の日中末っ子ケンちゃんと2人きり。
私は時間の使い方がわからない。
真っ白で生まれてきて、自分で、自分の人生に色を付けていく。
なんでもいい。どんな色でもいい。好きなように描けばいい。
ただ、真っ白なままではなく、人生には、色というスパイスがあった方が、楽しめるように思う。
私は、色んな色を加えてきた。そして、少しの間、筆をおいた。すると、筆の場所を忘れた。やっとみつかったときには、筆を持つ手が震えていた。
あの頃のように、色んな色を目の前にして、ワクワクするのではなく、すこし、おびえている自分がいる。
自由に描いていい。
自由って何だ?
そう思えば思うほど、筆を持つ手は震えが止まらない。
しかし、自分の人生に色を足してくれる人はいない。自分でしか描けない。
端っこの方から、少しづつ書いてみよう。
そして、何も考えず直感でゆっくり今日の気分で色を決めよう。
だって、まだまだ人生は長いから。
もし、子育て中のお母さんがこんな風に思ったら、一人じゃないよ!!私もいるよ。同じ気持ちの人ここにいるからね。って私だけだったらどうしよう⁉︎
私の海外育児生活や今までの人生、家族、趣味について(すべて事実)をnoteに全部書いています。そして、少しでも私の記事がお役に立つことを願っています。サポートしていただいたお金は、母に軽自動車を買う費用にあてたいと思っていますのでよろしくお願いします。私に親孝行させてください。