【短編】空々漠々

目覚めると俺は真っ白な空間にいた。

昨夜は何をしていただろうか。
いつもより空虚な気持ちになり、浴びるように酒を飲んでいたことは覚えている。

それにしても何もない空間だ。
方向感覚も平衡感覚もない。
柄も陰影もない。

紛れもない「一色」の空間。

空虚を感じて酒を飲んだのに、本当の空虚な空間に来てしまった。

少し歩いてみる。

歩いている感覚はあるが、前に進んでいるようには思えない。

現実世界の空虚な気持ちは暗闇や地中に例えられることが多い。

もちろん”真っ白なキャンバス”のように、今の俺の状況に近い表現をされることもあるがやはりそれでさえも紙の質感を感じている。

そういった空虚な気持ちについて考えてみると
案外みな何かを本能的に望んでいるように思う。

暗闇なら明るければしたいことがあるのだろう。
地中なら自由があれば何かしたいことがあるのかもしれない。
真っ白なキャンバスなら題材さえ浮かべば描きたい気持ちがあるのだろう。

それなら今の私は何だろう。

しばらく歩いているが腹も減らない。
喉も乾かない。
疲れもない。

何か自分の中で、遠い未来に死ぬことだけはわかるが、それも今すぐにというわけでもないようだ。

前も後ろもわからない。
30中盤でこんな目に合うとは思わなかった。

これは私が空虚だからこんなにも心がからっぽなのだろうか、それともこの空間がそうさせているのだろうか。

もし、自分以外の誰かがいたらこの空間で何かをしたいと願うのだろうか。

ここにはどうやら人はいないらしい。

なぜ私は今歩いている?
歩くことに意味はない。
楽しさもない。

しかし、歩かずにはいられない。

疲れもない。
ゴールもない。
目的もない。

集中して取り組みたいものもなければ
考える必要のあることもない。
何かを考えても考えがまとまらずにじんわりと消えていく。

いつからだろう。
ここに来てからか?それとも。

こんなにからっぽな人間だっただろうか私は。

どれくらい経った?
どれくらい歩いた?

まったく眠気もこないこの身体と空間で私は
どれほどの時間を過ごしたのだろう。
何を成し遂げたのだろう。

私はいつ死ぬことができるのだろう。

何もわからない。
この空間も自分自身も。
狂わない自分が一層恨めしかった。

どうにでもなれ。
どうにでもいいからなってくれ。

そう信じて目を閉じた。


茶太郎に一杯のコーヒーくらいご馳走してやってもいいと感じてくださったらお願い致します。

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