とんかつと孤食
–– 「とんかつ食べに行こう」って友だちに言えなくないですか? ––
とんかつって豚肉界の王様だと思う。
豚汁も
しゃぶしゃぶも
豚の角煮も
酢豚も
残念ながらとんかつには勝てない。
だってとんかつは魅力的すぎるから。
分厚いお肉があんなに柔らかいし、
脂身は甘いし、
揚げ物だってことを忘れてしまうくらいサックサクで軽いし。
(とんかつを何分経ってもサクサクでいさせてくれるあの下に敷かれている銀の網にはいくら感謝してもし足りない。)
トッピングには、ソースをかけても塩をつけてもいい。レモンを絞って味変してもいいし、からしをつけて大人の味を楽しんでもいい。
とんかつ定食にはだいたい味噌汁とキャベツがついてくるが、とんかつほどお味噌汁が美味しく感じられる食べ物はない。
(しじみのお味噌汁ならもう完璧。しじみのお味噌汁で貝の身をきちんと食べるタイプの人が好き。)
キャベツを食べればダイエットもちゃんと継続できている気分になる。
(幻想にすぎない。)
それに豚肉界の王様・とんかつはよく素敵な服を身にまとっている。
カレーをまとえばカツカレー
カレーのコクとカツのサクサクがマッチする。
卵とじをまとえばカツ丼
この時ばかりはカツがサクサクじゃないのも許せてしまう。
食パンをまとえばカツサンド
カツがサクサクだと嬉しいけど、私が一番好きな「まい泉のカツサンド」はサクサクしていないから、自分としてはそこにこだわりはないんだろう。
とんかつはこんなに性格が良くてファッションセンスも持ち合わせている王様だから、当然のように多くの国民に愛されてやまない。
それなのに!
この王様は女子会にはめったに呼ばれない!!
ここまででとんかつへの愛を語った私ですら、友だちに「とんかつ食べに行こう」と言ったことはない。
なぜとんかつは女子会に呼んでもらえないのか?
私が一晩考えた結果、
「とんかつは相手との気分のドンピシャな合致が必要だから」
という結論に至った。
とんかつ定食は見た目通り高カロリーな食べ物だ。
だいたい一食で1000カロリーくらいになってしまう。
ダイエット中の子を誘うなんて厳禁だ。
ダイエット中じゃない子だったとしても、「今はとんかつの気分じゃない」となる確率はかなり高いだろう。
自分自身とんかつは大好きだけど、とんかつの気分になるときは滅多にない。
他の食べ物なら
「そういう気分じゃないけどまあいっか〜」
となっても、とんかつではそうはいかない。
あれを食べる気になるには相当の”その気”が必要なのだ。
つまり、「今とんかつ食べたい!!」という人が「今ちょうどとんかつ食べたいと思ってた!!」という人と出会うのは天文学的確率なのだ。
私は「あなたの幸せが私の幸せ」タイプの人間だから友だちとのごはんにはこだわらない。
(よく言えば他人想い。悪く言えば自己主張の欠落。)
別に食べたいものがあるのに我慢しているわけではない。
女子会となると一気に食へのこだわりがなくなるのだ。
自分が本当に食べたいものは1人でいつか食べに行けばいい。
女子会の目的は食べ物よりもおしゃべりだから。
そういうわけでとんかつは孤食にもってこいなのだ。
とんかつはいつもいきなり食べたくなる。
それも突然めちゃくちゃ食べたくなる。
だから好きなときにふらっと行くものだ。
しかもとんかつは比較的1人でも食べに行きやすい。
だいたいこじんまりしたお店だし、1人のお客さんも多い。
そして年齢層がわりと高めだから人目を気にせず食べられる。
なんとなく俗世と離れている感じがとても好きだ。
私の1人とんかつ記録がこちら
1:上野 とんかつみつ葉
上野でやっていたムンク展を見に行くついでに立ち寄ったお店
午前の授業が終わると同時に1人で大学を飛び出して、
1人でこれを食べて、
1人で美術館に行った後、
また急いで大学に戻って授業を受けた。
(ひょっとして友達いなかった??)
(違います。誘うのが面倒なだけです。空きコマでとんかつとムンクのセットについて来てくれる友達を探すのが面倒だっただけです。多分。)
これはまだひとりごはんのアマチュアだった頃の話
(今もプロになったとは思っていないけれど)
ドキドキしながら地下に入って行った記憶がある。
とんかつが甘い!?
と驚いたのは初めてだった。
今見たところ、閉店していた、、
コロナのせいではないことを祈る。
2:尾道 とんかつぽるしぇ
この日はこのとんかつのためだけに生きていたと言っても大げさではない。
なんてったって、朝5時半に起きてすぐに自転車に飛び乗って、水島コンビナート(岡山県)付近を出発して、11時のオープンに間に合わせるべく尾道まで60キロを漕いだのだから。
1人で!
山を超え川を越え、歩道橋を自転車を担いで登って(これはただのミス)、県境を越え、ようやくたどり着いたのだ。
1人で!!
とんかつという心の支えがなければこの日の私は生きていけなかった。
そんな達成感に満ちた私は開店と同時に一番乗りで入店し、迷うことなく「鹿児島県産黒豚の厚切りロースかつ定食(200g)」を頼んだ。
後ろに座っていた工事現場の作業着を着たおじさんが「とんかつ150gで!」と言っていたのは記憶している。
(勝っちゃった。(勝ったとは。))
分厚かった。
とにかく分厚かった。
とんかつ界ではどうやら分厚さと幸せは比例しているらしい。
ご飯をおかわりした時も、お茶のおかわりをもらった時も、お会計をしている時も、私はずっと笑顔だった。
お会計は1700円だった。
1人ごはんはついつい財布の紐が緩む。
こんなにいいとんかつランチを気兼ねなく食べられるのも1人の醍醐味だなと思った。
3:高田馬場 とん久
このとんかつは浄化のとんかつと呼ぶことにしよう。
一口食べて、心が安らいだのを覚えている。
この頃、私はトンでもなく忙しかった。
(うざっ)
友達や家族に忙しいアピールをするのが大嫌いな私は、ひたすら人目につかないところで人生で一番頑張っていた。
やらなきゃいけないことの絶対量が多かったから、必然的に睡眠時間が削られた。
毎日睡眠時間が普段より3時間少ない生活が3ヶ月続いた。
3ヶ月間一度も心が休まったことはなかった。
ただの夜更かしを続けているとすぐに体調を崩す私が、これだけの長期間こんなに不健康な生活をしていたにもかかわらず、一度も体調を崩さなかったのだから、一体どれほど気を張り続けていたのだろう。
そんな生活がクライマックスに差し掛かった頃
休息も兼ねてこの店を訪れた。
正直、完全には休まらなかった。
何かに追われているときは心に余裕がないものだ。
しかしこのとんかつを食べた後の私の心は穏やかになっていた。
エネルギーで満ちていた。
(それもそのはず1000カロリー)
1人で黙々と食べて、自分の内面と向き合っている時間は価値のあるものだ。
目の前のごはんと向き合ったっていい。
考えごとで頭をフル回転させてもいいし、何も考えないことだって許される。
1人になりたい時、私はとんかつ屋に行くといいと思う。
孤食は孤独とは違う。
私のことをとんかつ君が待ってくれている。
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