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2019 読書この一年

 2019年の年間読了冊数は139冊でした。半年の休学期間があったこともあり、当初目標だった月10冊ペースを特に年後半は超えました。大学図書館を活用して新刊書を多く読めたことも特徴の、今年の読書活動を総括します。


『維新支持の分析』『女性のいない民主主義』─政治

 手に取る機会の多かったのは政治分野の学術書でした。4月に統一地方選、7月に参院選があり、選挙制度で論文を書いている友人と話す機会も多かったことが影響しています。

 実証分野の出色は善教将大『維新支持の分析』(有斐閣、2018年刊、6月16日読了)です。著者は大阪維新の会が大阪の選挙で勝ち続ける理屈を、ポピュリズム政治家による大衆扇動に求める既存のイメージではなく、有権者が可処分時間の中で情報を得て吟味した「合理」の結果だとする仮説を立てます。住民投票公報などの文献や有権者への意識調査などから維新支持の実態を検証しました。維新支持層を政治家にあおられた無知な人と捉える向きを牽制し、彼らの投票行動は何を反映したものであるかを見つめ直しています。

  全国的には「安倍一強」、大阪では「維新一強」が定着する中にあって政権批判(あるいは弱い野党への批判)の議論は依然噴出し続けています。これはこれで大事なことですが、一方でその要因を、政党や政治家の特徴ばかりに求めるのではなく、有権者の意識や行動をしっかりと認識することから打開策を探っていくべきだという議論も一般の注目を浴びるようになってきたのではないでしょうか。同書はこの筆頭であり、他に田辺俊介編著『日本人は右傾化したのか─データ分析で実像を読み解く』(勁草書房、9月刊、10月24日読了)や、遠藤晶久、ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治─世代で異なる「保守」と「革新」』(新泉社、2月刊、8月14日読了)なども貢献しています。一般向け新書では世論調査分析をSNSで発信する三春充希『武器としての世論調査』(ちくま新書、6月刊、6月19日読了)も有権者意識への関心という意味で同趣旨に位置づけられるものの、社会科学系の出身ではないためか、地域の政治意識の特色に関する言及など分析には疑問点も多い内容です。

 政治思想分野では原武史の著書を複数手に取りました。明仁、美智子の「平成流」形成の経緯をたどりつつ、国民の共感が燃料となって天皇の権威付けが増していく状況に警鐘を鳴らした『平成の終焉─退位と天皇・皇后』(岩波新書、3月刊、4月18日読了)は、膨大な資料による事実に立脚しながらも批判精神に貫かれた平成論です。年末にかけて読んだのは原が提唱する空間政治学関連から、西武沿線の政治運動史に着目した『レッドアローとスターハウス─もうひとつの戦後思想史【増補新版】』(新潮選書、5月刊、12月19日読了)と、NHK番組「100分de名著」の内容を書籍化した『「松本清張」で読む昭和史』(NHK出版新書、10月刊、12月21日読了)。原の仕事の幅広さを感じます。

 佐藤信『日本婚活思想史序説─戦後日本の「幸せになりたい」』(東洋経済新報社、5月刊、10月31日読了)は1980年代の雑誌「結婚潮流」に現在の婚活的なものの先駆けを見るなど、マスメディアに表れた結婚に対する意識の変遷をたどった本です。社会学っぽいのですが著者は政治学者です。

 政治学書で今年絶対に外せないのは前田健太郎『女性のいない民主主義』(岩波新書、9月刊、10月1日読了)。行政学が専門で2014年の『市民を雇わない国家』(東京大学出版会、8月7日読了)で注目された著者による書で、標準的な政治学上の理論をおさらいしながら、その一つ一つが女性の存在を無視してきたことを指摘する一問一答的スタイルの意欲作です。政治学に疎い人でも基本概念を得ながら、それに対するジェンダーの視点からの批判をも知ることができる一粒で二度美味しい内容ですし、政治学が抱える課題の大きさと、この課題を真剣に引き受けてバージョンアップさせることの重要さが浮き彫りになっています。岩波新書らしい画期作です。

 その他、中公新書から曽我謙悟『日本の地方政府─1700自治体の実態と課題』(4月刊、9月15日読了)、辻陽『日本の地方議会─都市のジレンマ、消滅危機の町村』(9月刊、9月18日読了)と、地方政治をまとめて理解できる、中公新書らしい良作が2冊出ています。

『景気の回復が感じられないのはなぜか』─経済

 私は一応(落第生ではありますが)経済学部生なので経済学関係も手に取りました。ただこちらは新刊書は少なめです。

 前日銀総裁・白川方明の日銀人生の回顧録である『中央銀行─セントラルバンカーの経験した39年』(東洋経済新報社、2018年刊、9月9日読了)は700ページ超の大部です。バブル崩壊からアベノミクスまでの実務家経験をベースにしつつも、理論面も押さえた内容で、学部生レベルなら読み進められるかと思います。金融システム自体が動揺する事態に直面してきた著者ゆえ、金融の安定の大切さを説き、あまり目立たないもののその安定のために日銀が行っている仕事についても触れている辺りが著者の矜持の表れと受け止めました。また日銀は常に海外主流派経済学の批判の的になってきた一方、グローバル金融危機のときには日本のバブル崩壊の経験がうまく世界的に生かされなかったことを悔やみ、批判しています。

 その海外主流派経済学が近年続けてきた論争が、世界経済は長期停滞に入っているかどうかというものです。ローレンス・サマーズら著、山形浩生訳『景気の回復が感じられないのはなぜか─長期停滞論争』(世界思想社、4月刊、9月13日読了)は米経済学界のスターによる議論をまとめたものです。元米財務長官サマーズ、元米FRB議長バーナンキ、ノーベル経済学賞受賞のクルーグマンらのブログや講演録の翻訳集で、山形の解説も手助けとなって内容は平易、しかし議論は最前線の知的エンターテイメントになっています。

 活動家グレタ・トゥーンベリの露出で再び環境問題への関心が高まっていますが、経済学の視角で考えるならウィリアム・ノードハウス著、磯崎香里訳『気候カジノ─経済学から見た地球温暖化問題の最適解』(日経BP社、2015年刊、10月3日読了)は必読です。環境経済学のエッセンスが網羅的にまとまっています。二酸化炭素削減の枠組みにできるだけ多くの国を参加させることが大事(いわく、世界の排出量の半分に到達する程度の参加でも全く不十分!)なのですが、ではどうすればいいのかといった解決策にも示唆を与えています。

 ジャーナリストの著書としては西野智彦『平成金融史─バブル崩壊からアベノミクスまで』(中公新書、4月刊、6月2日読了)が、バブル崩壊、金融機関破綻、小泉・竹中改革などの舞台裏を、政治家、大蔵・財務省、日銀、金融機関関係者への膨大な取材に基づいて生々しく描出しています。1995(平成7)年生まれの私にとっては各出来事がうまく時系列的、あるいは有機的に記憶されていない部分があるので整理に大いに役立ちました。

『「声」とメディアの社会学』─マスコミ関連書

 マスコミ関連書は北出真紀恵『「声」とメディアの社会学─ラジオにおける女性アナウンサーの「声」をめぐって』(晃洋書房、3月刊、5月23日読了)が白眉でした。ジェンダーの視点から、ラジオ番組における出演者が果たす役割の変化を描きました。本ブログではしっかり取り上げていないので少し内容をまとめます。この研究は、男性のメインパーソナリティーに女性のアシスタントが付くという今では当たり前の構図の相対化に寄与しています。

 そもそも2人が同時にマイクの前に座り、一定の分業をしながら番組を進めるという形式自体、ラジオが先天的に持っていたものではありませんでした。それまでの番組は短かったので出演者は1人で十分だったからです。

 画期は1960年代のテレビ隆盛。不特定多数を相手とする媒体としての座を奪われて「限定多数」へのメディアとして自らを再定義したラジオは、70年代の朝日放送「おはようパーソナリティ中村鋭一です」を代表とする長時間生ワイドの編成へ移行します。それまでは番組が短いので、その内容が社会的なものであれば男性が、生活情報であれば女性が担当するという意味での性別分業はあったものの、性別間の上下、主従関係は少なくとも番組構成上は存在しませんでした。

 ところが長時間編成で出演者が複数人になり、社会情報を含むフリートークを中心とした番組構成になると、パーソナリティーは自分の言葉で社会を語らねばならないので話し手が男性、聴き手が女性という現在の役割分担が生まれた。本書はこのように見立てています。現在はTBSラジオ「たまむすび」の赤江珠緒さんを代表に、女性パーソナリティー(と、聴き手の男性アシスタントもしくは対等関係の男性パートナー)が進行する番組も当たり前になってきていますが、今でも番組内の主従関係と性別分業が結び付く構成は根強くあると言え、研究の視角は現代の考察にも有用です。

 マスコミを巡り話題になった議論に即した本からは3冊。紛争地などの取材中にジャーナリストが拘束される事件に対する自己責任論、危険地取材不要論を当事者としてどう考えるかを講演録や座談会形式でまとめたのが、安田純平、危険地報道を考えるジャーナリストの会『自己検証・危険地報道』(集英社新書、8月刊、11月5日読了)。京都アニメーション放火殺人事件や東京池袋暴走事故で再度わき起こった実名報道の是非に関する議論の際には、少し前の本ですが共同通信記者の澤康臣による『英国式事件報道─なぜ実名にこだわるのか』(文藝春秋、2010年刊、8月8日読了)を手に取りました。書店にヘイト本があふれる構造を出版社、編集者から取次、書店までの各過程の当事者に語らせた永江朗『私は本屋が好きでした─あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』(太郎次郎社エディタス、11月刊、12月14日読了)は、本好きが出版文化の担い手に持つ期待や幻想を打ち砕きました。

 もう1冊。北海道テレビ「水曜どうでしょう」を見るとなぜ元気になったと感じるのか、なぜファンはこの番組に執着と言ってもいい愛着を持つのかを社会心理学的に考察した広田すみれ『5人目の旅人たち─「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』(慶應義塾大学出版会、10月刊、12月29日読了)が示唆に富む内容でした。この番組は(ファンの間はみんな知っていますが)軽微な法令違反や現在のコンプライアンスの観点から問題視され得る場面が登場するので、キー局関係者は放送できないと判断するようです。しかし「藩士」と呼ばれる思い入れの強いファンの中には、うつやいじめの経験など精神的なクライシスを体験した人も少なくないのですが、彼らいわく他のバラエティー番組とは違って「水どう」は安心して見ることができると語っています。他の番組がいじめの構造、吉本的なお笑い芸人社会の構造などがベースになっており、こうした要素がたとえコンプライアンスの基準をクリアしていたとしても、精神的なクライシスを経験した視聴者にとっては視聴に耐え難い内容であるというのです。コンプライアンスが守っているものは何なのだろうと思わずにいられません。

『居るのはつらいよ』─その他

 この他の分野。まず、人文書は今年も医学書院「シリーズ ケアをひらく」からヒット作が出ました。東畑開人『居るのはつらいよ─ケアとセラピーについての覚書』(2月刊、6月23日読了)です。ケアとセラピーの違いという話から始まり、人が「居られる」ということはどういうことなのか、それがどれくらい難しいのかを、若き臨床心理士の奮闘劇をベースに明らかにしていきます。精神医療の現場が抱える課題、そして人がただ「居る」ことを難しくさせる「会計の声」への言及など、内容は盛りだくさんでした。2017年刊の國分功一郎『中動態の世界─意志と責任の考古学』(医学書院、2017年読了)との共通性もみられ、生きづらさと社会の有り様を考える本は今年も求められているし、私も思わず手に取ってしまいました。

 精神医療といえば、村井俊哉『統合失調症』(岩波新書、10月刊、11月7日読了)は統合失調症の医学的理解のための入門書です。発症の原因としては、養育環境や社会、地域性などの環境因はあまりみられないことは意外でした。ただ、確かに社会が引き起こす病気ではありませんが、しかし発症してしまってからは治療に家族や社会の支えがあるかどうかによって回復の度合いが変わってしまうという厄介な病でもあります。また患者の他害リスクは高くはなく、むしろ被害のリスクのほうが大きいことも強調されています。措置入院の意味はむしろ自殺や不慮の交通事故、食事を取らないことによる行き倒れを防ぐ意味が大きいということです。統合失調症になりやすい若い世代の読者を想定した平易な文体がありがたいです。

 大澤真幸『社会学史』(講談社現代新書、3月刊、5月11日読了)は講談社現代新書がたまに出す「立つ新書」。640ページという大部です。ここで解説を書けるほど内容を理解、記憶しているわけではないのですが、通常、社会学者としてはあまり分類されることのないマルクスやフロイトなどにも紙幅が割かれているのが特徴です。

 日韓対立がさらにエスカレートした今年、大沼保昭著、聞き手江川紹子『「歴史認識」とは何か─対立の構図を超えて』(中公新書、2015年刊、9月24日読了)が再び各紙に取り上げられ、話題になりました。アジア女性基金の理事を経験し、昨年亡くなった大沼による「歴史認識問題」の整理です。当事者の救済、そして「聖人」ではなく「俗人」が納得できる解決の志向というスタンスが印象的でした。

 江川紹子の仕事としては『「カルト」はすぐ隣に─オウムに引き寄せられた若者たち』(岩波ジュニア新書、6月刊、10月8日読了)にも触れておきたいところです。今年一斉に死刑囚の刑が執行されたオウム真理教の一連の犯罪についてあらためておさらいした本です。岩波ジュニア新書ですから中高生向けに書かれており、カルトとは何か、オウムが生まれた時代の背景などにも触れられた丁寧な構成です。感じた違和感にこだわって自分の頭で考えることの大切さを説いています。

 以上、今年読んだ本の中から印象的なものをまとめました。来年は就職。可処分時間はもちろん、大学図書館を訪ねる回数も減らさざるを得ませんし、読書環境が大きく変わります。今年と同じようなペースとはいかないでしょうが、それでも来年も読書を続けることができればいいなと思っています。

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