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華物語

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#短編小説

華物語:蓮

華物語:蓮

 少女は、拾われ子だった。親切な豪商の主に、使用人にちょうどいいと拾われ養われ、そのまま育ち望まれるままに仕事をこなしていただけだった。
 なのに。
「最上の幸せをやろう」
 厳かな声に、少女は首を傾げた。
 金の瞳に、銀青色のうろこに覆われた姿は荘厳の一言だ。大きな龍が空に浮かんで少女を見下ろしている。長い髭がゆらゆらと宙に及び、右の爪には美しい宝玉がはまっている。
 その大きく美しく、高貴なる

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華物語:縷紅草

華物語:縷紅草

 くて、と机にうつぶせた同居人は、小さなうめき声をあげたきり、動かなくなった。なんとなく見守っていたら、ちょうど三分間経った。
「カップラーメンができあがるなぁ」
 さすがに三分間も見つめ続けると動かないものを見ているのにも飽きてきて、のんきにつぶやいたりしてみる。つぶやきを耳にしてか、うつぶせた同居人がぴく、と小さく動いたのを視界の端にとらえた。それを目にして、おやこれは、といたずら心が働いた。

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金魚草

金魚草

*注意
着物の着方についてのお話ですが、着付けの専門家ではありません。そういった解釈、意図を持ってのお話でないことをご承知おきください。

「あんなはしたない着こなし、ようできたことだこと」
 毒を含んだ声と言葉に、立ちすくんだ。聞えよがしの悪態は、きっと届いてしまったことだろう。
 声の主はすぐ隣に立っていて、怒気をはらんで不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。思わず袖を引くと、なに、と強い声が自分に向

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支子

支子

*注意
このお話には精神疾患、残酷事件の描写があります。

 姉の様子がおかしくなったのは、春を少し過ぎたくらいだった。
 よく笑う、明るく優しい姉がふさぎがちになり、言葉少なになった。いつしか部屋に閉じ籠るようになった。心配して声をかければ怒鳴られてしまうことさえしばしばあった。
 部屋に籠ったままになれば当然食事の回数、量が少なくなり、姉はみるみるうちに痩せ細っていく。家族は皆心配し、戸惑い、

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皐月

皐月

 品行方正、謹言実直、堅物、真面目が取り柄。
 そんな評判が当たり前で、それが私の名札ですらあったような気がする。名前を聞けば「ああ、あの」の後に続く言葉があげたうちのどれかであるのは間違いなく、そしてその評価は正しいのだ。
 成績がいいのは当たり前。学級委員に選ばれるのは当たり前。なぜならば、こつこつ授業を受けてノートをとって課題をこなし、予習復習は日課でテスト前は学んだことを確認するだけにして

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麝香撫子

麝香撫子

 私の瞳の色は、他の人と違う。みんなは焦げ茶色。私はみんなと違う色をしていた。
 変な色、とばかにされた。みんなと違うから遊ばない、と仲間はずれにされた。そんな幼少時代、私は自分の目が嫌いになったし、憎らしくも思った。この瞳を鋭利ななにかで突いてしまえば、こんな苦しみや悲しみもなくなるのだろうかと思うこともあった。
 けれど、この瞳は二十歳を越えた今も私の眼窩に収まっているし、視界は良好、ぱっちり

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片栗

片栗

 空があんまり青いから。
 だから、私は。
 
 憂鬱だ、と顔に書いてある。
 鏡をのぞきこんだ私は、向かいに映る自分を睨み付ける。
 なんでそんなに不機嫌なの? 己に問うが答えは返らない。
 私が口を開かないからだ。眉間によったしわ、への字にまがった唇。そしてどんよりと濁った目。
 何がそんなに気に入らないの?
 わからない。
 ますます寄った、眉間のしわに右の人差し指をあてて。ぐりぐりと引き伸

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