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楽譜から飛び出した人生を

クラシックにはまず楽譜があり、
形式があり、
守らないといけないルールがある。

楽譜の前では皆同じものを弾く。

じゃあ私達が弾く意味ってなんだろう?

何も考えずに楽譜通りに弾くだけなら、これからの時代、機械の方が上手いかもしれない。

同じ楽譜で弾いたとしても
「私はこう考えてこう弾く」
という解釈や表現が違ってこそ意味があるのだ。

個性や魅力が乗ってこそ、
その曲をその人が弾く意味がある。

何を思い、何を感じ、何を伝えたいのか
心を震わせてこそ人に伝わる

私は音楽の世界にいるからこれを楽譜ととらえることが簡単だけど

人生も同じで。
人生を楽譜としてとらえたら一緒じゃないかな

楽譜ではないけれど
私達もある程度枠の中に生きている。

日本というのも1つの枠だよね
例えば、親に敷かれたレールを楽譜としてとらえたらどうだろう?

自分の思う楽譜ってすでにあるのかな?ないのかな?
もしかしたら自分の思う楽譜ではないのかも

それでも場所は関係なく、
人生という枠で何を表現していくか?
が大切で、それが自分の輝きになると思うのだ

でもその輝きは常識や社会に阻まれて出せていないかもしれない

力があるのに気づいていないかも

そのまだ気が付いていない力を信じられたとき初めて楽譜が生きる

初めて未来を変えられる

まだつぼみの子供たち、
咲かせることを諦めている大人たちがいるなら

太陽の下でも、日陰に隠れていてもいい

自分の楽譜を奏でてほしい

感情よりも常識や当たり前が優先される社会。

自分の想いに鈍感にならずに出していく

そんなことをもっと伝えていけたらいいな

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