30 大丈夫だよ
がんの終末期患者にはよく現れるという
現象の一つに「せん妄」がある。
注意や理解、記憶などの機能が急性に低下し、変動することを特徴とする状態 とのことで…
つまりは
急におかしくなる、
いつものその人ではなくなる こと。
そしてそれは戻ったり、おかしくなったりを繰り返す。
母もせん妄のような意識障害のような状態が多く見られた。
「今ハイヒールで横を通っていったの、誰?」
「今、テーブルに虫がいたよ」
「団子を冷蔵庫に入れてきて!」
「火、止めたかどうか忘れちゃった…」
私には見えないものが、
見えたり聞こえたりしているらしい。
または
「もういやだ!なんなんだ!!」
「なんでみんなすぐに居なくなるの!!!」
と、涙のヒステリックモード全開のときもあった。
強い口調で苛立ち、これまで見たことのない母だった。流石に堪えたが
…これもせん妄症状の1つなのだ。と思うことで(実際のところわからないが)自分を落ち着かせた。
先生に相談すると、
「末期の患者さんに多く見られる症状です。本人がありもしない、おかしなことを言っていたとしても、否定はしないであげてください。本人の中ではリアルに起こっていることなので、そうだねと同意してあげることが大事ですよ。」
ふむ。
居もしない、ハイヒールの人間が来たら
「誰だか分からなかったけど、もう行っちゃったから大丈夫だよ。」
居もしない、虫が歩いていたら
「さっき捕まえたから、大丈夫だよ。もう居ないよ。」
ありもしない、団子は
「私が冷蔵庫に入れておいたから大丈夫。」
消してある、ガスの火は
「さっき、消してきたからもう大丈夫。」
たった一言、この「大丈夫」で安心してくれるのなら、
私はどんな世界のお話しでも付き合うよ。
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