見出し画像

そのつらさは本人しかわからない

今日は仕事がないので、終日ボーッとしてる。
近くの陸上競技場まで、五輪の事前合宿をしている
カメルーン代表団の練習を撮影に行き、ほか弁を買って帰宅。
あとは、パソコンの前に座り、いつものダラダラネットサーフィン。

ちょっとした心の動きは当然あるけれど、概ね安定しており、
大きく心が乱されることはない。
借金もないし、健康体だし、家族身内、友人関係にも問題はない。
悩みといえるものもない。
これが今の僕だ。

しかし数年前までの僕は、いつも怒ってイライラしてたし、
人間が嫌いで仕方なかったし、HPSみたいに超過敏な性質だった。
皮膚がなくて、神経がむき出しになってる感覚で
ありとあらゆることが神経に触ったし、傷つきもした。
上記の通り、当時も、体の病気、借金、人間関係の悩みは
なかったが、メンタル面でそんな風だったから
生きるのが辛かったし、安楽死のことも考えたりした。

そんな自分が、ADHDとASDであるということがわかり、
治療を受けだしてから、今の状態に落ち着いた訳で
自分でも信じられない。
それに、数年前の僕を知っている、職場の人や友人たちも
僕がそこまで180度変わったなど、多分、気づいてもいないだろう。

それほど、メンタルのことは、個人的なことであり、
内面的なことであり、他者の理解を得ることは難しいのだ。
今、この瞬間、うつ症状や、HPSや、神経症などで
辛く重苦しい気持ちでいる人は、数百万人いるだろう。
僕はその人達のことを、頭では理解できる。
けれど、実感として、それを感じることは出来ないので、
つい「もっと気楽にゆこうよ」などと言いたくなったりもする。

当事者にとって、周囲の理解を得られないことは本当に辛いことだ。
特に、家族から理解が得られなければ、「居場所」さえ失う。
発達障害などに対しては、まだまだ世間の理解は乏しく、
ただの甘えだとか、身勝手だとか、心の持ちようだとか言われる。
これが悲劇でなく何だろう。

このnoteと同じ内容は、これまで数回書いている。
しかし、繰り返し書くことで、より多くの人の目に止まるので
定期的に書こうと思う。
僕が言いたいのは、その辛さは、未来永劫ずっと続く訳ではなく
僕が投薬で治ったように、薬や、他のきっかけ、あるいは
時間の経過によって、「まるで嘘のように」過ぎ去る可能性がある
ということだ。
なので、決して絶望せず、「今この瞬間」だけを生きて欲しいと
強く思います。
先のことを考えず、人と比べず、自分を嫌わず、スキなことを
積極的にやってゆく。
それが秘訣だと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?