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呪いの座椅子

カスタマーサポートのオペーレータ達はおおかた、癖のあるお客さんの対応をした経験がある。
当の本人はメンタルを削られる案件だろうが、他人事として聞くとこんなに面白い話はない。 オペレータは私に話すことで憂さ晴らしにもなるので一石二鳥である(と勝手に思っている)。

関東の支社で雑貨商品のカスタマ業務に当たっているFに 最近変なクレームあった?と聞いてみた。すると、Fは待ってましたとばかりに、ある顧客との連絡履歴を見せてくれた。


2022年7月初旬。 座椅子を買ったお客様(以降、レッド・ジョン)からメールが届く。

「チンピラのような配達員が運んできました。 段ボールはひしゃげ、破れて中身が見えている状態。 こんなものは受け取れないと対応を求めると、 【配達員の自分に言われても何もできない。文句は店に言え】と。 当方病を患っており、こんな不遜な輩とは関わりたくありません。 なんとかしてください」
という旨の長文だった。 (以降もジョンからのメールは適宜要約するが、基本的に本文は要約の8倍くらいの文字数)

こういう場合、念のため配送業者に確認はするが、連絡を待っていてはお客様への対応が遅れてしまう。
そのため、事実確認を待たず、新品を再送することになっている。

「この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません。 配送業者を変更いたしまして、再度送らせていただきます。 お受け取りのほどよろしくお願いします」

その後、ジョンから業者への文句や「再送する前に今後どう対応していくのかを示してほしい」という内容の長文がくる。
ようやく再送手配で納得したかと思えば今度は、段ボールをプチプチで3重巻きにしてほしい。とか。 側面すべてに「厳重!取り扱い注意」の張り紙をしろ。とか。 汚れ一つつけるな。付いていたら受け取らない。とか。
それを一度のメールで送ってくれればいいのだが、要望が後から後から送られてくる。 こちらは都度メールを確認し、返信しなければならない。

私がオペレータなら「黙って受け取れ」と返答してしまいそうになる。
しかし配送業者の管理不足とはいえ、トラブルは承知でこちらも送料の安い業者を使っているし、 レビューで低評価を付けられても困る。
そんなしがらみのせいでオペレータ達は不条理を飲み込んで ジョンのわがままに付き合い、謝罪と対応を続けているのだ。

7月半ばの金曜日。ジョンに再送品が届いたころ。またメールがあった。
「また、段ボールがひしゃげていました。 配達員は、ひしゃげた面を下面にして渡してきました(ひしゃげたという事はこっちが上面だったはずです!) 私に受け取らせるためにひっくり返して渡してきたと思われます。 なんと姑息なやり方でしょうか。 御社はこのような配送業者の狼藉を許すのですか!? 段ボールは前回のように破れてはいないようでした。 疲れましたのでこれを受け取ります」 とのことだった。

形ばかりのお詫びの文を送っておく。 これで終わったかと、思いきや。
翌日、ジョンからメールが届いた。 商品が不良品だったというのだ。 メールは短い文章が毎分毎分、チャットのように飛んできていた。

「届いた商品が不良品でした」
「座るときしむ音がします。」
「とてもきしみます。新品でこれはあり得ない」
「爆音できしみます」

ちなみに、爆音とは 爆発によって発生する音(爆発音)、ないし爆発音に等しいほどの音圧を持つ大きな音のことである。 出典: フリー百科事典
『ウィキペディア(Wikipedia)』

とてつもない軋み音らしい。

「座るとゆりかごのように揺れます。これは正常ですか?」
「背もたれが壊れました。後ろに倒れます」
「こんな不良品初めてです。今すぐ対応してください」
「なぜ無視するのですか?」
「はやく対応してください」

ジョンは無視されたと思い怒り狂っているようだが このメールが届いた土曜は定休日なのだ。 なので誰も見ていない。
見ていないがこの後もジョンからの怒涛のメールは続く。

「いま、後ろに倒れて頭を打ち嘔吐しました。 私は病人です。死ぬ危険性があります。 早く連絡してください」
「死んでしまいますよ?」
「なぜ連絡がこない?病を患っている私を差別しているのですか?」

高額商品ですのでご対応をお願いします。
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「法的手段に出ます」

月曜日、Fがメールを確認する。 エラいことになってるなぁ。と思った。
しかし法的措置になると、対応先がオペレータから弁護士に変わるので オペレータにしてみれば、その方が楽なのだ。

「法的手段に出る」と言われたら、Fにして見れば、 どうぞどうぞ。という思いである。

「不良品だったとのことで、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
確認いたしますので不良箇所の写真を送っていただけないでしょうか また、法的措置に入られるとのこと承知いたしました。
その際は対応窓口が異なります。 こちらからのご対応は出来かねますのでご了承ください」

それからジョンの、憲法コピペ長文が何通か届き、 不良個所の写真を送る送らないのやり取りがあり、 なぜ責任者が謝罪に来ないのか?などのやり取りもあり。 そんなこんなで一月ほど経った、8月中旬。

「もう疲れました。お金を返してください」

結局、ジョンから不良個所の写真は送られてこなかった。
本来であれば不良個所を写真で確認後、処理を掛けるのだが (不注意で壊したものを不良品と偽って連絡してくる輩もいる為) ここまでくると時間がもったいない。
法的措置に出るつもりもなさそうだし、さっさと終わらせたい。 Fは上司に許可を取り、返金処理を掛けた。

ジョンの家に引取業者を手配し、ジョン曰く不良品を引き取る。
業者への引き渡しが確認できれば、ネットショップ経由で代金を返金する。

処理はつつがなく完了し、代金は返金された。 ジョンからは、 「もう二度とオタクの商品は買わない!」 という捨て台詞を貰い、やり取りはこれが最後となった。

8月下旬。 ジョンからの返送品が本社に届いた。
段ボールはカッターで刺したような1センチほどの線状の傷がいくつも付いていた。 相当怒っていたんだろう。
ジョンの恨みが染みついた、呪いの座椅子だ。

届いた座椅子を、オペレータ全員で確認する。
というのも、ジョンの対応には、うちに所属しているオペレータ全員が関わっていた。
うちは担当制では無いので、メールの対応者はその都度変わる。
対応が1か月も続くと、必然的に多くのオペレータがジョンの存在を知る所となる。

Fはたまたま当たる機会が多く、ジョンからも名前を憶えられていたため
しばしば「Fをだせ。Fが最後まで責任を持って対応しろ」と迫られていたのだ。

オペレータたちは呪いの座椅子に座ったり、リクライニングを押したりして確認したがジョンが言うような不良は見当たらず、爆音の軋み音もしなかったそうだ。

9月に入ってこの一連のクレームを聞いた私は、呪いの椅子に興味津々だった。
私の業務はこの事件には一切関係ないのだが
参考のため呪いの椅子に座りたい。と言うとオペレータのHが帯同してくれた。
座椅子は本社倉庫の顧客対応品置き場の奥の奥に安置されていた。

「これが、呪いの座椅子か・・・」
「なんですか?呪いって」

・・・。あぁそうか。呪いは私が勝手に言っているだけか。
オペレータたちからすればただの忌々しい座椅子だろう。

しかし、人の念というのは物に宿る。
ジョンの怨みや、憎しみはこの座椅子にも宿っているはずだ。

それと、ジョンは頭を打って嘔吐した。と書いていた。
もし座椅子の布地に吐しゃ物が染みていたとしたら
感染症のリスクもある。まるでファラオのミイラのように。

ファラオのミイラは、墓を暴いた者を呪い殺すという言い伝えがあった。
実際、墓荒らしやトレジャーハンターが、ピラミッドへ侵入し、ミイラの部屋を訪れると、
気分が悪くなり、その場で亡くなるものもいたという。
長い間呪いと信じられてきたが、実際は遺体から出る毒ガスが部屋に充満していたことが原因だったと判明した。

このミイラの呪いのように、病原菌の実害を人は呪いと紐づけて恐れを抱く。
他にも、地場じばの強い土地をパワースポットと呼んだり、流れの激しい海域に龍が住んでいると思ったりする。
科学的に解明されてもなお、人は不思議な力や霊的なものをつい信じてしまう。

恐れは怪異を生み出す。
怪異は恐れを抱く人達の中で頻繁に起こる。
ちょっとした物音も恐ろしく感じるし、
偶然なにか不幸なことが起これば、怪異だと思い恐れる。
私が思い付きで言った「呪いの座椅子」が怪異を生み出すことは十分にあり得る。

なんで私が突然こんなことを思い至ったかというと、
直近で小野不由美著「残穢ざんえ」を読んだからであるが。
そんなことは今はどうでもいい。

私は断固として「呪いの座椅子」と呼んだ。
畏怖いふの気持ち1割。そっちの方が面白そうという気持ち9割。

とはいえ怪異かいいとは、人が作りだすもの。
呪いと言えば呪いになる・・・。

布地に変なにおいやシミなどはない。
リクライニングも正常だ。問題ない。
座ってみる。
普通の座椅子だ。背もたれに体重を掛ければ多少なり軋むが、これくらいは許容の範囲内だろう。
爆音とは程遠い、かすかな軋み音が倉庫内に響く。

普通だ。ただの座椅子。
しかし、往々にして呪物というのは普通に見えるものだ。
これは呪いの座椅子。呪いの座椅子。
そう思うと、なんとなく怖くなってきた。
人が呪いと思えば呪いになる。
怪異は人が作り出す・・・。

呪いの座椅子。呪いの座椅子。

ふと、背もたれから
「ギギィ・・・ギギィ」という
なにかが軋むような、もしくは女性が喉を鳴らしてうめいているような声が聞こえた。
後ろを振り返ると、座椅子の背もたれがあるだけだ。

「いま、女性の声が聞こえませんでしたか?」
Hに問いかける
「は?いや・・・」

どうやら私にしか聞こえていないらしい。

また、変なにおいはしないと言ったが、
背もたれに顔を近づけて嗅ぐと、かすかにカレーの匂いがした。
なぜカレーの匂いが?
私は昼間に食べたココイチのカレーのレシートをポケットの中で丸めながら推理した。

この匂いは明らかになにかのサインだ。
つまり、カレーは辛い。辛い。カライ。ツライ。
ツライ。怒りの感情。辛いという思いが、カレーの匂いとなってこの座椅子に宿っているのだろう。
それ以外に考えられない。

しかし、Hに確認してもらったが、そのような匂いはしないとのことだった。
私にしか聞こえない女性の声、私にしかわからないカレーの匂い。

これは・・・。
いわゆる。憑かれた状態と思われる。
カレーを食べる女性の霊に憑りつかれたのだろう。
まさか、私が憑かれるとは。
確かに私は霊感があるっちゃあるしないっちゃない。

でもジョンはメールで女性の霊の存在についてなにも言っていなかった。
なぜ座椅子に女性の霊が?

ふと、ジョンのメールを思い返す。
「憑かれた・・・?・・・あっ!」
あることに気が付いた私は慌てて、事務所に戻りジョンの送信履歴を調べる。
そこで・・・さめざめとした恐ろしい事実を目の当たりにした。

ジョンが返金を申し出たときだ。
「もう疲れました。お金を返してください」

この「疲れました」は、憑かれましたの忌詞いみことばと思われる。
正しくは、

「もう憑かれました。お金を(居るべき場所へ)返してください」
さらに、お金とは隠語だと思われる。
女性の霊と文面で書くと祟られる可能性があったため避けたのだろう。
(ヴォルデモート卿をあの方と呼ぶように!)

お金とは転じて「おっかねぇ」
おっかない⇒とても恐ろしい存在という事になる。
この場合の恐ろしい存在とは、無論、カレーを頬張る女性の霊のことだ。

さらにジョンは、これだけでなく、もっと早い段階で
憑りつかれていたことをこちらに教えてくれていた。

受け取り拒否して、再度商品が届いた時のメールだ。

ひしゃげてる面が下になっていたのが姑息とか何とか宣っていた文面の中に、
「疲れましたのでこれを受け取ります」

これも同様に変換すれば明らかにジョンからのSOSと受け取れる
「憑かれましたのでこれ(女性の霊)を受け取ります」

「・・・つながった!」
そう確信した。
ジョンはこの霊に憑かれ、悩み、そして決死の想いで何度もオペーレータ達に助けを求めていたのだ。
さぞ怖かったことだろう。
もっと早くに気づいてやれていたら・・・。

ちなみに、女性の放つ「ギィ」という声。
これはインドを中心とした南アジアで古くから作られ、
食用に用いるバターオイルの一種「ギー」を指していると考えてほぼ間違いないだろう。
カレーに入れると美味い。

女性を居るべき場所に返すには、こちらへ送り返すしかないと、ジョンは思った。

そこでジョンは嫌がらせに近いメールを送り、
この一見不良に見えない座椅子を我々が引き取るように仕向けた・・・。

点と点が線になる。

私の元に霊が来たということは、ジョンはこれで救われたということだろう。あとは肝心の霊の方である。
このまま私が連れて行くわけにはいかない。

やはりジョンの言う通り、「居るべき場所」へ帰してやるのが筋だろう。
この女性のいるべき場所とはどこか。

実はそれも私には見当が付いていた。

あの時座椅子からしたカレーの匂いは、
私が昼に食べたカレーと全く同じだったのだ・・・。

次の日、私は霊を連れてココイチへと向かった。
カウンター席を断り、無理やりテーブル席へ座る。
女性への配慮である。

私はいつも食べているポークカレー量普通。辛さ2を注文した。

目の前に座った女性の霊は、怒りの形相でカレーをかき込んでいる。
いままで、何人を呪って来たのだろう。
そしてどれだけの怨みを抱えて過ごしてきたのだろう。

もういいんだ。
私が君を楽にしてやる。

目の前にカレーが置かれた。
カレーのスパイシーな香りが広がる。心なしか女性の表情も和らいだようだった。

「ギーなくてごめんね」

女性は、どこか寂しそうに、しかし穏やかなほほえみを浮かべて答えた
「ありがとう。もう大丈夫です」

ふと前を見ると、そこには誰も居なかった。
どうやら、居るべき場所へ帰れたらしい。

昔インドを訪れたときに感じた、華やかな香水の匂いがした。
実際私はインドに行ったことはないが、もし訪れていたとしたら香っていたと思うので
そこらへんはもうどうだっていいのである。

そもそも、なぜ女性がカレーを食べながら座椅子に憑りついいたのか。
そんなことすら、今となってはもうどうでもいいことだ。
あの子は無事、あるべき場所に返り。
黄泉の国で。思う存分ギーを楽しめているだろう。

よかった。
彼女を想いながら、私はカレーを頬張る。
怪異とは人が作り出すもの・・・か。

あの子は・・・。本当に、なんだったんだろうなぁ・・・。

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