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#149 今日も書く

本日は8時起床。二度寝してしまった。
やはりというか、立て直し失敗。本当に必要に迫られないと中々できない。そういうものだろう。人間だもの。
相変わらず寝覚めは悪い。暑くて目覚める。
中途覚醒なし。
昨晩は日付をまたいでいるというのに、スマホに耽ってしまった。うーむ、何たる失態。そしてそれを性懲りも無く繰り返す意志の弱さ。否、スマホが強すぎるのだ、と言い訳して自尊心を保つ日々。そういう調子の良さも時に必要だろう。完璧主義は破滅的であるから。

本日のぬか漬けはキュウリ。キュウリが一番うまい気がする。大根の時期になったら大根を漬けまくりたい。
しかしながら、今日のぬか漬けは塩味が不足している気がした。
からし粉の追加による風味の向上は確かに感じられるが、それに伴う塩が足りない。
こうして秘伝のタレのようなものをつくるのは楽しいものだ、とようやく気付くこの夏。毎日が夏休み。

最近、日記ばかり書いている気がする。もう少し異なる記事も書きたいところ。
しかし、文を書くことへの関心が弱まっている。
否、関心は変わりないと思うのだが、他に面白いことがあるから、どうしても後回しになってしまう。要するに相対的な問題。
それでも毎日書こう。流れは止めない。慣性。循環。エナジーフル活用。
日頃から鍛えていないと、いざという時に起動時間がかかってしまう。
やりたい時にすぐ取り組める、というのはとても大事なことだ。
文を考えること、語彙、タイピング、自己検閲の制御、ざっと思いつくだけでもこれだけある。
使わなければ衰える。だからやる。できることを出来る範囲でやる。
立派にやろうとしないこと。ちゃんとするな。でもちゃんと続けるべし。
立派にやらずとも、やっているうちに自ずと立派になる。
順序が違うのだ。どんな人であれ最初は拙い。必ず手間暇かけて成長している。
短気を起こさないこと。
絶望しないこと。
常に準備しよう。つまり武士道。

昨日、庭に大きめのバッタがいたので捕殺した。何故ならば庭の大葉が食われてしまうからだ。葉を食っているところは見たことが無いが、噂によると中々の大食らしい。実際に結構葉が食われてきた。今までに確認できたのはバッタとテントウムシダマシぐらいで、最近テントウムシダマシは見かけないから恐らくバッタの所業だと思われる。
それにしても殺める対象が大きいと心が痛む。基本的に私は虫の類に関しては平気で殺せる質なのだが、それでも大きいと心理的な抵抗が生じる。また、息絶えるまでのその姿を眺めていると虚しい心境になる。幾ばくかの良心の呵責が動く様が感じられた。
それでも私の暴力性や攻撃性、残虐性、そして利己心は殺生を要請してくる。板挟み状態。
ジビエへの道は遠いようだ。まぁ、目指してないからいいのだけど。その道もいいが、菜食でも私は生きて行けるという謎の自信がある。長生きは出来ないだろうが。
あぁ、でも私は魚を殺めることはできる。魚を食えばいいのだ。他にも貝や甲殻類もいける。
自分の感覚がもつ基準を理解して、精神的な楽を追求していこう。
私は忘却の達人だから、哺乳類以外の大抵の殺生は大丈夫だと思うのだが。

大人の欠点。
なまじっか知識や経験があるものだから、最初から洗練されたものを拵えようとしてしまうこと。
しかし、いきなりそんなことはできない。大概は失敗に終わる。
それでいじけて辞めてしまう。継続しなければ元も子もないのに。
だから、消費するだけの日々を送るようになる。
子供と同じように下手くそな時点から開始してみよう。
やること自体に注意を向ける。なにを感じることが出来るのか。
また、物事をどのように捉えるかはその人次第。自分なりの楽しみを見出すこと。自分の感覚を大事にすること。いちいちそんなことを言わないと解らないことが悲しいのだけど。

商品は洗練されているから、それを消費したほうがいいのかもしれない。
だが、やること自体に価値がある。
また、洗練とは違うものの在り方にも慣れた方が良いと感じる。
商品だけ見ていると感覚が麻痺する。あれは分業と資本が生みだした洗練の結晶であって、普通だと思ってはいけない。むしろ異常。凄すぎるもの、ぐらいに捉えていた方が良い気がする。

なんだか今日も同じことを言っている気がする。以前からずっと同じことを繰り返し言っているような。
それでも構わずタイピングの手を止めないで書き続けよう。
このスペースを埋める作業だと割り切る。
あるいは、言い回しを変えてみたらどうだろうか。
変奏曲的な技術の応用。
というか、一人の人間が考えていることなど、そこまで多様ではないのではないか。
気になる人の言動を追っていると、結構同じことを言っている気がする。
それでも何人か人が集まると相互作用が生まれるから、より複雑になる。
人は一人で生きているわけではないから、自分がつまらぬ人間であったとしても、相互作用で活きてくるかもわからない。
などという楽観的な期待をしたところで今回はお開き。ごきげんよう。


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