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小林よしのりは、アメリカ人からどう見られているのか?

「よしりん先生」の愛称で知られる小林よしのりさんは、鋭い政治風刺とユーモアあふれる作風の漫画を長きにわたって描き続けていらっしゃいます。作品の中で小林さんはアメリカを批判し、アメリカに追従する日本政府を糾弾してこられました。その高いメッセージ性は時に読者の反感を買い、論争が巻き起こることも度々ありました。そんな小林さんの漫画をアメリカ人はどのように見ているのでしょうか? アメリカの人々の目から見て、大統領をけちょんけちょんにけなすニッポン人漫画家の作品は、どのように映るのでしょうか? 私は実際にアメリカに渡り、現地の人々に彼の漫画を見せてまわり、感想を聞きました。

私がアメリカで人々の感想を集め始めたのは、2003年のサンフランシスコでした。政治学の授業で小林さんの漫画を紹介したところ、学生たちからの反響が大きかったことから、彼の漫画に興味を抱きました。それから2008年ニューヨーク、2012年サンフランシスコ、2015年ニューヨーク、2017年再びサンフランシスコと、渡米のたびにアメリカの人々に小林氏の漫画を見せては、リアクションを集めています。時期によってアメリカの人々の反応は変わりました。

2003年から2008年までは、小林よしのりはマイケル・ムーアと比較されることが多かった。2015年から2017年、小林よしのりはシャルリー・エブドと比較されるようになる。

2003年、大学院の教室で初めて小林氏の漫画を紹介したとき、クラスメートから、「マイケル・ムーアみたいな思想を持つ漫画家がニッポンにはいるんだね」と言われました。当時、「アホでマヌケなアメリカ白人」という本が大ヒットし、映画も話題を呼んでいたマイケル・ムーア監督がアメリカを批判するやり方が、小林氏の漫画にそっくりだと言うのです。ちなみに当時、私が紹介したのは下記の「テロリアンナイト」で、アメリカのアフガン空爆およびイラク戦争を痛烈に批判し、911の様子も詳細に描かれていて、そこがクラスメートたちのツボにはまったのか、「面白い、分かりやすい」と教室は大盛り上がりでした。一部コピーして家に持ち帰りたいという人まで現れて、コピー室でカラーコピーしたのを覚えています。

2003年当時はブッシュ政権で、イラク戦争が始まったばかり。全米では戦争に反対する声が強く、リベラルな人が多いと言われるカリフォルニアでは特に、ブッシュ大統領に対する批判が吹き荒れていました。小林氏の漫画の主張が、そんな彼らの考えに近かったということもありますが、漫画の絵がブッシュ大統領の顔を悪魔のように描いているところが、当時の人々に受けたというのもあるでしょう。

2008年。時は大統領選のシーズンに入りました。黒人初の大統領、バラク・オバマの誕生を心待ちにしている夏でした。

私は深夜のマンハッタンのバーに入っていきました。そこは政治の話題で盛り上がる場所で、職業、年齢、人種の様々な常連客たちが、いよいよアメリカが、世界が変わるかもしれないと熱く期待を語っていました。私は漫画のページを開きました。「新戦争論」です。常連客たちは日本語が読めないにも関わらず、興奮してページを覗き込み、隣の客へ客へと順繰りに本を回していきました。

「風刺漫画でこんなに分厚い一冊になるなんて、すごい」

客たちは口々にそう言いました。

「普通、風刺漫画というものは、2コマか3コマ。1コマのものだってある。それなのにこれは、こんなに分厚くて、しかもストーリーが続いているみたいじゃないか」

確かにその通りです。風刺漫画は海外では2コマのものが主流。それがここまでストーリー仕立てになっているのは、世界でも類をみません。でも、ちょっと待って。ストーリーって? 日本語が読めないのにどうして彼らはストーリーがあると分かるのでしょうか?

それは小林氏の「画力」にあるのでした。ブッシュの顔にしても、オバマの顔にしても、またイラクの風景や、空爆から逃げまどうアフガニスタンの人々の様子まで、小林氏の絵には確かな伝達力があるようです。ページを覗き込みながら、客たちは「これは、カブールの風景だよな」とか「ホワイトハウスで抗議運動しているデモ隊だ」などと言い当てて楽しんでいました。なかでも驚いたのは、日本のお正月を描いたコマを見て、「これはおそらく、ニッポンの行事かなんかだろう? おそらくニュー・イヤーかなんか?」とヒントを与えないのに正解した人がいたことです。

絵は文化の壁を越えるのだなと感じました。

2012年の夏、サンフランシスコは倦怠感に包まれていました。オバマ大統領の2期目の再選をめぐって、街は選挙モードに入っていて、彼の再選を望む人々もいました。しかしそれ以上に、オバマの四年間で、彼は何も変えられなかったという失望感が街を覆っていたのも事実です。特に、オバマ大統領のイラク政策への失望の声が、あちこちから聞こえました。

夏休みの時期だったこともあり、私は母校の教室ではなく、街のバーで聞き込みをしました。顔見知りの集う店で凝りもせず「新戦争論」のページを広げて見せて回りました。

「もしかしたら、ヒロシマに原爆を落としたのは、間違いだったのかもしれないな」

常連客のひとりが、「新戦争論」のページを手繰りながら、ぽつりと私に言いました。聞けば、彼は軍人で、歳は私より5歳も若い人でした。イラクに赴任して、色々経験したと彼は言い、そして向こうの現実を見たせいで、アメリカの大義名分が分からなくなったと語りました。

「テロとの戦いなんて言うけどさ、結局、何がテロとの戦いなんだろうって思うんだよね。大量破壊兵器だって、最初からなかったじゃないか。そう考えると、ヒロシマの原爆だって、あれは本当に必要な行為だったのかなと、思うんだよね」

彼の言葉は時代を変えるかもしれない、というのが私の正直な感想でした。

学生にもリベラルな活動家にも、彼と同じような意見を言う人はいます。しかし彼の言葉には、なんともいえない重みを感じました。顔つきもバーにいた他の人たちとは違っていました。茶色い瞳の奥が暗く沈んでいて、おそらく二度と見たくないような光景をたくさん見てきた人なのだろうと、想像させられました。

これまでずっと私はアメリカで、原爆投下は日本の軍国主義を終わらせるために必要だったと聞かされてきました。「原爆がニッポンを救ってあげた」という意見まで聞かされたこともあります。日本を批判する声はあっても、原爆投下そのものを疑問視する声は皆無といってよい社会の中で、心の中で反論はあったものの、険悪なムードになりたくなくて黙ってきました。

しかし彼のように、自らの従軍経験を通して、日本の原爆投下に疑問を抱き始めたアメリカ人が現れたのだと思うと、時代が少しずつでも確実に変わってきているのを感じます。

戦争と切り離せない国、アメリカ。戦いの現場に直面した軍人たちこそが、この国を変えていく原動力になるのかもしれません。

マイケル・ムーアからシャルリー・エブドへ

時はさらに流れて、2015年。フランスで漫画出版社が襲撃されるテロ事件がありました。あのシャルリー・エブドです。テロに抗議する世界の人々が「Je suis Charlie」と書いたプラカードを手に持ち、テロに抗議しました。

私は再びニューヨークで、そこにある私のもうひとつの母校で、小林氏の漫画を紹介しました。学生たちはテロのニュースの影響もあってか、小林氏の漫画はシャルリー・エブドに似ていると言いました。紹介したのは「脱原発論」です。

「画風が似ているね」

「世の中を絶対に許さないと思っているような怒りが、絵から伝わってくるところが、シャルリー・エブドにそっくりだ」

紹介したのが「脱原発論」だけあって、原発の絵がたくさん登場します。それらを見た学生たちが、シャルリー・エブドが「フクシマ」を揶揄した風刺画と小林氏のそれを重ね合わせたのでしょう。

ただ、私は小林氏の漫画はシャルリー・エブドのようなアプローチはしていないと、学生たちに指摘しておきました。上記に紹介したのは、2020東京オリンピックで防護服を着て聖火リレーする風刺画と、二枚目は「フクシマのおかげで、相撲がオリンピック競技になれた」といった趣旨の、放射能の影響で奇形になった人々が相撲をとる風刺画です。どちらも日本政府が原発事故の事実を隠そうとしていることへの痛烈な批判が込められているものですが、このような表現の仕方は、被災の当事者にとって不愉快なものだと思うからです。

ただ興味深かったのは、正反対の表現をしているシャルリー・エブドと「脱原発論」が、ニューヨークの学生たちから見て、共通のスピリットを感じたという点です。これまで紹介してきたような戦争がテーマの本ではないのに、政府への怒りや、震災が起きてしまったことへの悔しさが、漫画という手法を介して読者の心に届くのだなと、ここでも改めてのパワーの凄さを痛感させられました。

日本語が読めなくても心に届く。絵は国境を超えるのです。

絵が描ける人って、本当に羨ましいなと思います。

あの漫画家にあの男のことを描いてくれ

そして2017年冬。私は再びサンフランシスコのバーにいました。

天井の近くにつけられた一台のテレビが、トランプ大統領の就任式の生中継を流しています。常連客たちは皆で食い入るようにテレビを見つめて、ため息とブーイングが店のあちこちから聞こえてきました。

「アメリカは終わった。この国にまだ希望はあるのかい?」

皮肉めいた言葉がバーテンダーの口から洩れると、常連客たちが大きなため息をつきながら首を左右に振り、「This country is doomed(この国は呪われた)」とぼやきました。 

サンフランシスコはヒッピー文化が栄えるリベラルな街です。ニューヨークだけでなく、この街でも、トランプの当選に抗議する声がいまだに後を絶ちませんでした。大きな抗議デモが翌日に行われるということで、私はその様子を見に行く予定でした。

生中継を見ている仲間に私が加わっていることに気づいた常連客が、私に向かって大声で呼びかけました。

「おい、あんたが、前に俺たちに見せて回っていたあの漫画家に、あの男のことを描いてくれるように頼んでくれよな!」

あの漫画とはもちろん小林氏。あの男とはトランプ大統領のことです。私は大きく微笑んで親指を立てました。戦争論から脱原発論まで、小林氏の漫画を勝手にプロモーションさせてもらっていた私は、ついにアメリカ人から託されたような気分になりました。

もちろん私など関係なく、よしりん先生は描くでしょう。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

これまで勝手にリアクションを集めてきた私ですが、まだやり残していることがあります。それはこれまで私が漫画を見せてきた場所はニューヨークとサンフランシスコ。どちらも民主党支持基盤のリベラル色の強い街でした。なので、これからは、共和党支持基盤の保守的な州に行き、小林氏の漫画を見せたら、人々はどのような感想を持つのか知りたいと思っています。

レッド・ステイトと呼ばれる共和党支持者が多い州では、トランプ大統領の誕生を喜んでいますし、来年、トランプが再選するにせよしないにせよ、保守であることを大切にする人々がマジョリティーです。そのような土地で、大統領を批判する分厚い風刺漫画を描く小林氏は、どのように読まれるのでしょう? とても知りたく思います。

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作家。「おもてなし2051」好評発売中!2051年の福島原発の廃炉とおもてなしを融合させた社会派小説。「週刊読書人」「政経東北」「FM伊豆」で称賛されました。ニューヨーク州立大学とサンフランシスコ州立大学院でジェンダー学を学ぶ。修士号。911をアメリカで経験。