古沢茶太郎

私の脳の版画展

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最近の記事

【超短編】カタツムリという人生

私の腕を一匹のカタツムリが這っている。 どうしたものか。 半月ぶりの休みということもあり、 私は、溜まっていた家事を全て片付けるつもりでいた。 まずは、と、ゴミを出した矢先、 ドアノブにいた「彼」にまんまと捕まってしまった。 真夏といえど、私の住む場所は自然が身近にあることもあり、早朝は過ごしやすい。 私は久しぶりに心地よい風をゆっくりと感じていた。 小さい頃は雨の降る日にしか見かけなかったカタツムリは、私にとってはとても「レア」な生き物で、時間の許す限り眺めてい

    • 【超短編】脱皮

      元カノの方が痩せてたよ、と言われてダイエットを始めた。 心底腹が立った。 あえて自分からその話をする必要などなく、 その発言は徒に関係を悪くする悪手に違いなかった。 しかし、ボールは私の手に渡ってきてしまった。 少し大きくていびつなボールを 無視することも、捨てることも、 優しく投げ返すことも納得のいかなかった私は 何倍もの力で投げ返すことに決めた。 最初の何日間こそ私のダイエットに興味を持っていた彼は 一週間もすれば関心がなくなり、 一か月後には食事の際に付き合いが

      • 【雑記】生きダルマ

        最近どうにも思考の巡りが悪い。 なにかなにか、と、思いつく限りのことをした。 風呂にも入ったし、飯も食った。 お気に入りの紅茶も飲んだし、仮眠もとった。 しかし、頭の交通状況は一向に改善されないままで 未だ、来るべきものが一切届いていないようだった。 弱った私は、少し目を閉じた。 …なるほど。 どうやら脳の真ん中の奥底に随分と大きく重たい岩があるようだ。 思えば、こんな岩なんて今まで何度もどかしてきたはずだったが、 きっと、この場所が一番の低地なのであろう。 そこら

        • 【雑記】パスタを1本食べる。幸せを知る。

          深夜に、ふと思い立ち、湯を沸かし、一本のパスタを茹でた。 電気もつけない真っ暗な部屋の中、キッチンの灯りだけを付けて 独りぼっちのパスタを口にする。 決して高級なパスタではなく、我が家では ”コスパの代表格” として君臨するパスタだったが、ゆっくりと口の中で確かめた。 小麦の香り。 温かく、優しい食感。 久しぶりの感覚。 ここ一週間、何度も口にしたはずのパスタだったが、 初めてのような気持ちだった。 パスタを茹でる前、何となく目の覚めてしまった私は ニュースサイト

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        【超短編】カタツムリという人生

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        • 古茶の短編小説集
          10本
        • エッセイ崩れと雑記
          6本
        • 「背景」インタビュー記事
          4本
        • ウミガメのスープ
          1本

        記事

          【雑記】”17字以内で表現する”

          Xで活動されてらっしゃる海光虹さんの「17字以内で表現する」タグに リハビリも兼ねて回答いたしました。 最後に私がXにて回答した「誠実」というお題以降のお題になります。 ”別れ”を17字以内で表現する 心が離れるよりはよっぽどましだった ”卯月”を17字以内で表現する 美しい乙女の香りが跳ね回る。 ”絵本”を17字以内で表現する この話は温かな気持ちごと傍にいる。 ”手鏡”を17字以内で表現する 美しい髪飾り。貴女も着けてるのよ。 ”言霊”を17字以内で表

          【雑記】”17字以内で表現する”

          【短編】まだ世界はこんなにも美しい。

          微熱だった。 ずっと全速力のような毎日に身体が参ってしまったのだろう。 重たい身体を起こしてシャワーを浴び、洗面台に立った。 ドライヤーをかけていると脇に置いた機械が 友人からのメッセージを知らせる。 延期にしていた予定のリマインドのようだ。 精一杯時間はつくっていても、一度に全てを叶えるのは難しい。 カレンダーを眺めると2か月後の候補日をいくつか見繕って送った。 出勤まであと30分。 気温を確かめるべく窓を開ける。 やや涼しい風が洗面所の空気を押し

          【短編】まだ世界はこんなにも美しい。

          【雑記】ブックハンティング

          本屋に寄った。 有名タイトルが魅力的な表紙で並ぶ。 2つほど手に取った。 熱心な読書家でもない私でも知っている本をひとつ。 そして、タイトルは知らないが気になったものをひとつ。 2つ目の本は埃をかぶっていたことに気付いた。 そいつをどかして綺麗なものを取ろうとした。 しかし、こいつは俺が買わないと一生ホコリに塗れたまま買われずに終わるかもしれない。 放っておけなくて買った。 レジに連れていく。 レシートはいるか聞かれる。 私とこの本たちとの繋がりを捨てるようで忍び

          【雑記】ブックハンティング

          【雑記】俺が悪いのかポモドーロ。

          え?うそうそうそ! 洗面台の前でネクタイを絞めていた私の後ろを朱里(あかり)が慌ただしく通り過ぎる。 私のユニフォーム知らない? どうやら持ち帰ったはずの職場のユニフォームがないらしい。 失くしたのは上着が1着。それ以外の服はあるようだ。 プライドの高い朱里は職場に打ち明けることを考えて苦虫を噛み潰したような顔をした。 無理。ほんとに無理。 見つからないと悟った朱里はベッドに潜り込んだ。 ぶつぶつと文句を言うのが聞こえる。 慰めにいくと、怒りの矛先は私に向いてい

          【雑記】俺が悪いのかポモドーロ。

          死ぬな、という無責任。

          私は「死んじゃダメ」という主張があまり好きではない。 ただし、”死ぬべきだ” という過激な話でもない。 好きでない理由は至ってシンプル。 仮に死ななかったとしても、その先の人生の幸せを 誰も保証してやれないからだ。 死にたい人、というのは生きることが”拷問”になってしまっているからこそ死んでしまいたい、と思っていることが多い。 つまり、ただ死ぬな、と止めるのはもっと拷問を受けろ、と言っているのと同じ意味合いで通じてしまう人がいるのだ。 止める側にそんなつもりがないのは

          死ぬな、という無責任。

          【短編】空々漠々

          目覚めると俺は真っ白な空間にいた。 昨夜は何をしていただろうか。 いつもより空虚な気持ちになり、浴びるように酒を飲んでいたことは覚えている。 それにしても何もない空間だ。 方向感覚も平衡感覚もない。 柄も陰影もない。 紛れもない「一色」の空間。 空虚を感じて酒を飲んだのに、本当の空虚な空間に来てしまった。 少し歩いてみる。 歩いている感覚はあるが、前に進んでいるようには思えない。 現実世界の空虚な気持ちは暗闇や地中に例えられることが多い。 もちろん”真っ白なキ

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          【短編】空々漠々

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          #4「背景」”1を1として生きる”

          相手の倫理がわからないからこそ、自身の倫理を押し付けないMさん。 彼女の持つ独特な距離感の理由とは。 ーーーー

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          #4「背景」”1を1として生きる”

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          #3「背景」 ”倫理の暴走”

          解決金の交渉、ICレコーダーの活用など、 ハラスメントに対して気丈に立ち向かったMさん。 彼女はどんな過去を経て”彼女”になったのか。 ーーーー Mさんにとっての困難取材を進めていく中で、Mさんの気丈さや優れた危機察知能力が見えてきた。 そんな彼女はどうやって形作られてきたのだろうか。 涼しい顔でパワハラの顛末を語る彼女に ”今までに辛かったことなどは何かあるか” と尋ねてみた。  Mさんは 「そうですね…。私自身に降りかかった困難は基本的には自業自得なものが

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          #3「背景」 ”倫理の暴走”

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          #2「背景」”ハラスメントの変化”

          (この記事は #1「背景」”ただでは転ばない” の続きです。) 体調不良を理由に上司へと相談したところ、ハラスメント被害にあってしまったMさん。何度かの交渉の末、解決金と会社都合という名目を約束させ、退職する。 しかし、ハラスメントは著者の想像とは少し異なるものだった。 ーーーー 上司の正体。パワハラの変化。 Mさんの話を聞いていると、ふと話の流れで、 「それであの女が…」とMさんが口走った。 私はずっとAを男性だと思い取材を進めていたが、 Aは”妙齢”の女性らし

          #2「背景」”ハラスメントの変化”

          差出人不明 # 1

          家を飛び出してから苦労だらけでした。   吐くぐらい嫌なこともたくさんあり、 それを経て生活をしている自分のことも大嫌いです。 それでも家を出てきたことを後悔はしていません。 あの選択が正しかった。   食事のとき、お風呂に入ったとき、夜眠るとき 嫌でもあなたたちを思い出すから。 あなたたちは 「もっとつらい境遇の中で生きている人もいる」 「うちは恵まれている」 といつも私を殴った後に言いましたね。 確かにそうだった。 様々な境遇の中で苦しんでいる人は 数えきれないほど

          差出人不明 # 1

          【雑記】雨雲が両親を迂回して、俺に直撃した話

          ある日、夜勤終わりの私は決意した。 「沖縄…沖縄に行こう…」 沖縄に行くことを決意した私は一か月後に飛行機の予約を取り2泊3日の沖縄弾丸ツアーを企画した。 当時、職場に入って仕事をだいぶ覚えてきたところで 資金面でも少し余裕が出てきた頃。 私には一定以上のストレスが溜まると、唐突に旅行に行く習性がある。 接客業で、なおかつ人手不足であった私の職場は、新人にも容赦のない量の仕事が降ってきていて、しゃべれるコミュ障である私の ”人付き合いバケツ” は既に溢れ出していた。

          【雑記】雨雲が両親を迂回して、俺に直撃した話

          #0フロリア-普通という名の中央値

          都内の職場から電車で30分。 駅から住宅街を歩いて10分弱。 わずかに風呂の香りがする。 目当ての場所が見えてきた。 近くの風呂屋が潰れて3か月。 何か行き詰ったときや、 悩みがあるときは風呂で考え事をしていた私は 二番目に近いこのスーパー銭湯を訪れた。 歩いて通うには少し距離があったが、 比較的空いていて、小さいながらも露天風呂もあり、 私はすっかりここの常連になっていた。 この日も飲み込むにはやや大きい悩みがあり、 訪れていた。 お金を払い、受付でタオルを受け

          #0フロリア-普通という名の中央値