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#1 コロナ禍で実践される病院のアート・プロジェクト –病院のアートディレクターたちが語るアート–

 新型コロナウイルス感染症の拡大により、病院内では緊張感の高い状況が続き、家族による面会、ボランティアやアーティストらによる活動も制限されています。こうしたなかで、アートディレクターやコーディネーターが配置されている病院では、継続的に活動を実施しているだけでなく、今だからこそ、患者さん、家族、スタッフに必要とされる環境づくりや企画を実践しています。トークイベント「コロナ禍で実践される病院のアート・プロジェクト」では、3つの病院が取り組んでいるプロジェクトを紹介するとともに、各活動がどのような意義を持つのかを、病院経営者とアートディレクター/コーディネーターに話していただきました。本記事では、トークイベントの内容をまとめてお届けします。
 本編では、各病院で働くアートディレクター/コーディネーターの視点でプロジェクト内容を紹介し、後編では、病院経営者を交えたディスカッションの内容をお届けします。

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室野 愛子/耳原総合病院 アートディレクター 

病院職員とつくるアート
 大阪府堺市にある耳原総合病院は、70年前、住民の100円のカンパによって民家の中2階に生まれた実費診療所がはじまりです。お金の代わりに卵をもらって、貧しい住民の診療にあたるなど、誕生時から健康格差と戦ってきた病院です。アートが導入された経緯ですが、2年目の看護師が「病院にアートを入れてほしい」と当時の病院長だった奥村伸二先生に直談判したことがきっかけでした。

 最初に取り組んだのは、病院新築をひかえて実施した「新病院を想う・創る」というワークショップです。これは、職員が「どんな病院をつくりたいか」を3元色のシートに書いて貼っていくと、病院のシルエットが出来上がるといった、シンプルな企画でした。こうした想いを受けて、新病院のエントランスや外壁など院内にアートを展開し、「希望のともしびプロジェクト」を実施しました。全階のエレベーター向かいの壁面には、扉が開くと、絵本が開くように、耳原総合病院の理念や歴史が込められた絵が現れる「虹色プロジェクト」があります。これは、「絵本の扉を開くワークショップ」で地域住民や職員と一緒に考えて描いたものです。このように、当院では、職員みんなが参加しなければ、完成しないというスタンスでアートを実践しています。

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地域住民、職員らと描いたEV前壁画 / 6階の『太陽と希望のバトン』

  このころ、東日本大震災の影響で、資材が高騰していました。コストを抑えなければいけない時期にアートを導入したんです。当時、職員たちからの反対も多くありましたが、病院が建った後は、白い空間だったICU(集中治療室)やオペ室の担当職員がなんでうちにはないの?と半分怒りながら来てくれました。「なんで、アートなんか入れるんや」から、「なんで、アートがないんや」へ変わっていったんです。

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「見守りの樹」と職員が名付けた壁画制作の様子/オペ室

アートの企画と運営 当院には、アート活動の運営を担うアートセクションがあります。ここには、私を含め、広報兼アートディレクター、パフォーミングアーティスト、イラストレーター兼デザイナーの4名が在籍しています。新しい企画は、「アート委員会」のなかで、①病院理念の顕在化、②社会包摂、③業務改善、④ES(Employee Satisfaction=従業員満足度)とCS(Customer Satisfaction=顧客満足度)の向上、という4つの観点に基づき、検討します。個人の思い付きで装飾されるということではなく、予算や時節も含めて、病院の方針として意義があるかという観点で検討して、委員会の審議を通過した企画は、事前・事後アンケートを取って評価し、次の活動につなげています。

「もうコロナはいいんや!アートをやれ!!」
 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、私たちも「アートプロジェクトをしていて、いいのか」という罪悪感のようなものを感じてしまい、新型コロナウイルス感染症に関する情報を分かりやすく伝えるリーフレットの作成など、デザインを中心に頑張っていました。そんなとき、奥村前院長が 「もうコロナコロナって、アート部門までコロナはいいんや!アートをやれ!!」と言って、私たちのお尻に火をつけてくれたんです。

 そうして、まず最初に行ったのが、空の写真を職員や患者さん を含む広く一般市民に募集して院内に展示する「クリアスカイプロジェクト」で、ICU(集中治療室)やER(救急救命室)の廊下からはじめました。みなさんの携帯にも、きっと空の写真はあると思いますし、窓を見たら、空はありますよね。誰でも簡単に参加できるものとして考えたのが、この企画です。「自分の写真が飾られているのが、嬉しい」という声や、「頭が割れるほどしんどいけど、これを見ている時間は、楽しい」と言ってくれた医師もいました。

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職員が発散できる場づくり
 病棟職員のバックヤードには、「耳原アマビエ」と名付けたアートがあります。これは、職員が、自分の気持ちを自由に発散できる掲示板のようなものです。はじめは、「みんな大好き」「頑張ろうね」といったメッセージが多かったのですが、次第に「コロナなんて、くそくらえ!」や「スーパーでは、サーロインが売り切れていました」なんてものも出てきました。

  こういった空間は、ERの救急車受け入れ通路にもあります。ERは新型コロナウイルス感染症への対応もあり、一段と緊張状態を強いられています。そういった現状に共に立ち向かう救急車の救急隊員さんに、「なにかしたい」という想いから、ERの職員と救急隊が相互にメッセージを書くようになりました。「いつも本当にご苦労さまです」「目指すものは一緒。みんな頑張りましょう」といった言葉から、「耳原を思うだけで、ご飯3杯いけます」「子どもができたら、耳原と名付けます」といった大阪ならではの笑わせるものまで。正直、アートとしてのクオリティーはそこまでじゃないかもしれませんが、現場の仲の良さやチームワークが伝わってくる掲示板になってきました。

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入院患者と家族をつなぐ院内ラジオ
  あとは、入院患者さんとご家族の面会ですね。会えないことで、ご家族の不安や寂しさも膨らみます。そこでアートチームができることとして、ご家族が、患者さんへメッセージと共に音楽を届けられる「ひかりの子ラジオ」を始めました。現時点では、患者さんが同室の患者さんに聴かせてあげたり、職員がリクエストしたりすることが多いですが、今後も創意工夫をしながら、この企画を広めていきたいと思っています。

アートを健康のお供に
  私の大きな夢は、アートという表現手段を「健康のお供」にできるような地域文化を形成していくことです。病気になったとき、人は、論理性を失ったり、言いたいことをうまく言葉にできなかったり、感情的になったりします。そんなとき、「雰囲気が優しくて、なんとなく安心するな」と理屈抜きで感じられる病院が怒りや不安を和らげます。そういった病院にしていく手段を職員一人ひとりが獲得すること、そして、そういった病院での体験を通じて、患者さん自身が、また職員自身も自分自身をホッとさせる手段を獲得することを目指していきたいです。

佐藤 恵美・松﨑 仰生/筑波大学附属病院 アートコーディネーター

大学病院ならではのアート活動
 茨城県つくば市にある筑波大学附属病院は、先端医療を提供する特定機能病院です。筑波大学芸術系には、絵画、彫塑、工芸、デザイン、書など14の分野があり、当院のアート活動では、こうした多様な芸術分野と多様な診療領域が関わり、教育や研究の場として実験的な試みを行っています。

 2002年にプロダクトデザインの教員と学生有志によって活動が始まり、2005年、大学の授業から院内でのワークショップや空間改善などに取り組む学生チーム「アスパラガス」が発足しました。2012年には、新病棟の建設に伴って他分野の教員も関わるようになり、それを機に「病院のアートを育てる会議」という月に一度の定例会や、病院と芸術系の調整役としてアートコーディネーターが設置されるなど、院内におけるアート活動の体制が整備されていきました。

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病棟に登場したコミュニケーションボード
 新型コロナウイルスの感染拡大以降、当院では、原則面会禁止の状態が続いていました。そのことにより入院患者さんには、閉塞感や不安感、職員には緊張感や疲弊感が見られ、芸術系の教員や学生の立ち入りも困難という状況にあります。4月上旬、ある病棟の看護師長から「面会禁止で病棟の閉塞感が高まっているので、アートに協力してもらえませんか?」と連絡がありました。そこで、連絡を受けてすぐ、病棟の壁にマスキングテープで窓型の掲示板を描き、そこにメッセージカードも用意ました。時間が経つにつれて、掲示板にはさまざまなメッセージが集まってきました。特に、患者さんから病棟職員への感謝の言葉が多く寄せられました。なかには「掲示板を通じて、自分と同じ病気で入院している他の患者さんの存在を知って、励みになった」という言葉もありました。

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アートワークショップレシピや新聞のお届け
 小児病棟の子どもたちに向けては、アートワークショップのレシピが複数提供されています。このレシピは、この病棟で毎週ワークショップを実施していた、アーティストの小中大地さんが制作したものです。院内でのワークショップができないなかで、子どもたちや家族に表現の楽しさを届けられないかと考えられました。手元に材料がなくても、レシピそのものをビリビリ破ることで工作を楽しめるなど、さまざまな病状の子どもたちが取り組みやすく、病棟の保育士の負担になりすぎない工夫がされています。

 学生の活動にも変化がありました。先ほども紹介した「アスパラガス」は、ワークショップの実施が難しいので、壁新聞のような通信を制作しています。この通信には、「患者さんや職員にとって、院外とのつながりを感じるきっかけや、明日のちょっとした楽しみになってほしい」という想いが込められていて、院内の各所に掲示していく予定です。

制限のなかでもできることを
 これまで院内での展示企画では、企画者が展示作業まで行っていたのですが、今はできません。そのため、この夏からスタートした、小児患者の保護者会主催の写真展「みんなの笑顔 2017夏祭り」では、被写体となった子どもたちのリハビリテーションを担当するスタッフたちが展示作業に協力してくれました。このように外部からの活動が難しいときだからこそ、職員がアート活動に参加するきっかけが増えたように思います。

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 関わっている学生や教員のなかには、「今、アートは必要とされてないかも」「むしろ、アートをやることは迷惑になるかも」といった声も聞こえてきます。それでも、アートを求める病院職員からの切実な声が私たちアートコーディネーターのもとに寄せられており、あらゆる制限のなかでも、自分たちがやれることを懸命に模索しています。

 今後もしばらくは、ウィズコロナの状況が続いていくと思います。アートコーディネーターとして、患者さんや病院職員、教員、学生をはじめとするアーティストの声を丁寧に聞き、協働しながら、院内にいるさまざまな人に寄り添えるアート活動をサポートしていきたいです。

岩田 祐佳梨/筑波メディカルセンター病院 アートコーディネーター

だんだんと院内に浸透してきたアート 
 筑波メディカルセンター病院は、救命救急センターや地域のがんセンターに指定されている病院で、筑波大学の敷地のすぐ隣にあります。2007年、筑波大学芸術系の教員や学生たちの作品展示から、院内でのアート活動が始まりました。当初は「治療する場所に、アートなんて必要ない」という批判もあり、関心をもつ職員も少なかったそうです。それでも、殺風景で冷たかった廊下が、学生たちの展示によってカラフルで生き生きした空間になり、患者さんやその家族から「ぜひ、続けてほしい」という声が寄せられると、次第に職員もアートの必要性を感じ、受け入れてくれるようになりました。

 2009年頃からは、患者さんが使用している物や空間を見直すプロジェクトに変化していきました。例えば、家族控室の改修プロジェクトでは、まず職員が「こんな空間だったらいいな」という自由な妄想を出し、それを学生たちが、その場でスケッチに起こしていきました。自分の言ったことがすぐに形となって表れるので、面白い妄想がどんどん膨らんでいくんです。そうやって集まったアイデアから生まれたのが、病院の喧騒から少し逃げ込めるような空間「つつまれサロン」です。

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アートコーディネーターの役割
 このように、「もっとこうだったらいいけど、どうしたらいいか分からない」という職員と作り手をつなぎ、両者の協働を支える役割として、2011年に、アートコーディネーターが配置されました。現在、私を含めて2名のコーディネーターが広報課にサポートしてもらいながら活動をしています。

 私は、病院でのアートプロジェクトを通して、医療環境にある本質的な課題を探っていくことが重要だと考えています。そのためには、企画をやるだけではなく、それをみんなで共有し、評価して、フィードバックしていくというサイクルが必要です。そのプロセスのなかで、アートコーディネーターは、医療者と作り手を媒介するインタープリター(通訳者)のような役割を担っています。

入院患者と家族をつなぐアートキット
 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、当院でも厳重な感染対策が取られるなか、まず職員から課題としてあげられたのが、入院患者さんとご家族の面会制限でした。そこで、アーティストの小中大地さんと一緒に、ご家族が、患者さんへの気持ちを柔らかく伝えられるようアートキットを作りました。このキットは、以前、小中さんが実施したワークショップ「気持ちゴブリンをつくろう!」をアレンジしたもので、ハート型の紙に顔をつけて「気持ちゴブリン」を作り、メッセージを添えることができます。現在、緩和ケア病棟に設置しているのですが、「家族から届いた作品をすごく嬉しそうにずっと眺めている患者さんがいる」「私たち職員もほっとする」と職員が教えてくれました。

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病院職員をモデルとした写真展
 それから、マスクやフェイスシールドによって、患者さんにとって医療者の表情が読み取りにくい現状や、病院全体の高い緊張感をふまえて、100名以上の病院職員の働くを撮影した写真展「病院のまなざし」を実施しています。そこには、大変な状況のなかで懸命に業務にあたっている職員の真剣なまなざしもあれば、患者さんに向けられた優しいまなざし、ユーモアあふれるまなざしが現場にはあります。写真展を通して、新型コロナウイルス感染症に向き合う病院の雰囲気や、職員の「人となり」を知ってもらうことで、少しでも患者さんの不安な気持ちを和らげ、病院で働くさまざまな職員に、敬意と感謝を示したいという想いがありました。患者さんからは「いつも真剣な職員の皆さんの笑顔の写真にほっとしました」、職員からは「かっこよく写る職員たちの姿に感動した」と声が届いています。

 今回、病院が大変な時期であるにもかかわらず、いろんな部署の職員が「ぜひ撮影してほしい」と協力してくれたのは、これまでの取り組みを通じて、多くの職員がアートやデザインに対する期待感や信頼感をもってくれていたからだと思います。また、写真というのは、ありのままの姿で被写体になることで、アートに参加できるというのも大きな気づきでした。

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コロナ禍におけるアートの可能性
 病院は、治療の場であると同時に、患者さんにとっては暮らしの一部であり、いかに医療と日常や人間らしい感情を両立させていくかを考えなければなりません。現在では、感染症の流行を受け、物理的な距離を取ることが求められていますが、一方で、人と人とのつながりをいかに保つかが大切です。こうした一見矛盾するようなことに対して、アートやデザインの力が発揮されると思っています。

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室野 愛子/ 耳原総合病院 チーフアートディレクター、NPO法人アーツプロジェクト理事
16年前よりNPO法人アーツプロジェクトにてホスピタルアートに従事。7年前より社会医療法人同仁会 耳原総合病院のアートディレクターに就任し、現在は4名のアートチームと法人全体のアートをディレクションする。

佐藤 恵美/ 筑波大学附属病院 アートコーディネーター
2019年12月より筑波大学附属病院アートコーディネーター。フリーランスでアート・デザイン等の出版物の編集や執筆を行う。2013〜2015年、筑波大学芸術系にて研究員として病院とアートのプロジェクトに関わる。修士(芸術学)。

松﨑 仰生/ 筑波大学附属病院 アートコーディネーター
2020年4月より筑波大学附属病院 アートコーディネーター。筑波大学大学院芸術支援領域博士前期課程に在学。専攻は、学校や美術館における美術教育、特に鑑賞教育。2016年より筑波大学附属病院でのアート・デザイン活動に参加。

岩田 祐佳梨/ 筑波メディカルセンター病院 アートコーディネーター、NPO法人チア・アート理事長
2011年より筑波メディカルセンター病院のアートコーディネーターを務め、2017年NPO法人チア・アートを設立。専門は医療福祉環境のデザイン、建築設計・計画、参加型のデザイン。博士(デザイン学)。

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アートミーツケア学会 2020年度 総会・大会 フリンジ企画トークイベント
「コロナ禍で実践される病院のアート・プロジェクト」
日程:11月8日(日)13:00-15:00
場所:zoom開催
主催:特定非営利活動法人チア・アート https://www.cheerart.jp/
共催・後援:アートミーツケア学会 http://artmeetscare.org/


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